第一話:学校へ行ってきます
処女作です。よろしくお願いします。
音楽の活かし方は千差万別だ、とは母親の言葉だった。
通勤や通学中にイヤホンを装置し音楽を楽しんでいる人、楽器をかき鳴らして自分を音楽で表現する人、中にはモテたいからギターを始めてみる、なんて人もいるのだ。
そして俺は、作曲することによって自分を表現していた。
こんな事を思い付いたのは中2の秋、当時俺の周りではボーカロイドなる新しいジャンルの音楽が流行っており、俺もその流行の波に乗っていた。
最初のうちは、ただ人が作曲した作品を聴いて楽しんでいたのだが、中学二年生とは「厨二病」という言葉が示す通り、自分が特別な存在と思い込む時期であり、ついつい他人と違う行動を取ってしまうものなのだ。
俺も、その例に漏れず「ボーカロイドで作曲する」という手段で「特別」になろうとしたのだ。
今思うと、確実にイカれた発想である。全く音楽理論の知識がない中学生がよく作曲しようと思ったものだ。そこらの小学生がセンター試験をいきなり解こうとするようなものである。
案の定俺は行き詰まった。調やら度やら和音やらを考えずに行き当たりばったりで作曲してみると、某国民的アニメの、お前の物は俺のもの発言で有名なあの御方の歌声のような雑音がPCのスピーカーから飛び出した。
しかし、毎月のお小遣いが1500円の中学生には痛すぎる出費であったボーカロイドを易々とお蔵入りさせることも出来ず、試行錯誤を重ね、なんとか正気で聞き流せるほどのものが出来たと思っている。
そんなこんなで完成したトラックに、最初はきちんとしたミックスもマスタリングもせず、恐れを知らぬ初心者魂で動画サイトに投稿したのだった。
「Song 1」として投稿されたその処女作は、再生回数数千回という結果に終わった。期待の1/10程度の再生回数に終わったことで、ほんの思いつきで始めたボカロPは諦めようと思った。
しかし、とある1つのコメントがそうはさせなかった。
ユーザー名:マリーナ:クルス
コメント:すっっっっごく感動しました!!!
切ない片思いの歌詞がすごくリアリティに溢れていて、もしかしてうp主様の実体験に基づいてるのかな?なんて想像が止まりません!!
歌詞にフィットした曲の展開もたまりません!!!
チャンネル登録しました!!これからも応援しています!!
思うに、思春期とは自分が「何者」であるか自分で探したくなる時期でもあるが、他人に自分を「何者」であるか定義してもらいたい年頃でもあるのでは無いだろうか。
このコメントが、自分を片思いに悩み暮れてどうしようも無い気持ちを歌に消化した健気な少年にし、緻密に世界観を練り上げる一端のコンポーザーにしたし、ファンに支えられて活動を続けるアーティストにもしたのだ。
学校から帰って、ノートパソコンを開いた時のコメントの通知に飛び上がって即座に見に行った時の俺の気持ちは言うまでもないだろう。
コメントを読み、制服から着替える間もなくギターを手に取って2曲目の制作に入り、腹の減りも忘れて晩飯を食べ忘れ気づいたら午前0時、1曲目で得たノウハウもあったのかとんでもないスピードで2曲目を完成させ、動画サイトに投稿する。
2曲目は「Song 1」に続いて2かと思いきや、権利関係的にOKなのだろうかと思い逡巡し、たまたま目に入った掛け時計から「午前零時」とした。ちょっとクサいかなという考えも自分ではない「何者」かになれるという欲望の前には消え失せた。
投稿された動画を確認すると制服のままベッドに倒れ込んだが、歯磨きをしていないことに気づいて、鉛のように重い体に鞭打ってなんとか洗面台までたどり着き歯を磨く。
鏡の前には隈こそあるが、満足気な表情を浮かべている自分に驚いた。
『何かに夢中になるのはダサい』という正に思春期といった思考に囚われていた自分は、何かに必死になろうとしなかったのだが、人間、好きな物の前では正直にいられることが分かった瞬間だった。
翌日、帰宅し靴を蹴散らすかのように脱ぎ、ノートパソコンを開く。
またコメントがあった。
ユーザー名:マリーナ:クルス
コメント:通知があったので飛んで見に行きました!!
昨日は青春パンクだったのが、いきなり激しいジャンルになっていて驚かされました...
ギターの激しい刻みの中に触れたら壊れそうな繊細なメロディ、痺れます!!!
体調にお気をつけて、続編も期待しています!!!!
