第81話 理由
ガイウスは馬車の入り口に腰掛けていた。表情は暗く、俺たちに気付いてもそれは変わらなかった。
俺とアッカドはガイウスの正面に立ち、ユーリィはガイウスの隣に腰掛けた。
「ねえ、一つ聞いていいかしら」
「………」
「どうして依頼を受けたの? それは別に悪いことじゃないし、むしろ善い行いなんだけど、理由が分からないわ」
ガイウスはその質問に答えなかった。俺たちはしばらく返答を待っていたが、空の茜がさらに傾くだけで、それ以上のことは起きなかった。
「……話してはくれないの?」
「………」
「あの人たちが可哀想だったから? それとも、そういう信念が貴方の中にあるのかしら」
「……信念などという大層なものではない」
やっとガイウスが口を開いた。
「これは俺の罪だ。本来は俺だけが成すべきことだろう」
「罪……? 何のこと?」
何かやらかしたのか? そんな素振りはなかったけど…。
「ゴッデスでのことだ」
「………!」
その一言で俺は察してしまった。他の二人も察したようで、表情が強張っていた。
殺したことを気にしているのか。
「無くなったわけではないだろう。ならば俺は助けなければならない。目の前で助けを請う人間を見て見ぬ振りはできない」
「……貴方一人の問題じゃないわ。私たちにだって責任がある」
「ない。お前たちにはない。俺の罪はそれだけではない」
ガイウスは俺たちの目を見ようとしなかった。何かに押しつぶされているかのように首を垂れて、体には力がこもっていなかった。
「……彼女は、リーアさんは人殺しを許す人ではなかった」
「……!」
またリーアさんか。ガイウスは常日頃からその人のことばかりを考えているのか。
「あの人は誰彼構わず助ける人だった。そして、決して悪行を許さなかった」
誰彼構わず助ける。カルディアの理論で言えば、リーアさんはある種の狂人ということになる。
「……初め俺は、カルディアと手を組むことをしなかった。リーアさんの意思に反していたからだ。だが時が経つに連れて、俺の意思は曲がっていった」
ガイウスの声色は暗くなっていく一方だった。俺はどんな相槌を打てばいいか分からず、黙ってガイウスの言葉を聞いていた。
「彼女との再会を一番に望んでいた俺は、いつの日かそれ以外を放り投げてしまった。彼女の意思さえも例外ではなかった」
「……そんなこと、初めて聞いた」
「話していれば、お前は俺を止めただろう。俺は仲間からの信頼すらも捨てたんだ」
いつの間にか、今度は俺がガイウスを直視できなくなっていた。俺はその覚悟も知らずに、軽率に殺しをやめろなどと言っていた。それが情けなくて、申し訳なくなった。
「そうして俺は禁忌を犯した。彼女に会う資格を自らの選択で捨てた。だがその時の俺は、彼女に会えさえすれば、叱られても嫌われても構わないと思っていた」
「……そんなこと考えてたんだ」
「軽蔑したか」
「しないわ」
「……そうか」
「ええ。誰にだってそういう心はあるもの」
その時のユーリィの言葉は、自分に言い聞かせているようにも見えた。何かに言い訳しているように見えて、なんだか胸が苦しくなった。
「…いつからか俺は盲目になってしまった。彼女以外何も見えなくなっていた。見えている彼女すらも虚像に過ぎなかった。……だがある日、突然目を覚まされた」
そう言うとガイウスは、俺の方を向いた。俺は未だにガイウスを見れずにいた。
「アラタ、お前だ」
その言葉を聞いて、初めてガイウスと目が合った。
「俺……?」
「ああ。お前が俺の目を覚ました」
「……俺何かしましたっけ?」
「した。大きなこともあれば、小さなこともあった」
「どっちも聞いていいですか」
「構わない。一つは、お前が来たことだ。お前がギルドに入ろうと言い出した時、俺の意識は少し変わった」
「……仮加入を認めてくれたのは、それが理由ですか?」
「ああ。あの時何故か、お前から逃げてはいけないと思った」
