第9話 情けない
男たちは腰についていた剣を抜いた。手入れはされておらず、この男たちらしい貧相な剣だった。
「うわぁぁぁぁぁぁぁ!!」
一人が切りかかってくる。俺はそれを避けることなく、腕で受け止める。
「な!?」
「……切れるわけないだろ、そんな剣で」
身体中から毛がふさふさに生えているし、剣の切れ味も悪かった。正直全く怖くない。
俺はもう片方の手で男の腕を掴み、投げ飛ばした。
「うわっ」
「……!! おい、大丈夫か!?」
そんなに力は入れていないが、かなり飛んだ。木にぶつかり、意識が落ちたようだ。俺は残っている男たちにゆっくりと視線を移した。それを見た男たちの剣を持つ手は既にガタガタと震えていた。
早く済ませて、エルリアをなんとかせねば。腕が折れているし、身体中打撲だらけ。彼女はかなり辛い筈だ。
「い、いやだ!! 死にたくない!!」
男たちは明らかに俺に恐怖していて、こちらが行動を起こす前に一斉に逃げ出した。心外だな、殺すわけないだろ。
俺は逃げようとしていた男たちのうち、痩せているのを選んで捕まえた。力がかなり強くなっているのか、腕を掴んで持ち上げるだけで簡単に捕らえられた。男は少しジタバタした後、命乞いをするかのような目で俺を見た。
「ゆ、許してくれ!! 困ってたんだ!! 仕事もないし、議会の奴らは何も聞き入れちゃくれなくて、こうするしかなかったんだよ!!」
「分かったから、暴れんな! 命が惜しかったら大人くしろ!」
そう怒鳴った瞬間、男は抵抗をやめた。観念したようだ。
「ああ…神よ…お助けください…」
なにかぶつぶつ言っているが、大人しくなったのでよしとしよう。
他の男たちは逃げてしまった。というか、逃した。太った男と『頭』と呼ばれた男、そしてこの痩せた男を捕まえられたし、情報を聞き出すにはこれで十分足りるだろう。
俺は男たちの服を剥ぎ、腕と足を縛った。そして、気絶している二人を起こした。
「おい、起きろ!」
「………ぅん…? ……な、んだよ、お前……」
リーダーはすぐ起きた。魔法で吹き飛ばされただけだし、軽症だ。太っちょの方は?
「……もう食べれないっす……」
俺に喧嘩を売っているらしい。
「起きろ!!!」
「へ!!? な、なんすか!?」
「…落ち着け、じっとしてろ」
リーダーがなだめた。思ったより冷静だな。これならこの男からだけでもいろいろ聞き出せそうだ。
「お前たちは誰だ?」
「…失業者だよ。みんな家族がいる。殺すなら俺だけにしてくれ」
思ったより重い話になってきたな...だから殺さないって。でも、勘違いされてるならそれを利用して色々聞き出そう。
「命が惜しいなら全ての質問に正直に答えろ。こんなとこで何してる?」
「…ガイウスを殺せと言われたんだ。そのために、幻魔法書まで貰った」
「げんまほうしょ? なんだそれ」
「幻種の魔法書だよ。知らないのか、お前?」
突然情報量がすごい。やっぱりこの世界には魔法とかがあるのか。さっきエルリアが使ったやつも、魔法だよな。
エルリアの魔法を見るまで、この世界に魔法があるかどうかわからなかった。異世界ならあるかもしれないが、ガイウス達はそんな素振り全く見せなかったし。
「魔法書ってなんだ?」
「ほんとに知らないのか...その属性の素質がなくても、魔法書さえあれば記されている魔法を簡単に使えるんだ」
『素質』ってなんだ。まだ理解できないな、これは。でも時間をかけるわけにはいかない。もっと重要なことを聞かないと。
「誰に命令されたんだ?」
「…議会の人間だよ。お前ら喧嘩を売りすぎたんだ。いよいよあっちもやる気になった。こんな失業者に魔法書渡して、大金まで払って、馬鹿だよなあ、あいつら」
『お前ら』...ガイウス達が何かしたのか。
「具体的には、どうやって殺す気だったんだよ。お前達の剣、まるで使い物にならないじゃないか」