また同じ人だ。歓喜の渦に服を脱ぎ、拳を突き上げ狂ったかのように踊る。
たとえ100人に貶されても、この1人のために曲を作り続けよう、裸で踊りながらそう思った。
それから半年ほど授業中は新曲の構成を考え、学校から帰宅してDAWソフトを開き、録音してボーカルをつけ、動画サイトに投稿するという日々が続いた。流石に毎日投稿とは行かなかったが、最低でも2~3日に1曲のペースを保ち続けた。
学校には隠れて携帯を持って行き、休み時間は個室に入って作成途中の曲を繰り返し聴きブラッシュアップを図った。曲のクオリティが上がっていくにつれ自分の成績が急降下していくのが目に見えていたが、自分の成績よりコメント欄の1人を優先した。
その1人は、絶やさずコメントを送り続け自分を鼓舞してくれた。そのコメントが自分の力になり続け、継続していくうちに登録者も伸びていい感じに仕上がった曲では再生回数が1万を超える時もあった。
そんな俺は、浮かれに浮かれて日本の総人口の中で何人に一人が自分の曲を聴いてくれてるのか、なんて計算もしたりした。
しかしそんな喜びも、長くは続かなかった。
突然、ある日からコメント欄の「あの人」が居なくなった。毎回1番に投稿してくれていたあの人のコメントが、ぱったり途切れたのだった。
最初の数日は風邪かなにかだろうと思ったが、1週間経ってもその人からのコメントが一向に出てこないのだ。ある程度再生回数が伸びてきてからは、コメント数も少しは増えていたがあの人だけのコメントを俺は見ていたんだ。
自分を「何者」かにしてくれた人の消失は、すなわち自分がただのちっぽけな自分に戻ることを意味し、まるで隠れんぼで10数え終わって目を開けるとそこには誰もいない、そんな孤独感だった。
隠れんぼの例は、友達が居なくなるのは予定調和だが、あの人は自分の活動を見届けるものだと烏滸がましくも思っていた当時の自分は、裏切られたと感じ遂に投稿を続ける気力も無くなった。
そして不人気ボカロPとしての俺の活動は幕を閉じ、手持ち無沙汰になった俺は半年に渡る投稿ですっかり落ちきってしまった成績を何とかするために勉強に勤しみ、第一志望の雁屋高校に合格した。
受験勉強の燃え尽き症候群に身を任せ、何をするでもなく部屋に引き篭って長い春休みを過ごした。
桜並木を横目に、自分のクラスを張り出された紙から確認し、颯爽と席に着いた。戦前からある学校とは聞いていたが、思いのほか綺麗な校舎で少し気分は上がる。
遅れてきた生徒たちも続々と席に着く。どうやらみんなソワソワしていて、所在無いようだ。かく言う自分も、これから始まる新たな生活に希望やら不安やらが入り交じって落ち着かなかった。
そんな中、背筋をピンと伸ばし、皺ひとつない制服に身をまとい、凛とした表情で真っ直ぐ前を見つめている女子がいた。
その切れ長な瞳は水が滴る氷柱をイメージさせ、鼻筋は通り、口元は一文字に結び、髪の毛は1本1本が最高級の絹のような輝きを放っており、周囲の女子とは一線を画している。
思わず魅入っていると、
「もしかして君も星城さん狙いだったりするの?」
端正な顔立ちに眼鏡をかけたイケメンが話しかけてきた。
「うわぁ、びっくりした…とんでもない声のかけ方だな」
「いやぁ、ごめんごめん。まだ名乗ってなかったね。僕は真刈 徹だよ。9クラスある内で同じクラスになった運命なんだから、1年よろしくね」
(明治時代の政治家みたいな名前だな)と思いつつ、
「俺は瀬名 弘人だよ、よろしく。自分に彼女が出来るなんて到底思ってないから狙うなんてとんでもないんだけどさ、あの人星城って言うのか?」
「だよ。僕は中学が同じだったからさ、ちなみに彼女、あの楽器製造で有名なSEIJOグループのお嬢様だよ」
その言葉に俺は過剰に反応してしまった。
「SEIJOってマジかよ!?とんでもないお嬢様だな……俺のギターも作ってるのか、すげぇ」
「美少女でお嬢様ってことでさ、中学の頃も星城さんすっごいモテてたんだよ。ただ当人は恋愛なんてしてる暇ないって感じであしらってたからさ、瀬名くんも考え直してみたら?」
「だから狙ってねぇって!!!!!」
そんなこんなで入学式が始まり、長ったらしい校長の挨拶も終えて教室に戻る。担任がこれからの予定や時間割、委員長や係の仕事を決めているらしいが俺は春の日差しが心地よく、つい寝てしまった。
暫しの眠りから起きると、どうやら自己紹介の時間のようだ。自分の番までに、無難で地味すぎないちょうどいい塩梅で言う事を考えておくか……
「南中出身、真刈 徹です。好きな言葉は世間虚仮、唯仏是真です。仲良くしてくれるとありがたいかな」
いや、なんで聖徳太子なんだよ、とクラスの空気が凍ったところで、みんなが注目する、星城の番になった。視線が自然と1点に集まっていく。
「南中から来ました、星城 璃奈です。部活は軽音楽部に入ろうと思っています。好きなアーティストはShoal Nameという、ネット上で活動していらっしゃる方です。1年間よろしくお願いします」
「えええええええええ!?!?!?!?はああああああああああああああああ!?!?!?!?!」
世界最大規模の楽器メーカーのお嬢様が好きなアーティストはShoal Name、つまり俺だったのだ。
Song 2がダメな理由はUKが好きなお兄さんが教えてくれるはず...