全く知らなかったガイウスの胸の内が、どんどん明かされていく。俺はそれを聞いて少し混乱していた。
「次に殺しをやめろと言う言葉。直接そう言ってきたのは、お前が初めてだった。どう感じたかは、言わずとも分かるだろう。そして決め手となったのは……」
「大聖堂でのこと、ですか」
「そうだ。あの時俺は、リーアさんからもらった言葉を思い出した。……俺もかつて誰かを守りたいと願っていたのに、それを忘れていた」
「………」
「彼女は言った。力のない人間が何かを成し遂げるには、畏れてはならない、這い上がらなければならないと。俺はそれを知っていたというのに……」
ガイウスは再び俯いた。どんな表情をしているかは窺えなかった。
「俺は畏れていたのだろう。彼女に会えないことが怖かったのだろう。這い上がることもせず、底のない沼に溺れ、目的を見失っていた。その事実を俺は自覚した」
「……いつ、ですか?」
「ゴッデスを出た日の近くだ」
相変わらずそんな素振りはなかった。そんなことを考えていたなんて。
「それと同時に気づいた。『俺には彼女に会う資格がない』のだと、初めて気づいてしまった」
「……償うために依頼を受けるんですか?」
「違う。償えるものなら償おう。だが、俺は罪を犯し過ぎた。それはもう、俺の命一つでは補いきれない」
「ならどうして」
「……俺は想像してしまった。もしものことを考えずにはいられなかった」
ガイウスは顔を上げた。しかし、その視線の先にあるのは俺たちではなかった。
「『もしリーアさんがこの場にいたら』。それを想像してしまったんだ」
リーアさんがこの場にいたら。彼女は誰彼構わず助ける人らしい。ならば、彼女がここにいたのなら、
「リーアさんなら依頼を受ける」
ああ、きっと受けるのだろう。
「故に俺は受けた。償いでも、優しさでもない。俺は、彼女が行い得る善行を行わないわけにはいかないんだ」
それはつまり、
「ガイウスは、助けられる人は全て助けたい、ってことですか」
「そうだ」
その肯定は今までにないほど真っ直ぐだった。
納得がいってしまった。反論は何も浮かんでこない。
「……嫌なら嫌と言うといい。俺一人でやる」
「性格が悪いのね。そんなこと言われたら、なおさら言えないじゃない。まあそもそも嫌じゃないけど」
「俺も良いぜ。ちゃんとした理由があるなら、なんも問題はねえ」
そう言った後二人は俺の方を見た。俺もはっきりと意思表示せねば。
俺は軽く息を吸った。
「……良いじゃないですか、人助け。ガンガン助けていきましょうよ」
方針は固まった。
俺たちは仮定の魔眼を探す。ただし、人を助けながら。助けを求める相手には手を差し伸べ、場合によっては求められずとも助けるかもしれない。
悪くない。むしろ良い。
「感謝する」
「いいのよ、感謝なんて」
「たが、これからはもっと正直に話してくれよ。ボスはアラタと違って顔に出ねえんだから」
「流れ弾がこっちに飛んできましたよ。悪かったですね、顔に出やすくて」
なんだか懐かしいな、この感じ。
「そういえば、この四人だけで話すのって久しぶりですね」
「ん? あー……期間的にはそうでもなくねえか?」
「気分的には?」
「久しぶりだな」
「せっかくだし、もう少し何か話しましょうか」
「良いですね。最近は別行動ばかりだったし。じゃあちょっと話したいことがあるんですけどいいですか?」
「いいぜー」
「フォード君っているじゃないですか。この前みんなで遊んだ時に会った少年。あの子最近は毎日広場に来てまして」
「うっそ!?」
「これが本当で……」
それからは四人でしばらく話していた。ガイウスは基本聞いているだけだったが、たまにちょっとだけ微笑んでいて、嬉しくなった。
ガイウスは客観的に見れば悪人かもしれないけど、近くで見ると普通の人で、むしろすごく人間らしい人なのだと今日改めて知った。
道は少し複雑なものになりそうだが、それでもこの人たちがいるのなら、それは素敵な旅路になるだろう。




