第83話 北の街
「わお、見事に人がいないわね」
「当然だ。皆中心部に避難している」
「でもよ、まだ一回も魔物に会ってねえぞ? 気配もねえし」
「それには俺も疑問を感じている。状況は明らかに変化しているようだ。早速調査を始めよう」
調査隊は北の街に到着した。
北の街の景観は西やガイウスたちの家がある街に似ていたが、人は一人もおらず、どこか寂れていた。辺りには霧が立ち込め、見通しもあまり良くない。
「二手に分かれたい。魔物の襲撃に対応するため、ガイウスとアッカドは分かれてくれ」
「了解した」
調査隊はジー、ガイウス、レンとアッカド、ユーリィ、カルヴァスの二手に分かれ、調査を開始した。
「何処に向かっている」
「もっと北にある森の方だ」
「地震の震源がそこら辺なんです。これまで一度も調査できていないので、やっとの思いだったりするんですよ」
ガイウスたちは馬車を使わずに北の森へ向かっていた。
「………ふむ」
「どうした、ガイウス?」
「魔物の気配だ」
「ほう?」
「な……!? ど、どうしましょう!?」
レンは焦った表情で周囲をキョロキョロと見回し始めた。だが霧のせいで何も見えず、レンは不安をつのらせた。
「落ち着け。レンはガイウスに守ってもらえ」
「領主様はどうするんですか…!?」
「……レン」
「………あ。あ、あ、あ!? すいません! ついうっかり!」
「後でゆっくり聞かせてもらおう。ジーは戦えるのか?」
「ああ。鍛えているからな」
二人はレンを背中で挟むようにして構えた。
「数は分かるか?」
「多い。おそらく死体の方だろう」
「それは厄介だな……レン、じっとしていろよ」
「は、はい!」
二人が構えて間も無く、地面を荒々しく蹴る音がいくつも響いて来た。それは確実にガイウスたちに近づいており、やがて地面が揺れ始めた。
「来るぞ」
ガイウスのその一言とともに、頭の欠けたカカトカバネ一匹が霧を割いてガイウスに飛びかかった。
「街調べてどうすんだ?」
「明確な目的はない。強いて言えば、指標を見つけることが目的だ」
「貴方そういうの分かるの?」
「分からないのに同行するわけないだろう」
「それもそうね……」
「お前……性格悪いな」
「カルヴァスだと名乗ったはずだが。あと、直接指摘する貴方も性格が悪いな」
「うぜぇ……」
アッカドたちは街に残り、そのまま街の様子を探っていた。
「個人で動くのが最も効率的だ。私はあっちを調べるから、あんたらも適当に調べろ。怪しいものがあったら私に見せればいい」
「魔物に襲われたらどうするのよ」
「家に籠もればいい。ここの家は頑丈だから安全だ。それともなんだ、三人一緒にちまちま調べるか?」
「感じ悪いなぁ」
「嫌われたいの?」
「好かれる必要がないだけだ。一時間ほど経ったらまたここに集まろう。それじゃあな」
カルヴァスは一人で歩いて行ってしまった。取り残された二人は目を合わせた後、
「とりあえずやるか」
「そうね」
それぞれカルヴァスとは別の方向に向かい、街の様子を調べ始めた。
「お邪魔しまーす」
アッカドはある家に入り、中を物色し始めた。
中にはどの家庭にもあるような家具がたくさん置かれ、テーブルの上にはクロスがかけられたまま、特別整理された様子はなかった。一つ奥の部屋に踏み入ると、そこは寝室のようで、ベッドが放置されていた。床には子供用の衣服が散乱していて、持ち上げてみると埃が一気に舞い上がり、アッカドは思わず咳き込んでしまった。
「ゲホッ、ゴホッ! ……ったく、指標てどんなやつだよ?」
アッカドは袖で口を覆い、手当たり次第に室内を調べ始めた。本棚の裏やベッドの下、部屋の隅々まで調べた結果、
「……なんだこれ?」
何かを見つけた。
アッカドの親指ほどの大きさのそれは、一見すると氷のようだが、不自然な水色に輝いていた。冷たい空気を放ちつちながら、砕けも削れもしないそれを、アッカドは舐め回すように観察した。
「氷じゃねえな。指標だな」
アッカドは心の中で少し喜んだ後、見つけた指標をポケットに仕舞い、探索を続けた。
探索から一時間が経過し、アッカドは既に合流地点に来ていた。しばらくして、
「あらアッカド、早いわね」
「おう。割と見つかったぜ、怪しいやつ」
ユーリィも合流した。右手には手帳のようなものが握られていた。
「それなんだ?」
「多分日記。でも文章難しくて読めないのよね」
「へー」
「貴方は何を見つけたの?」
「これだよ」
アッカドは得意げにポケットから大量の氷のようなものを取り出した。
「いっぱいあるだろ」
「量はね……物が全部同じだから、物証としては一個も同然じゃないかしら」
「やっぱりか? 怪しいのこれぐらいしかなかったから自分を騙して持ってきたんだが、意味なかったか」
「それ苦しくない?」
軽い雑談を交えながら、二人は残りの一人の到着を待っていた。しかし。
「……遅えな」
「変ね。時間に緩い人には見えなかったけど」
いくら待ってもカルヴァスは来なかった。アッカドはじっとしていられる人間ではない。
「探しに行こうぜ」
「そうね」
二人は並んでカルヴァスが向かった方向へ歩き出した。
「方向こっちで合ってるよな?」
「ええ」
「何処行ったんだあいつ…」
あれから三十分ほど経ったが、アッカドたちは未だにカルヴァスと合流できずにいた。
「探すより待った方が早えかもなぁ……」
「あ、アッカド、あの家の扉開いてるわよ」
「ん?」
ユーリィが指差した方を見ると、玄関の扉が開いており、明かりが漏れている家があった。
「まだ照明使えんだな」
「丈夫って言ってたものね。行きましょう」
「おう」
二人はカルヴァスがいるであろう家に歩み寄った。
「おーい、カルゔぁ………」
一歩家に入ったアッカドは何故か言葉を失っていた。体の動きがピタっと止まり、そののち一歩後ずさった。ユーリィはそれを不思議に思い、アッカドの後ろから中を窺おうとするが、
「見るなユーリィ」
アッカドがそれを止めた。しかし警告は僅かに間に合わず、アッカドですら慄くような景色は、ユーリィの目にも届いてしまった。
「………っ!?」
ユーリィはその惨状を目にし、足から力が抜け、座り込んでしまった。両手で上半身が倒れるのをなんとか堪えていたが、震えが止まらず、声を発することもできない。
「だ、大丈夫か、ユーリィ」
それに気づいたアッカドはしゃがんでユーリィの体を支えた。ユーリィの震えはアッカドの手に平にも伝わり、今見たものが夢ではないことを確信させた。アッカドは再び家の中に目を向けた。
「なんなんだよ、これ」
アッカドの心に恐怖などないが、今この瞬間に限っては、それに近い不快感とも呼べるものが彼の心を渦巻いていた。アッカドの人生において一度も目にしたことがないほどの悲惨な光景が、彼の心情を暗い何かに押し込んでいった。
一滴二滴など比にならないほどの大量の血が、壁や床に限らず天井にも塗りたくられ、彼らの心を押しつぶしていた。




