第78話 リヴァイアでの一幕②
ある日のこと。
「ただいまー」
「ハラヘッタ……マリョクカラカラ……」
「こらこら、ちょっと一日魔法使い続けたからってへばらないでよ。太っちょ君はメンタルも弱いなぁ」
「メシヨコスッス」
「まずカタコトやめない?」
俺たちは修行を終えて家に帰ってきた。日は既に沈み、外はかなり冷えている。フレアは家に着いたのと同時に二階の寝室へ向かってしまった。ずっとあの調子なんだよな。大きな問題はないから別にいいんだけど。
「今日の夜ご飯は………」
「ハラ、ペコペコ」
俺が台所に行くと、
「ぅわぁ!?」
鍋に火をかけたまま、泡が吹いているのに放ったらかしにしているアッカドの姿があった。
「ちょ、アッカド! 泡が!」
「……ぅん? ああ、悪りぃ…」
アッカドは俺に言われて初めてそれに気づいたようで、それでも焦ることなくゆったりと火を消した。
「珍しいですね、そんな失敗するなんて」
「ああ……悪かったな…」
「………アッカド?」
「ああ……?」
俺は今アッカドの背中に声をかけているのだが、アッカドは何故かこちらを振り向こうとしなかった。
俺は一度コラブルたちの元へ戻って、腰に手を当てて天井を仰いだ。
何かあったんだろうなー。しかもこれ多分色恋の話だなー。
誰かが風呂に入っている音がする。あれ絶対ユーリィ。俺の方を見なかったんじゃなくて、風呂の方を見たくなかったんだろう。料理で気分転換でも図ったんだろうけど、第三者から言わせてもらうとアッカドには無理。
「コラブル、調子戻せ」
「ハラヘッタ」
「アッカドが色恋で悩んでる」
「マジすか?」
「がめついねー」
「それでこそコラブルだわ」
俺はコラブルとついでにカルディアも巻き込んで輪を作り、作戦会議を行った。
「どうする。このままじゃ今日の飯は激マズ、もしくは抜きかもしれない。その場合自分たちで作ることになる」
「美味しい飯の作り方なんて知らないっす…!」
「死活問題だね」
「なら、アッカドとユーリィを仲直りさせるしかない」
「どうやるんすか」
「本人に何あったか聞けばー?」
「え?」
「え?」
「ん?」
俺とコラブルがカルディアの方を見ると、彼女は真っ直ぐな目をしていた。本人に聞く、ねぇ…。
「いきなり本人行くかぁ?」
「それは逃げの一手っす」
「え、何そのノリ。非効率的だよ」
「はい出た効率厨カルディア」
「マイナス一ポイントっす」
「ダメだ、ついて行けそうにない」
そう言うとカルディアは、風呂の方に行ってしまった。
「あれ、風呂の方? まさかユーリィに何かする?」
「いや、あれは多分ただ風呂に入りに行っただけっす」
「…そりゃそうか」
ここには俺とコラブルだけが残った訳だが…。
「どうする」
「聞くっす」
「逃げの一手?」
「に逃げるっす」
そうせざるを得なかった。
「分かった、俺が聞いてくる」
「頼んだっす」
俺は再び台所に行った。台所では、アッカドが泡を吹いた鍋をまた放置していた。
「アッカド、鍋」
「あ? ああ……」
俺が呼びかけると、さっきと同様にゆったりとした動作で火を消した。
あれ、よく見るとコンロじゃなくてもっと原始的なやつだ。一度消したのにまたわざわざ火をつけて、放置したと。いつになく深刻だな…。
「アッカド」
「ああ……?」
「何かあったんですか?」
俺が優しい声で聞くと、アッカドはゆっくりとこちらを振り向いて、
「アラタ……」
何かに絶望でもしたかのような声で俺を呼んだ。
「何があったんですか!?」
「あっち行ってゆっくり話そうぜ……」
「わ、分かりました」
俺はアッカドの肩を持ち、歩くのを手伝いながら居間の椅子に座らせ、それと向き合うようにして俺とコラブルも座った。
「さて、それじゃあ」
「尋問を始めるっす」
「…おい待て、尋問ってなんだ?」
「色恋にうつつ抜かしてるやつを励ましてやるほどオイラは優しくないっす」
「右に同じ」
「ひでぇな!? ってか別に色恋じゃねえよ!」
残念なことにここの人間(俺含めて)は基本性格が悪いので、たった今恋で喧嘩してるかしていないかなどは関係なく、リア充に優しくする人間など居るはずなかった。故にこれから始まるのは言葉による拷問、あるいは一方的な罵倒である。
「ユーリィと何があったんすか」
「……いや、大したことじゃねえんだが…」
「ならさっさと言うっす!」
「そうだそうだ! 俺たちの晩飯を恋愛に阻まれてたまるか!」
「自分は食うだけのくせによくそういうことが言えるなてめぇら!?」
作ってくれていることにはもちろん感謝している。だが、それとこれとは別である。
「早く言うっす」
「早く言ってください」
「……あー、そのだな…」
アッカドは頭の後ろを掻いて俺たちから目を逸らし、しばらく僅かな抵抗を見せていたが、それも無駄だと悟ったのだろう。俯いてゆっくりと話し始めた。
「あいつのお菓子食っちまったんだ」
「「…………」」
「…………」
ん?