「テントの中に炎の魔法書がある。それで焼き殺せと言われた。ガイウスに剣で敵う奴はそういない。生半可な魔法も効かないし、議会の奴ら、敵である王国騎士に泣きながらお願いして、『業火の魔眼』の魔法書を作りやがったんだ」
ごうかのまがん? なんだそれ。これまた今は分からなさそうだ。後で考えよう。
気になることはあらかた聞いたかな。こいつらは雇われてただけみたいだし、もう解放しよう。
俺は男たちの縄を解いた。
「もう行っていいぞ。次来たら容赦しないからな」
そう言い見送ろうとしたが、
「…馬鹿言うな。お前、俺たちを殺す気がないのか?」
「ないけど」
「だったら俺たちを連れてけ。奴隷にでもすれば良い」
「ちょ、ちょっと待って」
なんでそんな話になる? 見逃すって言って...ああ、そうか。殺せませんでした、なんておめおめと戻ろうものなら、『議会』とやらに何されるかわからないのか。言わば使い捨ての道具のようなもので、最悪処分されるかもしれない。
「うーーん…」
戦意はもう見られない。家族がいると言っていたし、この人たちはただただ生きたいのだろう。だったら...。
「………不意打ちとかするなよ?」
「するわけないだろ。死にたくないからな」
「分かった。じゃあ付いてきて」
俺は男たち三人に呼びかけた。男たちはフラフラしながら、なんとか立ち上がった。
そうだ、エルリアの様子を見なければ。
エルリアに目をやる。すると、右手を体のあちこちにかざして何かをしていた。右手が緑色に輝いている。
「……何してるの?」
「けがをね、治してるの」
この子すごい...成人男性を吹き飛ばせるだけでなく、怪我を治すこともできるのか。この世界の子供ってみんなこんなにできる子なのかな。
「左うでは治んないみたい」
「そっか、じゃあ固定しよう。結構痛むよ」
流石に折れてるのは無理か。
俺はまっすぐで太く長い木の枝を拾い上げ、服を着ようとしている痩せた男から、
「服ちょうだい」
「え、いや、その…」
「……よこせ」
「は、はい……」
シャツを貰った。貰ったんだよ。
そういえば今の自分の声、かなり低いな。化物みたいな声だ。少しトーンを落とせば誰でも脅せる気がする。…実際脅せた。
枝と服を使い、エルリアの左腕を固定した。見てるだけでもすごく痛そうだったけど、
「……ふぅ……ふぅ…」
「もう少しだからね」
この子本当にすごいな。激痛のはず。それをこの年で耐えれるなんて...俺でも泣いちゃうぞこれは。
「……よしできた!」
「……ありがとう、おにいちゃん」
耐え切った。少し疲れた様子だけど、もう大丈夫そうだ。
「よし、じゃあ帰ろう」
色々と大変だった。エルリアには痛い思いをさせちゃったし、俺はわけわかんない状況だけど、とりあえず疲れた。帰りたい。
そう思い、エルリアを抱き抱えて歩き出そうとする。そこであることに気づいた。
「………あーーー」
迷ってるんだった...どうやって帰ろう。早く帰ってエルリアを休ませたいのに。
「………わたしの魔力、たどればかえれるよ」
「え」
エルリアが口を開いた。この子なんでもできるな。しかし、これ以上無理をさせるわけには...。
俺は返事を返せずにいたが、
「…そうしないと、帰れないよ、おうちに」
「………ごめんね」
「いいよ」
頼らざるを得なかった。相も変わらず無力な自分が恥ずかしい。
「あっち」
エルリアが指を指す。その時、
「お、俺たちも、連れてってください!」
後ろから声がした。振り向くと、そこには逃げたと思った五人の男たちがいた。隠れてただけだったか。逃げる場所もないだろうしなあ...。
「………どうぞ」
「あ、ありがとう!!」
連れてこう。大丈夫だ。この男たちは大して強くないし、その気になれば簡単に制圧できる。
俺たちはエルリアを頼りに家に向かって歩き出した。