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畏怖×if 無に帰す魔法と八つの魔眼  作者: 金剛陽薙
第5章 枯れた大地を屍が這う
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第77話 リヴァイアでの一幕①

「ユーリィさん、三○二号室のエレンさんのところに包帯変えに行ってくれない? 今人手が空いてなくて」

「ええ、分かりました」


 ユーリィは戸棚から真っ白な包帯を二つ取り出し、消毒液とガーゼを手に持って指定された病室へ向かった。


「失礼します。エレンさん、包帯変えに来ました」

「ふむ……見ない顔だが、新人か?」

「そんなところです。体起こしますよ」


 ユーリィは胴体に包帯が巻かれた男性の背中に手を回し、傷に直接触れないようにしながら男性が体を起こすのを手伝った。その後、男性の体に巻かれた包帯を丁寧に取り外し始めた。


「怪我は魔物に襲われて?」

「他にないだろう。いつも通り農作業をしてたら突然襲われた。最近はろくに外にも出れやしない。…随分と生きづらくなったものだ」


 ユーリィが男性の包帯を全て外すと、背中に痛々しい大きな引っ掻き傷が現れた。まだ血が滲んでいて、取り外した包帯は茶色く濁っていた。


「新しいの巻きます。ちょっと痛みますよ」

「できる限り優しくしてくれ。痛いのは嫌いだ」


 ユーリィは数枚のガーゼに消毒液をつけ、それを背中の傷を覆うように貼り付けた。男性は顔をしかめていたが、ユーリィはそれを気にせず、ガーゼがずれないように胴体に包帯を巻き付けた。


「痛いじゃないか。優しさが足りてないぞ」

「すみません。でも、優しさばかりじゃ生きていけませんよ」

「……ごもっとも」


 男性は少し文句を言った後、包帯がしっかり巻き付けられているのを確認して、再びベッドに横になった。


「夜にまた包帯を変えます。それまでは安静にしててくださいね」

「ああ、分かったよ。早く行ってくれ」

「失礼します」


 ユーリィは病室を後にし、再び受付の奥の部屋へ向かった。そこには、


「あ! ユーリィさん、エレンさんどうだった? 愛想悪いでしょ?」

「やめなよ。貴方すぐ患者さんの悪口言うんだから」


 二人の先輩看護師がいた。一人は作業を放ったらかして雑談に興じ、もう一人は作業をしながら呆れたように話に混ざってきた。


「でもでも、カッコ良かったでしょ!?」

「貴方すぐ顔の話するんだから…」

「まあ確かに、ちょっとカッコいいですね」

「うっそ」

「脈あり!?」

「それはないです」

「……チッ」

「二○三号室行ってきまーす」


 先輩看護師たちは期待外れなユーリィの返答に呆れながら、各々の仕事をこなしに行った。



 ユーリィは今、リヴァイアの病院で金を稼いでいる。ガイウスたちの仕事がユーリィには難しすぎることと、アッカドたちの実力ゆえに魔物退治にも治療魔法が必要ないことを考慮した結果、ユーリィは何か別のことで稼いだ方が効率が良いと思い至ったからだ。