「え、それだけ?」
「それだけってなんだよ。食いもんの恨みはでけぇんだぞ」
「アッカド……やっちまったっすね…」
「うわぁ…」
ノリに差異が生まれ始めた。今日は地獄になりそうだ。
「一応聞きますけど、なんのお菓子ですか?」
「『葉っぱ焼き』っていうリヴァイアじゃメジャーなやつだよ」
「初めて聞いたっす」
「葉っぱを焼くんですか?」
「どっちかっつったら炙るの方が正しいかもな。農作物の捨てちまう葉を重ねて炙って、平たくすんだ」
「美味いんすか?」
「全然。味しなーい」
「え?」
「え?」
「ん?」
気がつくと、何故かすぐそばにカルディアがいた。手には葉っぱで作られた煎餅のようなものが握られており、流れる沈黙の中カルディアはそれを口に運んで、パリッと心地いい音と共に口の中に入れた。
「どっちかと言ったら食感を楽しむやつだね」
「そうなんだよ。んで、家庭によって調味料つけたり他の食材乗せたりして、味を変えるんだ」
「一枚欲しいっす」
「ほいほい」
カルディアは左手に持った複数の葉っぱ焼きのうち一枚をコラブルに差し出し、コラブルはそれを受け取ってすぐに口に運んだ。そしてさっきと同じようにパリッと心地いい音が鳴り、コラブルはそれを味わうように何度も咀嚼した。咀嚼音も結構響いてくるな。
「確かに味薄いっすね」
「カルディアは風呂入りに行ったんじゃないのか?」
「うん、入ろうと思ったけど入りにくい空気だった。だから外に置いてあったこれ食べてみた」
「っておい! 食っちゃダメだろ!?」
「なんでかな?」
「今それが原因で喧嘩してるらしいんだよ」
「んー? 僕にはそうは見えなかったけどな」
「と言うと?」
カルディアは俺の横の椅子に腰掛け、頬杖をついて話し始めた。
「風呂から『あの人は全然分かってくれない』だの『別にいいのに』だの、ちょっと拗らせた文句が聞こえてきたからね」
「『分かってくれない』……?」
「『別にいいのに』っすか……?」
俺とコラブルはゆっくりとアッカドの方を見た。アッカドは訳が分からないみたいでキョトンとしている。
「アッカド、食べちゃった後に何かしました?」
「食っちまった後は……めちゃくちゃ謝った」
「だけっすか?」
「だけだ。結構しつこくいったんだが、最後には『もういい』っつって風呂にいっちまった」
「それは……」
喧嘩じゃなくね? でもアッカドめちゃくちゃ落ち込んでたよな。……これはもしや。
「アラタ、オイラなんとなく察したっす」
「俺も」
「(パリパリウマウマ)」
「カルディアずっと食ってんな……」
「放っとくっす」
俺とコラブルはアッカドから口が見えないように後ろを向き、コソコソ話を始めた。
「これ多分アッカドの思い込みっす」
「だな。ユーリィも元々分け合うつもりで持ってきたんだろうけど、アッカドがしつこく謝ってユーリィの話を聞かないから、呆れて風呂に入ったらアッカドが必要以上に拗らせたと」
「めんどいっすね」
「全くだ」
俺とコラブルは再びアッカドの方に向き直った。
「アッカド」
「なんだ」
「一緒に食べよう、とでも言ってくるっす」
「はあ? そんなことしてなんになるんだよ」
「解決になるっす」
「……信じるぞ」
「任せるっす」
コラブルをあっさりと信じてしまうとは……判断能力も鈍っているようだ。
アッカドはスタスタと風呂に向かって歩いて行った。俺たちはそれを見送ったのち、再び雑談に興じようとしていたのだが、
「どわぁっ!?」
アッカドが突然飛び出してきたので、驚きながら自然とアッカドの方を見てしまった。尻餅ついてる。何があったんだ。
「どうしました?」
「出てきてた…!!」
「「!?」」
タイミングが悪かったようだ。あの様子だと、裸、あるいはタオル一枚のユーリィと遭遇したな。
「悪りぃユーリィ! わざとじゃねえんだ!」
「だから……」
ユーリィの声が微かに聞こえてくる。
「だから、別に良いって言ってるのに……」
「………そ、そうか」
「「…………」」
「(パリパリウマウマ)」
心の中で二十回ぐらい舌打ちした。それと同時に、あまりの尊さに失血死しそうになった。
「あ、あと、葉っぱ焼き悪かった」
「それは…」
「後で一緒に食っていいか」
「………いいわよ。元々分けるつもりだったし」
俺とコラブルはそれから目を背けた。
「俺たちは何を見せられてるんだ」
「世の中世知辛いっす」
「恋かー、前世では縁なかったなー」
「オイラはずっとないっす」
「だろうな」
「コロッス」
「その『殺す』と語尾無理やり繋げんのやめない?」
なんともくだらない事件だった。だが、晩飯は守られたようなのでよしとしよう。アッカドはテンション高めの状態で料理を作り始めた。
「恋ってそんなにいいものなのかな?」
カルディアが葉っぱ焼きを食べる手を止めて聞いてきた。
「なんだ、興味あるのか?」
「最近変わったっすね」
「興味はあるね。そういうのに触れてこなかったし」
「初恋もないんすか?」
「ない」
「へー、珍しいな。俺でもあるのに」
なんて返してみたが、カルディアの場合ある方が不自然だ。
もしカルディアが恋をするとしたら、相手はどんな人間になるのだろうか。カルディアとは真反対の情熱的な人間か、あるいはカルディアと似た知的な人間か。いずれにせよ、
「カルディアには無理だろうなー」
「考えられないっす」
「……恋したくなってきた」
「意味変わってるぞ」
その日はいつもより美味しい晩御飯を食べて寝て、一日が終わった。




