第70話 対話②
「馬鹿なことねえ……」
「カルディアに分かって欲しいんだ。カルディアはもう領主じゃないんだから、非人道的なことをする必要はない、俺たちに従順である必要もないって」
「それはアッカドの気持ち? それとも君の気持ち?」
「…あー、今のは、俺の気持ちだな」
「全く…結局怒られてる理由は分からずじまいじゃないか」
「なんかごめん」
カルディアの指摘は相も変わらず鋭いもので、気づけば俺の発言は全て俺の心に従っていた。
「……一個いいか?」
「なんだい?」
俺の努力が功を奏したのか、カルディアの声色や表情は、いつの間にか普段のそれと同じものになっていた。俺はそれに若干安堵しながらも、カルディアのことを知るために深く踏み込むことにした。
「カルディアはなんでそんなに『従順』なんだ?」
「……僕に分かると思う?」
「分からないのか?」
「そう返すんだ。意地が悪いというかなんというか…まあ分かるけどね」
「分かるのか…ややこしいこと言うなよ」
「察して欲しいな。つまりは言いたくないってことなんだけど、それでも聞き出すつもりかな?」
「ああ」
「ブレないねー」
俺は少し罪悪感を感じながらも、たまには他人の気持ちを無視しなければならない時もあるのだと自分に言い聞かせ、真っ直ぐに肯定した。それを聞いたカルディアは、案外素直に話を始めた。
「僕はずっと誰かに使われてきたんだ。生まれた時から魔眼を持っていたからね。じじ様は国の偵察に僕を使うし、いつの間にか領主を任されるし」
「…じじ様……」
「僕の話より呼称が気になるのかな?」
「あ、いや、ごめん」
「君はすぐに謝るね。…でも、それだけだよ。幼い頃から誰かに従うことしかしてこなかったから、それが僕の責務なんだと思ってた」
責務。責任と義務。その認識は少し強すぎるのではないだろうか。
「随分と重い認識なんだな」
「残念ながら、僕にはそういう感覚がない。そういうことを教えて貰えなかったからこうなった」
俺はそこに意図的な何かを感じずにはいられなかった。カルディアは透視の魔眼を持って、しかも王族の家に生まれて、うまく利用されてしまったのだろうか。この世界の人間がそこまで冷たくはないことを信じたい。
「逆に一個聞いていいかな」
「いいけど、なんだ?」
俺にはカルディアに尋ねられるようなことに心当たりがなかったので、無防備な状態でその質問を待っていた。
「君はなんで彼らに手を貸すの?」
なんだ、そんなことか。
「なんでって、そりゃあガイウスたちを助けたいからだよ」
「他にはないのかな?」
「他?」
「彼らは自分のためにやってる。君には、君自身が叶えたい願いとかはないのかな」
「それは……」
俺はそこで言葉に詰まってしまった。
俺自身が叶えたい願い、か。そんなことは考えたこともなかった。いくつかは思いつくが、どれも俺一人が対象ではなく、必ずガイウスたちが混じっていた。
「無いのかい?」
「無いことはないけど、何というか、スッと出てこなかったっていうか」
「曖昧なんだ」
「まあそうなるかな」
「僕と似てるね」
「え?」
突然似ていると言われ、思わず聞き返してしまった。
「前から思ってたんだ。君は僕と同じ匂いがするってね」
「……そうかな?」
「そうだとも。自身にやりたいことがないのに誰かに従ってる。君は無くはないと言ったけど、うん、僕にしてみれば無いも同然だ」
「曖昧なのは苦手なんだっけ?」
「そう」
カルディアのことを一つ把握できた。曖昧は苦手。脳に刻み込んでおこう。
「僕は君のことがずっと気になってた。僕と同じように曖昧なまま彼らについていって、でも、僕には無いものを持ってたから」
「カルディアに無いものってなんだよ」
「君は彼らに懐いてる」
「う……」
はっきりと言われてとても恥ずかしくなった。なんて動物っぽく、子供っぽいことだろうか。
「ただ従ってきた僕にしてみれば、自分の意思で従うっていうのは新鮮なことだった」
「なんか恥ずかしいな…」
「うん、この際はっきり言うけどね」
カルディアは立ち上がって馬車から抜け出し、夜空を仰ぎながら俺に言った。
「僕は君が……君が『羨ましかった』、という表現が妥当かもしれない」
「うら、え?」
「羨ましかった」
「……ネタとかじゃ」
「ないよ。そんな訳ないじゃん、太っちょ君じゃあるまいし」
ビックリした。羨ましいだって? そんな風に思われてたのか。
「僕と同じように自己の利を捨てて、でも僕とは違ってそれが自身のやりたい事である君が、羨ましかった」
「……そう、なんだ」
「はあ、全く……君とこんな話をするつもりはなかったんだけどなー。僕は何を血迷ったんだろう」
「空が綺麗だからとか?」
「うーん、否定はしないけど違うかな」
「否定はしないのか」
カルディアが空が綺麗だと言うので、無性にその景色が気になり、俺も馬車を抜け出して空を見上げた。そこには、
「………すごいな」
満点の星空が広がっていた。今の俺の視界を塞ぐものはなく、俺の視界全体には美しく煌めく夜空が映し出されていた。いくつか他の星々よりも明らかに明るいものも見受けられ、俺はそれらに目を奪われていた。
「こんな綺麗だったのか。知らなかったな」
「…………」
「……ん、なに? 俺の顔になんかついてる?」
ふと横を見ると、カルディアが俺の顔を見つめていた。
「いや? 何でもないよ。…そういえば、君の名前って何だっけ」
「ヒノアラタ。俺的にはアラタって呼んで欲しい」
「じゃ、アラタ」
カルディアは一度俺の名前を呼ぶと、再びブラックの馬車に戻り、
「話は終わり。君は家に戻りな」
俺を追い払おうとした。確かになんとなくキリがいいが、そうはいかない。
「そうは問屋が卸さないよ」
「……チッ、ダメか」
「謝ろう。自分に非があるのは分かるだろ」
「嫌だ」
「そう言うなって」
「嫌なもんは嫌だ」
「じゃあずっとこのままか? 気まずいし、全体の士気に影響が出るけど」
「君僕のこと分かってきたね?」
「そりゃあ。案外単純だし」
結局のところ、カルディアが効率を重要視していることに変わりはない。仲良くしたいって言ったら効かないだろうけど、ちょっと言い方を変えればご覧の通り、効果抜群になる。
「…………」
「どうしたんだ、黙っちゃって」
「嫌だー!!」
「は!?」
カルディアは突然馬車の中で縦横無尽に転がり始めた。
「謝罪? この僕が!? 嫌だ! 絶対に嫌だ!」
「……ほうほう、なるほどね。そういう…」
把握しようと試みたのは俺だが、カルディアは自分の性格を明かしすぎた。俺はカルディアのある一面を知って、笑みを堪えきれずにいた。




