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畏怖×if 無に帰す魔法と八つの魔眼  作者: 金剛陽薙
第5章 枯れた大地を屍が這う
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第81話 理由

 ガイウスは馬車の入り口に腰掛けていた。表情は暗く、俺たちに気付いてもそれは変わらなかった。

 俺とアッカドはガイウスの正面に立ち、ユーリィはガイウスの隣に腰掛けた。


「ねえ、一つ聞いていいかしら」

「………」

「どうして依頼を受けたの? それは別に悪いことじゃないし、むしろ善い行いなんだけど、理由が分からないわ」


 ガイウスはその質問に答えなかった。俺たちはしばらく返答を待っていたが、空の茜がさらに傾くだけで、それ以上のことは起きなかった。


「……話してはくれないの?」

「………」

「あの人たちが可哀想だったから? それとも、そういう信念が貴方の中にあるのかしら」

「……信念などという大層なものではない」


 やっとガイウスが口を開いた。


「これは俺の罪だ。本来は俺だけが成すべきことだろう」

「罪……? 何のこと?」


 何かやらかしたのか? そんな素振りはなかったけど…。


「ゴッデスでのことだ」

「………!」


 その一言で俺は察してしまった。他の二人も察したようで、表情が強張っていた。


 殺したことを気にしているのか。


「無くなったわけではないだろう。ならば俺は助けなければならない。目の前で助けを請う人間を見て見ぬ振りはできない」

「……貴方一人の問題じゃないわ。私たちにだって責任がある」

「ない。お前たちにはない。俺の罪はそれだけではない」


 ガイウスは俺たちの目を見ようとしなかった。何かに押しつぶされているかのように首を垂れて、体には力がこもっていなかった。


「……彼女は、リーアさんは人殺しを許す人ではなかった」

「……!」


 またリーアさんか。ガイウスは常日頃からその人のことばかりを考えているのか。


「あの人は誰彼構わず助ける人だった。そして、決して悪行を許さなかった」


 誰彼構わず助ける。カルディアの理論で言えば、リーアさんはある種の狂人ということになる。


「……初め俺は、カルディアと手を組むことをしなかった。リーアさんの意思に反していたからだ。だが時が経つに連れて、俺の意思は曲がっていった」


 ガイウスの声色は暗くなっていく一方だった。俺はどんな相槌を打てばいいか分からず、黙ってガイウスの言葉を聞いていた。


「彼女との再会を一番に望んでいた俺は、いつの日かそれ以外を放り投げてしまった。彼女の意思さえも例外ではなかった」

「……そんなこと、初めて聞いた」

「話していれば、お前は俺を止めただろう。俺は仲間からの信頼すらも捨てたんだ」


 いつの間にか、今度は俺がガイウスを直視できなくなっていた。俺はその覚悟も知らずに、軽率に殺しをやめろなどと言っていた。それが情けなくて、申し訳なくなった。


「そうして俺は禁忌を犯した。彼女に会う資格を自らの選択で捨てた。だがその時の俺は、彼女に会えさえすれば、叱られても嫌われても構わないと思っていた」

「……そんなこと考えてたんだ」

「軽蔑したか」

「しないわ」

「……そうか」

「ええ。誰にだってそういう心はあるもの」


 その時のユーリィの言葉は、自分に言い聞かせているようにも見えた。何かに言い訳しているように見えて、なんだか胸が苦しくなった。


「…いつからか俺は盲目になってしまった。彼女以外何も見えなくなっていた。見えている彼女すらも虚像に過ぎなかった。……だがある日、突然目を覚まされた」


 そう言うとガイウスは、俺の方を向いた。俺は未だにガイウスを見れずにいた。


「アラタ、お前だ」


 その言葉を聞いて、初めてガイウスと目が合った。


「俺……?」

「ああ。お前が俺の目を覚ました」

「……俺何かしましたっけ?」

「した。大きなこともあれば、小さなこともあった」

「どっちも聞いていいですか」

「構わない。一つは、お前が来たことだ。お前がギルドに入ろうと言い出した時、俺の意識は少し変わった」

「……仮加入を認めてくれたのは、それが理由ですか?」

