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家までの道程もあと少しだと言うところで、唸るような警報音が街灯に設置されたスピーカーから鳴り響いた。
「空震警報音!! 空震警報音!! 付近で空間地震の予兆を観測しました。フリアージが出現します。付近にお住まいの皆様は避難指示が出るまで家から絶対に出ないでください」
「繰り返します。現在……」
空間地震という名のそれは、はるか昔から人類を脅かしていたと言われてる災害の名だ。世界各地に散らばる、英雄譚、伝承、伝説。それらに登場する英雄たちが戦っていたもの。
怪物などとして語られ伝えられてきたものは、空間地震によって生まれたフリアージだという研究結果もある。
事実、空間地震が発生し大量のフリアージが出てきたことで、都市一つが消えたという歴史も存在する。
怪物たちという存在、そしてそれらに対抗する英雄、ヒーローもまた過去は元より現在に至るまで存在してる。
だからそのうちここにも来る。英雄やヒーローと持て囃されたもの達が。
俺もさっさと家に帰ろう。空間地震の範囲に家があるとはいえ、外にいるよりは安全なのだ。
戦闘という行為には破壊が付き物だ。フリアージと英雄が戦えば、周辺の建造物は砂の城のように簡単に壊れる。だから十年前までフリージアが現れたら逃げていた。でも十年前に開発された技術で、異空間とやらにフリアージを閉じ込めて、そこで戦闘するようになった。だから被害が周囲に出なくなった。昔と違っていまはとても平和になったんだ。建物は壊れないし、人も死ななくなった。
ただ歩いていた帰り道がこんなにも慌ただしくなるなんて、思ってもいなかった。何よりこうして駆け足で家に向かっているだけでも。酷使した身体にはだいぶこたえる。
睡眠時間まで削って仕事をしていたんだ、帰ってビールでも飲んでそのままベットの住人になりたかったのに。帰り道まで急かされるなんて酷い話だ。
そして家まで走ってたどり着き、鍵を開けて中に入ろうとした。なのに鍵穴に鍵が入らず俺は中に入れないでいた。何かがおかしかった。
辺りは異様に暗かった。もともと電気のついてる家庭は少ない時間帯なのだがそれにしても暗すぎる。
警報がなって起きてる家があってもおかしくないはずなのだ。身の危険が身近なものではなくなった今でも、念の為に起きて避難準備をする家庭はある。
なのに全ての家から光は消えていた。あるのは月明かりと街灯の光だけ。それ以外の光は全て消えていた。
まるで誰も家にいないような、普通ならありえない光景が周りに広がっている。家に入れないことと言い、一体何が起こっているんだ───
そこまで考えたところで、空に亀裂が走った。俺はこの光景をよく知っている。今よりも明るい時にはっきりと目にしたのだ、見間違えるはずがない。あの時と一緒だ
あの時と同じように、亀裂は縦に横に斜めに広がって行った。窓ガラスが割れたように、欠片が空から落ちる。透明な破片は月明かりに照らされながら、キラキラと輝いて亀裂から落ちていく。
この光景だけを切り取れば、それは幻想的な光景で、見るものを魅了する。
だが亀裂から現れた手が、幻想的な光景を悪夢へと変えていく。手は亀裂をさらに広げ、見えるものは手から腕に変わり。そして頭がでてきた。
人類を滅ぼさんとするフリアージ。化け物もしくは悪魔や怪物など様々な呼ばれ方をし、今ではフリアージと呼ばれている存在。平和になった今、一体どれほどの人が実際に目にしたことがあるだろうか。
映像で、写真で、学校で教わるのは画面越しのあまり恐怖を感じない画像で画面の向こう側の存在だ。
実際にそれを目にして、その場所にいれば。常人であれば腰が抜け、歯がガチガチとなり、体の震えは止まらなくなるだろう。そしてそのまま死ぬんだ。無惨に逃げることも出来ずに、人が蟻を無意識に踏み潰すように。
それが十年前の光景で、今では見ることも聞くことも無くなった光景のはずだった。
最後に被害が出たのは十年前に都市部で起きたフリアージの大量発生。市民の避難が間に合わず多数の死傷者を出し、ヒーローにも被害があった。
あれからフリアージが出ても市民に被害が出ないように、異空間に閉じ込めるようになったはずなのに。
なぜここにフリアージがいる。
どうしてあれがいる。
異空間に閉じ込めて戦うんじゃなかったのか。
あの光景がまた目の前に広がるというのか。
様々な考えが脳裏に浮かんでは消えていく。
浮かんでは消え。浮かんでは消え。
そうしている間にフリアージは亀裂から飛び出し、地面が揺れた。着地した場所は分からないが、その衝撃がここまで届いたんだ。
転びそうになるくらいの振動があったと言うのに、依然として家々の光は消えたままだった。
いくらなんでもこの状況はおかしい。一度とはいえこれだけの揺れが起きたのに明かりがつかないはずがない。何よりあのうるさい警報音が聞こえていなかった。
一体いつから聞こえていなかったのか、それすら分からないが。確かに警報音は聞こえていなかった。フリアージがこうして現れているのに、どうして警報が消えた。
ありえないことが連続して起こってる。そうヒーローが現れ、フリアージとすぐ目の前で戦闘をしてることだって本来ならありえない。
いや、そうか。違うのか。俺は焦っていたのか。冷静になればわかることじゃないか。
ここにヒーローがいてフリアージがいる。ならここは現実世界じゃない、俺が異空間に入ったんだ。警報が聞こえなかったのも異空間の中にいたから。家に光が無いのは人がいないからだ。そう考えれば辻褄が合う。そうか、俺は異空間の中にいるのか。
俺が状況を整理している間にもフリアージとヒーローの戦いは苛烈さを増していく。十年前より周りを気にしなくていいからなのだろう。だが、俺はここにいる。巻き込まれて死ぬのはごめんだ。