第79話 リヴァイアでの一幕③
「ふぅー、昼飯にしようぜ」
「今日の具材はなんすかね」
「葉っぱ焼きだったりして」
「勘弁して欲しいっす」
ある日の昼のこと。
俺たちはキリのいいところで修行を中断し、昼飯を取ろうとしていた。
俺は木陰を選んで地面に座り、カゴの中身を手に取った。コラブルは俺の向かいに座り、俺の後に続いてサンドウィッチを取り出した。
「フレアとカルディアは?」
「ちょっと言い合ってるっす。多分もうちょい後になるっすから、二人の分残しとくっす」
「分かった」
となると、フレアはまだ修行を続けるということか。ならば。
「なあ、コラブル」
「なんすか」
「金髪って珍しいよな」
俺は今までずっと思っていたことをやっとの思いで打ち明けた。
「フレアのっすか?」
「ああ。ゴッデスにいた頃もあんま見かけなかった。まあそもそも街にあんまり出てないんだけど、出た時は見なかったんだよ」
「そりゃそうっすよ。元から金髪の人なんていないっすから」
「そうなの?」
「そうっす。あれは染めてるんすよ」
俺は思わずコラブルとフレアを目で三往復ぐらいしてしまった。
「染めてんの…!?」
「そうっす。ゴッデスの若者と老人の間にはよくあることっす」
「マジか…どうやって染めるんだ?」
「簡単なことっす。魔力には色があるっす。ガイウスなら金、アラタなら青、オイラなら黒っすね。そういう色のついた魔力を他人から頂いて、そのまま染料にするっす」
「案外単純だな」
「かつ便利っす。元に戻すのも簡単、色を変えるのもすぐにできるっす」
「へー……」
髪を染めるのって髪を傷つけそうだし、ハイリスクなものだと思っていたけど、この世界ではそうでもないのか。勝手に不良がやるものだというイメージを抱いていたが、ここではよくあることのようだ。
「染髪かぁ……」
「アラタもやってみるといいっす」
「何色が似合うと思う?」
「黒とかどうっすか」
「黒?」
「オイラの魔力貸すっす」
「くれないのかよ。返すの嫌なんだけど」
「オイラも要らないっす」
「……えっとちょっと待ってどういうこと?」
「早く食うっす」
コラブルに催促されて、俺はやっと手に取ったサンドウィッチを口に運んだ。最近は具材もパターン化されてきて、流石に少し飽きを感じている。別の国に動けばご飯の内容も変わるだろうし、次の国がより楽しみになってきた。
「あらは」
「……口にもの入れながら喋んなよ、汚ない」
「ほめんっふ。……今日も来ると思うっすか?」
「来るだろうな」
「っすよねー」
コラブルは俺を始点に広場を舐め回すように見た。途中で、
「あっ」
何かを見つけたような声を上げた。
「アラタ、あそこ」
「いきなりかよ。はぁ……」
俺はコラブルが指差した場所に視線を移した。そこには、必死に木の後ろに隠れながら、俺たちの方に熱い視線を送っているフォード君がいた。
「最早ストーカーっす」
「その通りで全然笑えない」
「声かけるっすか?」
「無視はできないよなぁ…」
俺はサンドウィッチを一度コラブルに手渡して渋々立ち上がり、フォード君の元へゆっくりと歩み寄った。フォード君は俺が近づいてもその場から動くことはなく、途中から笑い出していた。
「今日も来たんだね」
「みつかっちゃった」
「来ちゃったら見つけるよ。すぐに帰る気は?」
「ない」
屈託のない笑顔でよくそんなことが言えるものだ。仕方がない、今日も目の届く場所に居てもらおう。
「じゃあこっちに来て」
「うん」
俺はフォード君を昼飯を取る場所まで連れて行った。
俺とコラブルは昼飯を取りながら、フォード君に色々聞いていた。
「なんで毎日来るんすか」
「気になるから」
「何が気になるんだ……」
「それは……まだひみつ」
「全然教えてくれないっすね」
この子はいつもそうだ。カルディアが来るなと言った次の日にはやっぱり聞こえていないふりをして来たし、昨日も来たし何故か今日も来た。そしてなんで来たのかと尋ねれば毎日「気になるから」と返し、結局は何も聞かずに帰って行く。子供って怖い。
俺は小さな恐怖心を紛らわすかのようにサンドウィッチを咀嚼した。心なしかいつもより不味く感じる。
「………」
フォード君がサンドウィッチを食べる俺を凝視している。
「……なに?」
俺は口の中を飲み込み、フォード君に尋ねた。いっつもこの調子なんだよな。気になることがあるなら直接聞いてくれればいいのに。
「きように食べるなっておもって」
「器用に?」
「うん」
フォード君は身振り手振りを交えながら、俺に説明を始めた。
「おおかみって口がながいし、くちびるをとじたままかめないんだけど、お兄ちゃんは上を向いてこぼさないようにしてるでしょ?」
「……してた?」
「してるっす。無意識っすか?」
「無意識でやってた…!」
俺は思わず口を押さえてしまった。
マジか? 俺そんなことしてたのか。自分では全く気づかなかった。
「いつからやってた?」
「最初からっす。練習したんだと思ってたっすけど、違うんすか?」
「してない。だからめっちゃビックリしてる」
食事で大きくこぼしたことなどない。じゃあ狼の体になってからずっと素でやっていたということだ。それも無意識的に。
「ある種の本能かなぁ…」
「便利な本能っすね」
初めてフォード君に感謝したいと思った。なんだか不思議だなあ。同時に面白いとも感じる。
「いい発見だった」
「食い終わったっすか?」
「とっくに終わってるよ」
「じゃあ再開するっす」
「フレアたちは食わないのかな」
「まだみたいっすから、隠れん坊でもするっす」
「そうするか」
午後は打ち合いではなく、コラブルと隠れん坊をしていた。心なしか場所が分かるようになった気がするが、気のせいとも言えてしまうレベルなのでまだ身についてはいないだろう。
結局午後はそれで終わってしまった。フォード君はコラブルを探し回る俺をずっと見ていたが、ついに「気になること」とやらを俺に直接尋ねてくることはなかった。
「帰るね。バイバイ」
「あ、うん。気をつけてねー」
そしてそのまま帰って行った。
「なんなんすかね」
「そのうち分かるだろ。フレアー、カルディアー、帰ろうぜー」
俺が遠くの二人にそう呼びかけると、二人は一旦こちらを見た後、再び向き合って何かを言い合い始めた。
「……もしかして、あれ昼から続いてる?」
「分かんないっすけど、そうかもっす」
「嘘だろ…何言い合ってるんだか」
俺はコラブルを連れて二人の元へ駆け寄った。
「二人とも。もう日が暮れて来たし、帰ろうぜ」
「いや、まだだ。まだ話は終わっていない」
「はー、よくそんなことにこだわれるね。君の神経を疑うよ」
カルディアが暴言を吐いている。人をディスるのは珍しくないが、ここまで直接否定するのはあまり見たことがない。
「何を言い合ってるんだよ」
「それはこいつが」
「それはカルディアが」
二人は一斉に俺の方を向き、
「金髪なんかに染めてるからだよ!」
「金髪はダサいって言ったからだ」
同時にそう言った。だが互いのその言葉を聞いて二人はまた睨み合い、まるで動物のように威嚇しあっていた。
「……はぁ」
俺は一瞬で体を反転させた。
「帰ろうコラブル」
「っすね」
「ちょい! 道分かるのかな!?」
「流石に覚えたわ!」
俺は未だに言い合っている二人を置いて、家に向かって歩き出した。




