籠球
秋の訪れがようやく見え始めた涼風はためく昼下がり、陽菜は籠球を小脇に抱えた庸介の袖をつまみ引き連れて歩み道路の前で立ち止まると、左右を見渡し三四台の自動車が目元を馳せ過ぎるのを待って再びきょろきょろ庸介の袖をきゅっと引っ張ってふたり小走りに向こうへと渡った。
砂塵が低く仄かに舞う公園には休日の午後のつねとして滑り台の階段を駆け上り下る少年とそれを見守る父親、少女のブランコに付き添って揺らす母親との親子のほかには珍しく一組も見当たらない。と思った折しも、陽菜たちのはいってきた入口とは反対の、端然と一列に立ち並ぶ木々になかば遮られたもうひとつの入口にたちまち人影が立ち現れたかと思うと足も緩めずに過ぎ去ってその後ろから空が細く真っ青に漏れている。
鬱蒼とした木々が織りなす木陰を漏れてまだらに照り返す陽光を折々足裏に踏みながら、いつか庸介の袖をはなれてベンチにせかせか歩み腰を休めて見上げると、彼は陽菜にボールを出す振りをしてくるりと身を翻し砂塵舞うなか地面をはねる響きを彼女の耳に快く届けながら走り腕を健やかに伸ばして跳びレイアップを決めた。家族連れが彼を注視するなかボールを拾ってすぐさまシュートに立ち返り、陽菜が小さな拍手で声援を送るのに答えるべく再三跳躍する折からふいと飽きてボールを小脇に彼女のもとへ寄り、
「陽菜もやろうよ?」
上目づかいに微笑んでちいさく首を横に振る陽菜のそばに座ると、ボールを渡してリュックを膝にけん玉を取り出し立ち上がる。場所を取り、巻いたのを解いてぴんと張った糸へ巧みに力を伝え、調子よく大皿小皿中皿と玉を移してぴたりと止まり、一呼吸ののちすっぽりけん先へ沈めた。
陽菜はつと立って行って庸介の手元を探り、自分も試みるそばから玉は皿の縁を叩いてはねる。載ったかと浮き立つやぐらついて落ちる。玉に翻弄されるばかり。手でけん先に収めてふり向くと、彼もこっちを見ている。すたすた彼の隣に帰り座に着いて、ひと息つこうとしたそばから庸介は入れ替わり立ち上がってひとり籠球を始めたのを再び打ち眺めている折しも風が彼女の髪をふわりとさらって、眼前をついと横切るひとすじの奥に少女が空高く足を蹴り上げてブランコに揺れている。
「一緒にする?」
再び首で答えてそのまましばらく庸介の動きとボールの軌道に麗らかに浸っている折ふと心づけばブランコはもう揺れ終わって無人になっている。閑散とした滑り台を後に立ち去る家族の端では少年が父親の手を握り、片方の手に握ったスコップの先をグラウンドに引きずっていたのを目ざとく見つけた父親が取り上げようとするそばからひたと遮った。目をもどして、彼がこちらをふり向くのを待ち手招いてそばにいざなう。
「しないの?」
「しない」
身を寄せる。ボールに添えた彼の手に砂が舞っている。手の甲に指先でふれてひとすじ落とす。瞳が合ってそのまま頭を寄せて肩にもたれていると耳がぽかぽかする。そろそろ熱い。後れ毛がはためき流れ頬を打ち涙袋にさわってわずかに止まった。
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