第86話 寝る
「戻りましたー」
「疲れたっす」
「そういう割には平然としてるね」
「成長してるんす」
「本当かなぁ?」
「そこに疑う余地はないっす」
俺たちはいつも通り修行を終え、家に帰ってきた。
ガイウスたちが依頼を継続するということで、俺たちも修行を継続していた。多少成長はしているが、本格的に始めてから大体一週間しか経っていないので、まだまだ伸び代がある。どうせならもう少し強くなってから移動したい。
「戻りました。いい匂いですね」
俺は台所から漂う香ばしい匂いに誘われ、まずアッカドに挨拶した。今日の料理はいつもと感じが違っている。やけに力が入っているな。
「ん? ああ……お帰り。もう少し待ってくれ」
「はい、楽しみにしてます」
邪魔をしてはいけないと思い、一度離れて居間の椅子に腰掛けた。フレアはもう二階に向かったようだ。毎日何してるんだろう。
「クンクン…今日はいい匂いがするね。何か良いことでもあったのかな」
「かもな」
「楽しみっす」
「……戻ったか」
「あ、ガイウス。風呂上がりですか?」
「ああ」
風呂の方からガイウスが出てきた。髪は濡れたまま、軽装をまとい全身から湯気が出ている。カッコいい。
「リヴァイアの風呂って気持ち良いですよね」
「そうだな。ゴッデスに比べれば、雲泥の差だろう」
外が寒い分ここの風呂はとても気持ち良かった。入る必要はないが、精神を癒すために俺も三日に一度ぐらいで入っています。
「今日はどうでした? アッカド、やけに力が入ってますけど」
「……悪いが、良い知らせはない」
「え?」
驚いた。良いことがあったわけじゃないのか。
「じゃあなんで…?」
「それについて話がある。夕飯の後、お前たちはここに残ってくれ」
「僕も?」
「ああ」
「オイラもっすか?」
「ああ」
修行組全員かな。なんの用だろう。
その後は普通に夕飯を取った。やはりいつもより美味しかった。なのに悪いことがあったというのは本当だろうか? ユーリィが何故かいなかった。それに関係しているのかもしれない。
「揃っているな」
「はい」
夕食後、食卓には修行組とガイウスが残っていた。フレアもご飯を食べに降りてきていたので、そのままこの場にいる。
「最近の調子はどうだ」
「えっと……上々です」
「そうか、ならいい」
なんだ急に。質問がフワフワしている。
ガイウスは椅子に腰掛けることなく、両手を石の机について軽く息を吐いた。
「端的に言おう。新たな問題が生まれた。その解決をお前たちに一任したい」
「新たな問題ってなんすか」
「死体を操る魔法使いだ」
「な!?」
予想外も予想外。死体を操るって、カカトカバネのやつだよな? やっぱり誰かが操ってたのか。
「今日、犠牲者を出した」
「犠牲者ぁ? 君たちがいたのに?」
「俺たちがいたのにだ。多少油断していたのも事実だが、強敵だったらしい」
「ふーん……」
「その魔法使い……仮称『ネクロマンサー』としよう。ネクロマンサーに襲われ、ユーリィも負傷した」
だからユーリィいなかったのか。上で休んでいるのかもしれない。
「お前たちにはネクロマンサーを見つけ出し、捕縛してほしい」
「ちなみにですけど、そのネクロマンサーってのは、具体的にどれくらい強いんですか?」
「普通のアッカドでは厳しいぐらいだ」
「へー…」
『普通の』が引っかかるが……いや強くないか? それを俺たちに任せるのか。随分と信用されたものだ。
答えないわけにはいかない。
「いいよな、カルディア?」
「僕に確認しないでよ。別に立場的に上ってわけじゃないよ」
「あ、そっか。じゃ、やろう」
「……いいよ。実戦で鍛えるのもありだし」
「頑張るっす」
「私も手を貸そう」
みんなやる気のようだった。
「助かる。迅速な解決が望ましい。明日から取り組んでくれ」
「はい」
「頼んでおいてなんだが、気をつけろ。敵は平気で人を殺す」
「ならなおさら俺が適任ですよ。なかなか死なないので」
「……そうだな。頼りにしている。俺はもう休む。お前たちも体には気を使え」
そう言い残し、ガイウスは二階に向かった。エルリアの元へ向かったのだろう。
「……『ネクロマンサー』か。どんな奴なんだろう」
「きっとろくな奴じゃないっす」
「こればかりはコラブルと同感だね。魔物の死体なんか操ってどうするんだか」
「何故私たちを襲ってきたのだろうか。…何か情報が漏れているのかもしれない」
カカトカバネの死体に向かって思いっきり魔眼使っちゃってたし、そういう意味でも色々バレている可能性はある。
「何にせよ、調べてみなきゃ何も分からない。今日はもう寝て、明日から早速調査しようか」
「調査ってどうやるんだ?」
「カルディアの魔眼でなんとかなるんじゃないっすか」
「それはあんまり期待できないな」
