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咄嗟にドアノブに手を伸ばすとあっさりと開いた。初めから鍵がかかってなかったのか、異空間だからなのかわからないがとにかく家に入れた。家の中は俺の知っている内装だった。勝手知ったる自分の家、当初の予定とは違うが俺は自分の部屋に向かった。
部屋の窓からフリアージが見える。だがフリアージが大きすぎて、ヒーローの姿が見えない。時折攻撃の光が見えるからそこにいるのがわかる程度。どんなヒーローが戦っているのかわからない。
実在するヒーローが出る、スマホゲームがあるくらいだ。姿を見れば名前くらいはわかる。
「もう十分経ちそうだな」
部屋のベットに寝転がって、そろそろ十分になる。いつもニュースじゃ十分立たずに解決なんてよく見るが。長引いてるだけか?
異空間の中にも電波は届くらしい。ただ待つもの退屈だから、例のヒーローの出るゲームをしている。確か日本にいるのは、アーサー王か。
もちろん他にも日本にはヒーローが居る。だけどガチャで当たったヒーローの中で日本にいるのは、アーサー王だけだ。他の日本にいるキャラはレア度が高すぎてガチャで当たらない。
しかしアーサー王はイギリスの方が伝説の舞台だっていうのに、なんで日本にいるのか訳が分からないけどな。まあ、他のヒーローも出身地とは別の国に居たりするから珍しくもないか。
戦闘の音が最初よりも近くなってきたように感じた。このまま自分の部屋にいるのは危険かもしれないと思い立ち上がる。
「早く終わってくれっ」
そう悪態を着いた時だった。強い衝撃が俺を背中から襲った。強制的に部屋の壁際まで吹き飛ばされた。
何がと声を出そうとして代わりに血が口からこぼれる。声が、出ない?
地面には大量の血が流れてる。何かが腹に刺さってる。血が流れていた。誰の血が流れている。どこから血は流れている?
血の出処を認識した途端に、思考が痛みに支配される。目の前がチカチカして呼吸が上手くできない。目の前が暗くなり始めると痛みを感じなくなり、考える余裕が生まれた。それは死を感じたからかもしれない。やっと俺は死ねるのか……
十年前に死にぞこなった俺がやっと死ねる。あの日あの場所で、生き残ってしまった俺が。
死に際の走馬灯が、十年前を思い出させる。十年前のフリアージ大量発生。あの日その場所に、俺は居た。
結婚したばかりで、胸の内が幸せで満たされていた頃。その日は妻と、互いの両親を誘ってレストランで食事をしていた。
そんな中に起きたフリアージ大量発生。運悪く近くに出現したフリアージは逃げ遅れた両親を殺した。
俺は妻を連れて走った。とにかく逃げるために。妻を守るために。結果的にそれが、両親を見捨ててしまったことになっても。
逃げて逃げて、瓦礫となった建物に逃げ込んだ。外にはフリアージが我が物顔をして彷徨っていた。大型のフリアージに建物ごと潰される可能性もあったかもしれない。
でもその時は、それが最善策だった。肩を寄せ合い、手を強く握りしめて。見つからないことだけを祈っていた。
時間の感覚が何倍にも増幅されたような中で、外で激しい音がした。そして「誰かいませんか」と声がした。
恐る恐る瓦礫の隙間から覗けば、鎧を纏ったヒーローがそこには居た。助けが来たのだと、声を出した。「ここに居る!」と。
そして、そのヒーローに助けられ。これで助かったんだと思った。だがそれは、その助けてくれたヒーローによって破壊された。
妻が殺された。後ろにいたはずの妻が、俺の前に立って。ヒーローが手にした剣で、そのお腹を貫かれていた。お腹には赤ちゃんがいた。その祝いの食事だった。
希望から絶望へ、その激しいショックに俺は気絶した。
次に目を覚ましたのは、病室。周りが機械で囲まれた空間に一人いた。俺は何故か生きていた。助かっていた。両親を見捨て、妻さえも守ることが出来なかった俺が。生きていた。
死んだ方がマシだった、生きていることが地獄だった。だが、死ぬ事は出来なかった。脳裏にチラつく死に際の妻の言葉が。「生きて、貴方は助かってと」
一番愛していた、妻が生きろと言った。それはもはや呪いでしか無かった。生きることを強制される、死の許されない呪い。
だが、呪いだとしても。それが最後の言葉だった、愛した妻の最後の。両親を見捨てた時から、罪を背負う覚悟をしていた。だから、この呪いも背負って生きてやると自分に誓った。
意識が回復すると、色々聞かれた。当然妻がヒーローに殺されたことを話したが。記憶が混乱しているのだと、相手にもされなかった。
だがあの時、鎧に身を包み、剣を手にしたその姿はヒーローだった。何を言っても無意味だと思った俺は、それからその話をすることやめ胸の内にしまい込んだ。
入院中、妻の両親も死んだことを知った。謝る相手もいない、罪の意識は行き場を失った。
病院から退院できたのは半年後。衰えた体のリハビリに時間がかかった。入院費は国が持ってくれ、通帳には被害者手当金が振り込まれどうにか生きていくことは出来そうだった。
あれから十年がたち目の前には血溜まりがある、俺の血だ。フラッシュバックした十年前の記憶が終わり、現実が襲いかかってくる。全身が痛い。血が足りないのか、意識が朦朧としてくる。
それとは別に、憎しみが心の奥底から顔を出した。それは何かが刺さった辺りから、血とともに激しさをましていった。十年前の出来事を思い出した影響かもしれない。
それは憎しみであり、嫌悪であり、炎だった。
妻を殺したヒーローが憎い。
守るはずの市民を害したヒーローが嫌いだ。
殺してやる、この手で同じように腹に剣を突き立ててやる。妻を殺したヒーローを俺は許さない。ヒーローと呼ばれる全ての存在を俺は憎む!
復讐心が憎悪が、体を駆け巡り支配する。
血が足りなくて、朦朧としていた意識が鮮明になっていく。動かないはずの体に力が入る。腹に刺さっていた何かが消えて、血は止まっている。何かが、この体をつき動かす。
コロス、コロス、コロシテヤル、ヒーローヲ!
体が支配され、腹から徐々に体が黒く染っていく。
思考はもうほとんど、復讐心と憎悪に支配されていて。
なけなしの思考は、復讐心に抵抗しているがそれも徐々に弱くなっていった。もういいじゃないか。これまで必死に耐えてきたじゃないか。妻を失った悲しみもヒーローを憎む憎悪も全て胸の内にしまい込んで耐えてきたじゃないか。どうせ死ぬんだからもういいだろう?