「ああ。あの時何故か、お前から逃げてはいけないと思った」


 全く知らなかったガイウスの胸の内が、どんどん明かされていく。俺はそれを聞いて少し混乱していた。


「次に殺しをやめろと言う言葉。直接そう言ってきたのは、お前が初めてだった。どう感じたかは、言わずとも分かるだろう。そして決め手となったのは……」

「大聖堂でのこと、ですか」

「そうだ。あの時俺は、リーアさんからもらった言葉を思い出した。……俺もかつて誰かを守りたいと願っていたのに、それを忘れていた」

「………」

「彼女は言った。力のない人間が何かを成し遂げるには、畏れてはならない、這い上がらなければならないと。俺はそれを知っていたというのに……」


 ガイウスは再び俯いた。どんな表情をしているかは窺えなかった。


「俺は畏れていたのだろう。彼女に会えないことが怖かったのだろう。這い上がることもせず、底のない沼に溺れ、目的を見失っていた。その事実を俺は自覚した」

「……いつ、ですか?」

「ゴッデスを出た日の近くだ」


 相変わらずそんな素振りはなかった。そんなことを考えていたなんて。


「それと同時に気づいた。『俺には彼女に会う資格がない』のだと、初めて気づいてしまった」

「……償うために依頼を受けるんですか?」

「違う。償えるものなら償おう。だが、俺は罪を犯し過ぎた。それはもう、俺の命一つでは補いきれない」

「ならどうして」

「……俺は想像してしまった。もしものことを考えずにはいられなかった」


 ガイウスは顔を上げた。しかし、その視線の先にあるのは俺たちではなかった。


「『もしリーアさんがこの場にいたら』。それを想像してしまったんだ」


 リーアさんがこの場にいたら。彼女は誰彼構わず助ける人らしい。ならば、彼女がここにいたのなら、


「リーアさんなら依頼を受ける」


 ああ、きっと受けるのだろう。


「故に俺は受けた。償いでも、優しさでもない。俺は、彼女が行い得る善行を行わないわけにはいかないんだ」


 それはつまり、


「ガイウスは、助けられる人は全て助けたい、ってことですか」

「そうだ」


 その肯定は今までにないほど真っ直ぐだった。

 納得がいってしまった。反論は何も浮かんでこない。


「……嫌なら嫌と言うといい。俺一人でやる」

「性格が悪いのね。そんなこと言われたら、なおさら言えないじゃない。まあそもそも嫌じゃないけど」

「俺も良いぜ。ちゃんとした理由があるなら、なんも問題はねえ」


 そう言った後二人は俺の方を見た。俺もはっきりと意思表示せねば。

 俺は軽く息を吸った。


「……良いじゃないですか、人助け。ガンガン助けていきましょうよ」


 方針は固まった。

 俺たちは仮定の魔眼を探す。ただし、人を助けながら。助けを求める相手には手を差し伸べ、場合によっては求められずとも助けるかもしれない。

 悪くない。むしろ良い。


「感謝する」

「いいのよ、感謝なんて」

「たが、これからはもっと正直に話してくれよ。ボスはアラタと違って顔に出ねえんだから」

「流れ弾がこっちに飛んできましたよ。悪かったですね、顔に出やすくて」


 なんだか懐かしいな、この感じ。


「そういえば、この四人だけで話すのって久しぶりですね」

「ん? あー……期間的にはそうでもなくねえか?」

「気分的には?」

「久しぶりだな」

「せっかくだし、もう少し何か話しましょうか」

「良いですね。最近は別行動ばかりだったし。じゃあちょっと話したいことがあるんですけどいいですか?」

「いいぜー」

「フォード君っているじゃないですか。この前みんなで遊んだ時に会った少年。あの子最近は毎日広場に来てまして」

「うっそ!?」

「これが本当で……」


 それからは四人でしばらく話していた。ガイウスは基本聞いているだけだったが、たまにちょっとだけ微笑んでいて、嬉しくなった。


 ガイウスは客観的に見れば悪人かもしれないけど、近くで見ると普通の人で、むしろすごく人間らしい人なのだと今日改めて知った。

 道は少し複雑なものになりそうだが、それでもこの人たちがいるのなら、それは素敵な旅路になるだろう。

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