宇宙人てお前のことか
もはや誰もが知っていると思うが、念のために言うと、宇宙は真っ暗だ。惑星たちは恒星の光に照らされて、煌めいている。我々の故郷である青い地球は遥か彼方だ。青い地球……、いや、かつてそうだったというだけで、いまはその輝きすら失いつつある。そう書くと、読者は、あ、あれね、あれでしょ? 地球が滅びつつあるから移住先を探さなきゃ的な、あれでしょ? と思うかも知れない。……、いやはや図星である。
「おい、何さっきからぶつぶつ言ってるんだ? おっさん」
美少女だが口の悪い、コードネーム〈ボカロ〉は、緑色の髪をかきあげ大きな瞳でわたしの顔を覗き込んだ。
「おっさん、はやめたまえ、ボカロくん。仮にも私はこの宇宙船の船長だ。他の船員は皆、私を尊敬して……、て、おい! 聞いてんのかよ!」
ズルズルズル……。
「ひーへるひょ(聞いてるよ)」
コードネーム〈ボカロ〉はカップラーメンの麺をすすりながら、言った。操舵室に奇妙な濁音が響く。その匂いに釣られて私も少し腹が空いてきた。
「だいたいさ、他のクルーとか言ってみんな狂って死んじゃったじゃん。宇宙病に罹ってさ」
「クルーだけに、狂……、はっ!」
私はくだらない駄洒落をつい口にしそうになったが、すぐに心の内に飲み込んだ。また、オヤジギャグかとか、やっぱおっさんじゃん、とか言われるのが嫌だったからだ。
「ぷぷ……、おっさん、いま何か言おうとしたろ。うける」
ボカロは肩を震わせていた。マジかよ。こんな駄洒落で、うけるのかよ、こいつ。鼻の穴から麺が出てるぞ、美少女のくせして。
「いや、何でもない。私は地球の運命を握る、重要な任務を負った船長だ。駄洒落など……、はっ!」
「ぷぷ、うける。やっぱ、駄洒落を言おうとしてたんじゃん? おっさん」
私は自身の頬が赤くなっていくのを自覚した。しかし、ちょっと嬉しくなったので、次に本当の駄洒落を言ってやろうかと思いついた。
「ふ……、ボカロくん。いま、駄洒落を言ってるのはダレじゃ?(ダジャレ?)」
「……」
完全に滑ってしまっていることに気づくまで、僅かな時間すら必要なかった。いや、端的に言おう。私は滑っている、と。宇宙船内は、地球の北極のように凍り付いていた。北極グマがソリをして遊べるくらいに。
ピーピーピーっ!
その時だった。ある意味、この冷えた状況から救い出してくれる状況が発生した。その警告音は、観測装置が何かを感知した知らせだった。
「船長、あれ見て!」
私は前方の大型ディスプレイに目を凝らす。ボカロが指差す方向には、エメラルドグリーンの美しい星が映し出されていた。
「や、やったぞ、ボカロくん!」
苦節三十年、ようやく私は地球政府から課せられた第一の任務を完遂できたのだ。私は随分と老いてしまった。しかし、隣にいるコードネーム〈ボカロ〉は歳を取らない。彼女はANDROIDだからだ(VOCALOIDではない。念のため)。私はこの日のために、地球人が移住できるであろう、希望の星の名前を考えていた。
「この星の名は、イスカンダサルだ」
「椅子、噛んだ猿? 何それ、うける」
「いや、私が子どものころ好きだったアニメからインスピレーションを受け、何万通りかの候補の中からこのネーミングでいこうと常々考えていたのだよ」
「……、三十年も考えてそのネーミングかよ!」
部下のツッコミに耐えながらも、早速、私は第二の任務に取りかかった。
宇宙船はイスカンダサルに無事着陸し、扉が開く。そこには、青々とした草原が広がっていた。遠くから何者かがやってくる。私は謎の生命体に身構える。
そう、第二の任務とは、宇宙人とのコンタクトだった。さらには、交渉によって私たちの移住を受け入れてもらうことだった。おそらく、この任務は困難を極めるだろう。しかし、私は恐れはしない。これまでも多くの困難を乗り越えてきたのだから。
「おっさん、あれ」
「ああ、分かってる。ふ、ようやく逢えたな、宇宙人てやつに」
「カッコつけてる場合じゃないよ、おっさん。未知の生命体だ、何があるか分からない」
「ああ、言われなくても分かってるさ。私は船長だからな」
私たちは草原の向こうから歩いてくる宇宙人に目を凝らす。タコのような生命体か? いや、違う。直立二足歩行、か。そこまでは、我々と同じか。上半身の上に頭が乗っていて……。……!
「あんたら、どっから来なすった?」
そこに現れたのは、地球人と同じ容姿をした生命体だった。ちょっと小太りの宇宙人は眼鏡をかけ、スーツを着ていた。毛髪はだいぶ薄くなっているようだ。私はまるで鏡の中の自身を見ているような錯覚に陥った。
「ぷ、宇宙人て、お前のことか! うける」
口の悪い美少女であるコードネーム〈ボカロ〉は、空気を読むことが出来なかった。いや、そのようにプログラムされていないのだから、彼女を責めるわけにはいかなかった。
私と宇宙人と美少女は、しばらくその場に立ち尽くし、次の展開を待った。そう、それは、これから始まる壮大な物語の序章に過ぎなかった。【了】