第85話 喪失
「大丈夫か、ユーリィ」
「ええ、なんとか」
ユーリィは脚を押さえながらそう答えた。どうやらポッキリと折れているようで、関節のないはずの場所が曲がっていた。
「脚、真っ直ぐにするぞ」
「え、えぇ…」
ユーリィは強く目をつむった。アッカドは慎重にユーリィの脚に触れた。
「痛いぃぃぃぃ……」
「我慢しろ…!」
ユーリィの魔法で治せるには治せるが、曲がった状態で治すわけにはいかない。アッカドは慎重かつ大胆に、折れた骨を綺麗に繋ぎ合わせた。素人にはまず無理な芸当だが、アッカドは何故か慣れていた。
「……できたぞ。あとは魔法で治してくれ」
「ええ……ありがと…」
ユーリィは息切れしながら、自分の脚を治し始めた。アッカドはその間、周囲を見張っていた。
周囲には荒れ果てた家屋しかなかった。ただ一つ、血に塗れた家だけがかろうじて家の形を保っていた。
「……そうだ! ユーリィ、ちょっと待っててくれ」
「どうしたの……?」
「家探索してくる!」
そう言うとアッカドは、血塗れの家へ向かった。
中に入り、血の臭いに鼻をやられながらも中を探索する。
その行動には確かな理由があった。
よく考えると、そもそも血をばら撒く必要はあったのだろうか。戦いの中で、この家だけ壊れてないのも少し不自然だ。それらの行動には何かしらの目的があるはずだとアッカドは考えた。
(血をばら撒く目的……大事なもんを隠すためか? なら壊さないようにしてたのも納得がいくが…)
アッカドは特に付着した血が多い場所を重点的に探した。そして、また案外すぐに見つかった。
「こいつは……」
手記のようだった。背表紙についた血は少しだけ固まり、手に取ると指についた。中を開くと、中には人の解剖図のようなものがあり、難しい言葉が雑に書き込まれていた。
それだけではそれの重要性が全く分からなかった。
アッカドは流し読みしながらページを捲り続けた。そして、ある一言を見つけた。
「『魔力による死体操作』……」
明らかに重要な指標だった。アッカドは手記をそのままポケットに仕舞おうとした。入らなかったので、手に持った。
アッカドには一つ解せないことがあった。
「なんで持って行かなかったんだ…?」
しかし、アッカドは特別賢くはないため、ついにその謎を解くことはできなかった。
「まさか何もないとは思わないじゃないですか」
「全くなかった訳ではないが…うむ、無駄足と言っても過言ではないな」
「自分で言ってて辛くないのか」
「辛い」
「辛いですよ」
「そうか……」
ガイウスたちは北の森の調査を終え、街に向かっていた。死体は難なく撃退し、順調に調査を行えたのだが、成果はあげられなかった。
「ふむ……」
「どうしたガイウス。何か考えがあるなら是非とも教えて欲しい」
「何か見つけてましたか!? 教えてください!」
「いや、見つけてはいない。だが、調査自体は不十分だと言わざるを得ない」
「なに…!?」
「なんですって!?」
「はぁ……」
ガイウスは二人の騒がしいリアクションに頭を抱えながら、淡々と説明を続けた。
「自然現象でないなら、魔力が働いてるのだろう。であれば、より魔法的な観点から調査すべきだ」
「どういうことですか?」
「魔力量を記録する等の別のアプローチが必要だということだ。定期的に調べる必要があるが」
「何故もっと早く言わない」
「今この場にはその手段がない。逆に言わせてもらうと、震源の調査を行うならもっと早く言うべきだった」
「俺の失敗か……」
そんな会話を交わしているうちに、ガイウスたちは街の馬車の元に到着した。そこには暗い表情で座り込んでいるアッカドと、馬車の中で横になっているユーリィがいた。
「戻った。そっちの首尾は……カルヴァスはどこだ?」
当然見当たらない。アッカドはゆっくりと口を開いた。
「死んだ」
「……なに? すまない、もう一度言ってくれないか」
「死んだ」
その一言に、全員が言葉を失った。しばらくの静寂の後、
「何故だ?」
ジーが尋ねた。口調は穏やかではなかった。
「襲われたんだ」
「誰にだ」
「詳しくは知らねえよ。でも、大まかになら分かる」
そう言いながらアッカドは、背表紙が血に塗れた手記を、あるページを開いた状態で渡した。それを受け取ったジーは、ある文言を読み上げた。
「『魔力による死体操作』だと?」
「……そういうことか」
「ど、どういうことですか」
「おかしいとは思っていた。一度しか遭遇していないカカトカバネの死体にこのタイミングで襲われるなど、不自然だ。だがこれで合点がいった」
ガイウスはジーから手記を受け取り、別のページを見ながら話を続けた。
「俺たちを襲ったカカトカバネの死体は、やはり誰かに操られているのだろう。街に戻るまでの時間を遅らせるために、あのタイミングで襲わせたんだ」
「ど、どういうことですか? 話が見えません」
「カルヴァスを殺したのは、カカトカバネの死体を操っている奴だということだ」
「……なるほど、そういうことか。俺も分かったぞ」
「アッカド、カルヴァスの死体はどこだ」
「………持ってかれたよ」
「そうか」
ガイウスは淡々としていた。躊躇うことなく続けた。
「そいつの目的は分かった」
ガイウスは解剖図のページを開いて見せた。
「人の死体を操ることだろう」
「……ああ、そういうことか? だから死体大事にしてたのか…」
「人の死体を操るだと? そんなことをして何になる」
「動機までは分からん。だが、寒冷化ばかりに目を向けてはいられなくなった。敵は自ら人を殺し、死体を調達している。リヴァイアの民は対抗手段を持たない。明らかに危険だ」
「……それもそうだな。早急に対処したいところだが…」
ジーはそこで口籠った。何を考えているかなど容易に想像できた。
「リヴァイアの人間には無理なのだろう?」
「情けないが、そうなる」
「なら、俺たちで対処する。今日は帰還しよう。これ以上ここに居座る理由はない」
そう言い、ガイウスは馬車に乗った。続いてアッカドも乗車し、ジーも乗り込もうとしたが、
「レン」
「………っ」
先程から棒立ちになっている部下を気にかけないわけにはいかなかった。ジーは馬車に突っ込んでいる片足を地面に下ろし、レンの前に立った。
「レン、今日は戻ろう」
「でも……カルヴァスさんがいません」
「彼はもう何処にもいない。永遠にここで待つわけにはいかないだろう」
レンは動かなかった。何かの衝撃に堪えるかのように全身が力み、目は潤んでいた。
「カルヴァスさんは、良い人じゃなかったけど、でも、面倒見てくれて、色々教えてくれて……良い人だったのに」
「分かっている」
「じゃあ!」
レンは叫んだ。
「なんで平気そうなんですか! あの人のこと、誰よりも知ってるでしょ!?」
「だからこそだ」
「意味分かんないですよ! 悲しくないんですか!?」
「悲しいさ」
ジーはレンに背中を向けた。顔を見せようとはしなかった。
「それと同時に、無力な自分が恥ずかしくて仕方がない」
「は……?」
「俺では彼を取り戻せない。彼らじゃないと、何もできない」
「そ……れは………」
レンは俯いて黙ってしまった。それ以上何かを吐き出すことはなかった。
「行こう。出来ることをやるしかない」
「………はい」
そうして、少し軽くなった馬車は、中央の街へと帰って行った。