「悪かったね未熟で。……この際僕も魔眼の練習しようかな…」
「お前たち」
「はい?」
ガイウスが二階から降りてきた。右手には黒い何かで汚れた手記が握られている。
「……なんですかそれ?」
「手がかりだ。ネクロマンサーの目的は、あくまで推測だが、人の死体を操ることらしい。そのために自ら死体を調達している」
「調達っすか?」
「ああ。今日一人殺された。遺体は持っていかれた」
「うわぁ思ったよりエグいねー」
「怖くなってきたっす…」
厳しい戦いになりそうだ。
「これはお前たちに預けておく」
そう言いながらガイウスは手記を手渡してきた。
「俺たちは寒冷化に関することで手一杯だ、助力はできない。手がかりもこれしかないが、尽力してくれ」
「はい、頑張ります」
「……可能なら、すぐに寝てくれ」
「あ、はい」
リヴァイアの夜は寒すぎるので、ガイウスたちもシルフィーのところではなく屋内で寝ていた。エルリアは女性陣の寝室、ガイウスは居間で寝ている。男性陣の寝室はもう一杯なので、こうなってしまうのは仕方がない。居間で寝るためにわざわざ布団も買ったようだった。故に俺たちが寝ないと寝れない。
「もう寝るか」
「最近は究極的に早寝っすから、究極的に早起きできるっす」
「だな。そっちの方が何かと都合良いだろ」
「せめて体は洗いなよ。ただでさえ清潔感ないんだから」
「オイラなんで今ディスられたんすか?」
「知るか」
「じゃ、風呂入ってくるねー」
「私も入る」
「一緒に入るのぉ?」
「時間が勿体ない」
「仕方ないなー」
カルディアとフレアは洗面所に向かった。
ここの風呂変に広いから、二、三人同時に入れるんだよな。ガイウスは一人で入ってたけど。
「すいませんガイウス。もう少し待ってください」
「構わない。……そうだな、少し話に付き合ってくれるか」
「話、ですか?」
「ああ。犠牲者についてだ」
「犠牲者……」
ガイウスはゆっくりと椅子に座り、肘をついて手を組んだ。
「リヴァイアの人間だ。今日初めて会ったし、深い関わりもない。だからはっきり言うと、悲しみはあまりない」
「正直ですね」
「上辺で憐れむよりはいいだろう。だが、アッカドはそうもいかない」
「……前から気になってたんですけど、アッカドって仲間認定早いですよね」
「そうだな」
「なんでですか?」
「詳しい理由は知らん。聞いたことがあるような気もするが、覚えていない」
「珍しいっすね。そういうの忘れるタイプには見えないっすけど」
「下らん理由だったのだろう。あるいは嘘かもしれんが」
嘘。嘘か。そういえば、アッカドの過去の話だけ聞いていない。向こうから話そうとしてくれた事もない。話したくないのか?
「とにかく、今日の夕飯が豪華だったのはそれが理由だ」
「えっと……?」
「イマイチピンとこないっす」
「他人に近い『仲間』を失ったんだ。食わせてやりたかったとか、そういうことを考えていたのだろう」
「どのみちピンとこないですけど……そういう事もあるのかな」
「こればっかりは本人にしか分からないっす」
「ぅわあああ!?」
突然風呂場からカルディアがタオル一枚で飛び出してきた。それに続いてフレアも同じ格好で出てきて、早歩きで俺の後ろに隠れた。身体中ずぶ濡れで、髪も当然おろされている。寒そう。
「なんつう格好してんだよ…!」
「すまないがこっちを見るな。恥ずかしい」
「じゃなんで出てきたんすか」
「中に……こっちを見るなと言っているだろう!」
「グフゥ!?」
フレアがコラブルの背中を蹴飛ばした。俺はすぐ目を逸らした。危ねえ…。
「中に、なに?」
「虫がいる」
「はぁ?」
「デッカい虫がいるんだよ! 水の中でも生きていけるタイプの!」
カルディアは風呂の方を指差して必死に叫んでいた。虫嫌いなのか。
「どんくらいデカいんだよ」
「アラタの両手ぐらい…!」
「デカっ!?」
俺は自分の両手を見た。グーかパーかは分からないが、どちらにせよ前代未聞なレベルでデカい。
「なんとかしてよ! 狼でしょ君!?」
「俺!? 無理無理ムリムリ…」
「コラブル!」
「オイラも嫌っす」
「情けない奴らだ」
「無能どもめ!」
好き嫌いは誰にでもある。そこまで言われる筋合いはない。
「……俺がなんとかしよう」
「お、流石ガイウス! やっちゃって!」
「はぁ……」
ガイウスはゆーっくりと立ち上がった。ちょっと不機嫌そう。
ガイウスはこちらを見る事なく、しかし俺らに聞こえるボリュームで、
「いつになったら寝れるんだ…」
ポロッと本音を漏らした。ゆっくりと風呂場へ入って行き、しばらくして虫を雑に掴んで出てきた。そしてそれを持ったまま外へ出て、少しして手ぶらで帰ってきた。
なんだか異様に申し訳なくなって、俺は風呂には入らずに急いで寝た。




