第80話 まだ
一週間が経った。
「というわけで、目標金額に到達したので、食料を買って次の場所に移動しましょう」
「「「おお〜」」」
俺とコラブルとカルディアが軽く拍手をした。
あれから特別な出来事はなく、俺たちは無事に一週間を過ごした。ガイウスたちはお金を稼ぎ切ったようで、これから食料を買い、明日の早朝にリヴァイアを出るらしい。
「んじゃ、俺らで買ってくるから、お前たちは留守番な」
「分かったっす」
「今日は俺も出るから、お前らがエルちゃんの相手してやってくれ」
「クレイもですか?」
「ブラック連れてくからな。馬の面倒は俺しか見れないだろ」
ということは、馬車を持って行くのか。かなりの大荷物になるようだ。
「分かりました。いってらっしゃい」
ガイウスたちはブラックと馬車を連れて街に向かった。俺はガイウスたちが帰ってくるまで、エルリアと遊んでいた。
「これとか長持ちしそうじゃない?」
「美味いのかそれ?」
「貴方が美味しくするんでしょ。値段は…いい感じだし、買いましょう」
「うーん……あ、結構美味そうだな」
ユーリィは店に並べられた肉の干物をたくさん手に取り、馬車の中に持っていった。その間にガイウスは店員に金を渡し、アッカドと共に別の品物を物色した。
「ガイウスさん、もう行っちまうんですか? 俺らにゃまだあんたらの力が必要だってのに」
ガイウスは店員の呼び掛けに動きを止めた。アッカドもそれにつられて動きを止め、店員に向き直った。
「んなこと言われても、俺たちにもやることがあんだよ。自分たちでなんとかできねえのか?」
「できたら苦労しないですよ。今まではアトラスの兵士が居たからなんとかなってたけど、なんでか居なくなっちまった。俺らにゃそもそも魔法を鍛える時間がねえ」
「あー……それもそうかぁ」
リヴァイアの人間には強くなれない理由があった。
彼らには時間がないのである。金を稼ぐには、ある者は時間をかけて作物を育てなければならず、ある者は毎日服や陶芸品を作って売りに出さなければならない。それでも生きていくのが厳しい者は、副業も行って日常を繋いでいた。その生活に魔法がつけ入る隙はなく、彼らは最早魔法とは縁のない生活を送り続けているのである。
故にガイウスたちは救世主となった。自衛の術を他人に依存している彼らにとって、ガイウスたちは大きな救いだった。だからガイウスたちへの依頼が尽きることはなかったし、彼らは何の問題もなく金を稼げたのである。
だがそれも今日で終わりだった。
「ガイウスさん、あんたらがいないだけで、俺たちゃお先真っ暗なんだ」
ガイウスはその言葉を聞いても微動だにしなかった。そしてしばらくの沈黙の後、
「……すまない」
その一言だけを放ち、再び店のものを物色し始めた。店員はその姿から目を逸らすことなく、ただただ見つめ続けていた。
「ふう、買い物終わり! 帰りましょう」
「だな」
ガイウスたちは買い物を終えた。馬車には大量の食料が詰め込まれ、馬一頭で運ぶのは大きな苦労であるように思える。だがブラックは平気な顔をして運んでいた。
道中、アグリクトの前を通った。その門前には数人の男たちが何かを話し合っており、中には「ジー」と名乗った男もいた。
「一応挨拶しておきましょうか」
「……ま、それぐらいはいいか。いいよな、ボス?」
「構わない」
ガイウスたちはアグリクトの前で一度止まった。
「ジーさん、私たちそろそろこの国を出ます」
「何……?」
ユーリィの言葉を聞いたジーは眉をひそめ、集団から抜け出してユーリィの元へ駆け寄った。その雰囲気は決してガイウスたちを送り出すような温かいものではなく、むしろ彼らを責め立てているように見えた。
「何故だ!? まだ頼みたいことがある! せめて、せめて後一つだけ頼まれてくれないか!」
「え、えっと……」
「おい、近ぇぞ」
顔を近づけながら威圧するジーにイラついたアッカドが、二人の間に割って入った。
「この国の事情も分かってるけどよ、こっちにもやることがある」
「だが……!」
「聞こう」
口論が始まりそうな空気を切り裂き、ガイウスが放った言葉は衝撃的なものだった。さして大きな声ではなかったが、その言葉の片鱗でも耳に入った者は皆、ガイウスの方を見ていた。
「……ボス、今なんつった?」
ガイウスはユーリィやアッカドよりも前に立ち、
「聞こう」
ジーに限らず、周囲の人間に聞こえるくらいの大きな声ではっきりと言った。
「ただいま……」
「あ、おかえりなさい」
日暮れ近くになって、やっとガイウスたちが帰ってきた。たが、なんだ、空気が重い。過去に例を見ないほどに。
「……何があったんですか」
俺がそう尋ねると、アッカドは椅子に荒く腰掛けた。
「依頼を受けるんだってよ」
「依頼? もう終わったはずじゃ?」
「はずだったんだけどな。ボスが受けやがった」
「……肝心のガイウスは?」
「馬車にでも居んじゃねえか」
ここには居づらいのか……つまり、申し訳ないという気持ちがあるということだ。
「どんな依頼ですか?」
「それがなぁ…今までで一番デカいんだよ。『寒冷化の原因解明、解決』だとよ」
寒冷化……不毛の原因。忘れていたが、今のリヴァイアの気候は普通ではないんだった。
「何で今更…」
「信頼を得たからだとかなんとか言ってたな。本当は一番解決して欲しいのはそれだったみてえだし」
信用できるかどうか確かめたかったのか。筋は通っている。一番解せないのは、ガイウスがそれを受けた理由だ。何を思って受けたんだ。何を優先している。
「ガイウスって優しいから、見過ごせなかったんじゃないかしら」
ユーリィが会話に入ってきた。ついさっきまで外にいたようだ。ガイウスと話でもしていたのだろうか。
「優しいから……否定はできませんけど」
「買い物の途中、街の人から『行かないで』って言われたのよ。その時のガイウス苦しそうだった」
容易に想像できる。ガイウスなら気にかけるだろう。だがそれだけか? 優しさだけで見ず知らずの人を優先するのか?
「何かあったのかな」
カルディアが二階から降りてきた。俺たちの声を聞きつけたらしい。
「それが、まだ依頼を受けるって言うんだよ」
「もう終わったんじゃないのかな?」
「そうなんだけど、ガイウスが受けたって」
「はぁ………面倒だね」
カルディアは椅子に腰掛け、いつものように頬杖をついた。
「理由は?」
「詳しいことは分かってない。優しさ、かもしれないけど」
「優しさな訳ないでしょ。誰彼構わず助けようとするのは狂人となんら変わりない。流石にそんな狂人ではないと思うけどねー」
「じゃあ、何か別の理由があるっていうのか?」
「うん」
言い切るのか。
「直接話してきたら?」
「そうだな。行こうぜ、アラタ」
「話してくれますかね……」
「何か事情があるなら、共有して欲しいもの。聞くだけ聞いてみましょう」
「……そうですね」
俺たちは馬車にいるガイウスの元へ向かった。