「あ、そうそう。一○一号室のあの二人、ユーリィさんが相手してくれない?」

「別にいいですけど、何か問題でもあるんですか?」

「いや、そういうわけじゃないんだけどね。なんか怖いっていうか…」

「怖い?」

「そういう訳で、よろしくね!」


 先輩はそう言い残し、足早に二階へ上がっていった。ユーリィは棚から一○一号室の診察簿を取り出し、中身を読み込んだ。


「『イブ・リース』さんと、『オスカー・ホノラーテ』さん。あら、結構重傷」


 ユーリィは戸棚からギプスと大きな布を取り出し、一○一号室へ向かった。






 ユーリィが目的の病室の扉の前に着くと、


「ちょうだい!」

「馬鹿か!? 俺の薬だって言ってるだろ!」

「女の子のほうがか弱いもん! オスカーはイブより弱いの!?」

「そうだって言ってるだろ! 情けないから何回も言わせるな!」


 男女二人の大声が厚い木の扉を貫通して響いてきた。ユーリィは一応ノックしたが、中の二人がそれに気づく素振りはなく、結局、


「失礼します」


 そう言いながら入った。


「あ、お医者さんだー。ウフフ」

「な!? ……最悪だ。聞かれたし見られた」


 中では、上半身の服を脱ぎ包帯でなんとか胸を隠した少女と、ベッドの上でそれに跨がられた男がいた。


「ええ、ばっちり聞こえてました。とりあえずイブさんはベッドに横になってください。あと服も着ましょう」

「えー、邪魔なんだもん」

「そう言わずに」

「はぁい…」


 少女は渋々床に脱ぎ捨てられた衣服を拾い上げ、それを身につけた後ベッドに寝っ転がった。


「お薬で揉めてたんですか?」

「ああ。俺は処方されたんだが、こいつにはなくて、それが何故か気に入らないらしい」

「薬にたよるなんてヒンジャクだー!」


 ユーリィは男のベッドの近くにある床頭台に視線を移し、そこに置かれている薬を手に取った。


「……鎮痛剤?」

「ああ」

「そうだよー」

「イブさんも重傷なのに処方されてないんですか?」

「痛いのスキなんだー。フフ」

「だからお前には要らないと言っているのに…」

「お薬は欲しいの!」

「意味が分からないし、言ってることが滅茶苦茶だ。もう少し筋を通せ」

「………」


 看護師たちが怖がるのも納得だとユーリィは思った。


「怪我の状態を確認しに来たんですけど、どうです?」

「ある程度は治った」

「治ったー」


 ユーリィはその返答に疑問を感じ、診察簿に目を移した。


「怪我を負ったのは最近…大体四日前ですよね?」

「数えていない」

「多分そー」

「治るの早いんですね」

「ああ。ちょっとした理由でな」

「ちょっとした理由だよー」


 ユーリィはそれ以上詮索しないでおいた。それに深い理由はなく、怪我の原因ならさておき、治りが早い理由を知る必要はないからだ。


「一応見せてくださいね」

「ああ」

「どぞー」


 ユーリィは二人の怪我、主に骨折の治り具合を確認した。二人の言う通り、骨折は既に半分ほど治ってしまっていた。


「痛っ❤︎」

「あ、すいません」

「ウフフ、もっとやってー」

「……腕も見せてください」

「イブ、もう少し節度を弁えろ」

「メンドクサーイ」

「頭が痛い……」


 そんなこんなでユーリィは診察を終えた。


「本当に治るの早いですね。でも、まだ安静にしててください。特にイブさん、ベッドの上でじっとしててくださいね」

「はーい」

「いや、そういう訳にはいかない」

「はい?」


 診察簿に訂正を加えながらふと男の方を見ると、男の表情は真剣なものになっていた。


「一つ伺いたい。貴方は正規の看護師ではないな?」

「ええ、そうですけど。どうして分かったんですか?」

「作業が違う。大方、俺たちのことを怖がって世話を押し付けられたんだろ?」

「ダロー?」


 その通りだった。ユーリィは少し頭を抱えた後、男の方に向き直った。


「だとしたら、何か?」

「魔法は使えるか」

「と言うと?」

「治療魔法は使えるか」

「それ聞くヒツヨーある?」

「ある」

「……使えますけど」

「なら、それで治してくれないか」

「個人的にお金取りますけど」

「構わない」


 ユーリィはしばらく考えた。治してはいけない道理などない。だが、病院の人たちに確認ぐらいは取っておくべきだと思い至った。


「病院の人に確認してきます」

「いや、その必要はない。時間が惜しい。ここで決めてくれ」

「うーん……」


 ユーリィは再び考えた。その行為における危険性や自分の利などを考慮した結果、


「分かりました。治しましょう」


 治すことにした。


「ありがとう」

「アリガトー」

「ぱぱっとやっちゃいます。『コネクト』」


 ユーリィは自らの魔力を二人に流し込み、二人の傷を癒した。二人の傷は重くはないが軽くなく、ユーリィはそれ相応の魔力を消費した。


「…はい、終わりました」

「なかなかいい腕をしてるんだな」

「治っちゃったー……」

「結構高くつきますけど、払えますか?」

「問題ない。これくらいでいいか」


 そう言うと男は、金貨を手渡してきた。ユーリィはその枚数を確認した後、ポケットに仕舞った。


「十分です。じゃあ退院ですね。おめでとうございます」

「ありがとう。イブ、行こう」

「ハーイ❤︎」


 そう言い残して、二人は病室を後にした。ユーリィもベッドからシーツなどを取り外した後、病室から出て受付の奥の部屋へ向かった。


「ふぅ……」

「あらユーリィさん、遅かったじゃない」

「どうたった? 怖かったでしょ?」

「いえ、そんなに。そうだ、あの二人、もう退院しちゃいました」

「え、だからさっき出て行ったの!? お金払ってないじゃない!」

「お金……あ」


 ユーリィはおもむろにポケットから金貨五枚を取り出した。それは濁った照明に照らされ、ところどころ金色に輝いていた。


「あら、払ってるんじゃない」


 先輩はユーリィの手から金貨を奪い去り、そのまま部屋の奥に行ってしまった。ユーリィはしばらく自分の掌を見つめたまま呆けていたが、


「……前言撤回。やっぱり怖い!!」


 そう叫んだ後、急いで家に帰ったという。

















「ねえオスカー。気づいてないの?」

「何にだ」

「さっきの人、ユーリィ・エリスヴァレンだよ?」

「……何?」


 街中の渇いた喧騒をかき分けながら歩いていた男が、その言葉に思わず足を止めた。


「何故もっと早く言わないんだ!?」

「本人の前じゃ言えないよ。気づいてると思ってた」


 少女は足を止めることなく、男を置いて行った。男も一度止めた足を再び動かし、少女の横に並んで話を続けた。


「……聞く必要あるか、ってそういうことか」

「なんで気づかないのー?」

「悪かったな、実力不足だ」

「……借り作っちゃったねー」

「そうだな」

「怒られるかな?」

「怒られるだろうな。氷漬けぐらいは覚悟しておこう」

「サイアクのやつじゃん!」


 二人はそのまま森に向かって歩き続けた。

 その行く末を知るものは、この街には誰もいない。

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