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畏怖×if 無に帰す魔法と八つの魔眼  作者: 金剛陽薙
第5章 枯れた大地を屍が這う
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第69話 対話①

「あとどれくらいで着くのかな」

「えっと、たぶんだけど、あと半分くらい」


 思いの外遠いんだな……この少年もよくあの広場を見つけたものだ。

 今はフォードという少年を家まで送るため、森の中を歩いている最中だ。ちなみに俺は少年を肩車しています。ただ送るだけじゃつまらないし、せっかくならこの体格を活かして少年を楽しませたいと思った結果がこれだ。成果は上々、なかなか楽しんでくれているようで、たまにはしゃいで俺の頭の毛を強く掴んできた。痛いけど我慢してます。


「よく俺たちを見つけたね。大変だったんじゃない?」

「うん、たいへんだった。でもそれよりも話したかったから……」

「俺と?」

「うん」

「どんな話を?」

「いろいろあるけど……耳とか…」


 そう言うと少年は俺の耳を触ってきた。先程からずっとベタベタ触られていたのでくすぐったさはもうなかったけど、


「……きになる」

「ん? あ、ちょっと、指突っ込んじゃダメだよ!?」

「どうしても?」

「どうしても!」


 たまに奇行に走ろうとするのが怖くて仕方がなかった。少年はかなり好奇心旺盛らしく、肩車したのは少年が尻尾を凝視していたからでもあった。


「あと……」

「あと?」

「ばけものって言ってごめんなさい」

「……いいよ。否定できないし」


 いつの間に認識が変わっていたのだろうか。まさか謝罪されるなんて思っていなかったから、軽く流してしまった。


 それからも軽い雑談を交えながら歩いた。少年の話題は基本俺の容姿に関するもので、耳を触られる感触だったり、尻尾は何を基準に動いているのかだったりと、かなり細かく尋ねられた。おかげで少年に関することがあまり聞けず、やっと聞ける隙ができたと思った頃に家の近くに着いた。


「ここら辺だから、もういいよ。ありがとう、おにいちゃん」

「どういたしまして。でも、お兄ちゃん?」

「うん。あれ、もしかしておんな?」

「男だよ」

「じゃあおにいちゃんだ」

「そうだね」

「バイバイ、おにいちゃん!」

「うん、気をつけてねー! ……行っちゃった」


 少年は俺を置いて行ってしまった。結構マイペースなんだな……結局少年のことは聞けずじまいじゃないか。仕方ない、俺も戻るか。


 俺は体を翻し、広場に向かって歩き出した。


















「戻りました」

「おお、おかえり。どうだったのかな?」

「特別なことは何も起きなかったよ」

「ただ送っただけかい? 損なことするねー」


 広場に戻ってきた。一応敬語を使ったのだが、真っ先に反応したのはカルディアだった。他に会話はなく、アッカドは少し遠くでただじっと立っており、こちらを見ようとしない。心なしか空気が険悪な気がする。


「何かあったのか?」

「ん? んー、あったっちゃあったかな」

「あったのかよ……」


 急すぎる。俺の居ない間に何があったんだ。


「具体的には何があったんだ?」

「んー、なんて言えばいいのかなー…」

「ケンカよ、ケンカ」


 渋るカルディアを他所に、ユーリィが割って入って説明してくれた。


「アッカド、以前からカルディアのことがあんまり気に入らなかったみたいでね。あの子、フォードって言ったかしら? その子とカルディアのことを話したら我慢できなくなっちゃったみたいで」

「気に入らない? どうして」

「そんなに疑問に思うことかしら。むしろ自然なことだと思うけど」

「それは……確かに」


 以前俺たちはカルディアからの依頼をこなしていた。アッカドたちは俺よりも沢山の依頼を引き受けたはずだ。その中には少なからず殺しなどの暗い依頼があった。であるから、それを依頼してきたカルディアを嫌うのは自然なことかもしれないけど、


「でも、割り切るしかないんじゃ?」

「そうそれ、カルディアもそう言ったのよ。彼はそれが許せなかったらしくて、こんな空気になっちゃって」

「なるほど……」


 理屈では割り切れない感情があるということか。


「カルディア、何か言った方がいいんじゃないか」

「何かって?」

「謝罪とか」

「謝って済むなら謝るけどねー」

「捻くれてるな……」


 カルディアの行動は基本的には間違っていない。だからといって正しいわけでもないのだが、俺に正しい行動が分かるかと言われれば肯定できないので、強く言うことができないのだ。


「ちょっとアッカドと話してきます」


 俺はそう言い残し、アッカドの元へ向かった。






「アッカド、ちょっといいですか」

「んだよ」


 アッカドは普段より低い声で返事をした。見るからに機嫌が悪い。


「ケンカしたんですね」

「……だったらなんだよ」

「そんなに気に入らないんですか?」

「ああ」


 なんて真っ直ぐな肯定なんだ。なんの躊躇いもなかったし。


「お前は平気なのかよ」

「え?」

「だから、お前はあいつのこと、何も思わねえのかよ」

「……それは」


 思わないことはない。だけど俺のカルディアに対する認識は、アッカドたちとは既に異なっていた。


「変だなって思います」

「それだけか?」

「今のところは」

「…そうかよ」


 そう言うとアッカドは俺に背を向けて、それからこちらを振り向くことはなかった。

 アッカドのカルディアに対する嫌悪感がここまで大きなものだとは知らなかった。これは俺が頑張って仲直りしてもらうしかない。だが……。


「どうしよう……」

「戻ったか、アラタ」


 ふと声をかけられ、その主を確かめるために顔を横に向けると、ガイウスがいた。足元にはエルリアも笑顔で立っている。


「あ、はい。でも、新たな問題が起きてるみたいですね」

「無事に送れたのか」

「…はい、送れましたけど」

「なら帰るぞ」

「え?」


 そう言うとガイウスは、エルリアを連れて歩き出した。


「ちょっと、この場はどうするんですか!?」

「どうもしない。続きをやりたいなら家でやれ」


 ガイウスはこちらに振り向くこともなく、エルリアの手を握りながら森の中に入って行った。


「……私たちも行きましょうか、アラタ君」

「……そうですね」


 他に選択肢がないように思われたので、この場は置いといて、ひとまず家に帰ることにした。
















「……カルディア」

「ん? なんだ、狼君じゃないか。何か用?」


 あれから家に帰って、晩御飯を食べて、ちょっとエルリアと遊びの感想を言い合って、夜になって……こんなに時間が経ったというのに、結局アッカドとカルディアのケンカは収まっていなかった。

 カルディアは家の中に居づらいのか、ブラックの馬車の中にいた。俺は早くこの険悪な空気を無くすために二人の仲を取り持とうと必死に努力している最中だった。


「アッカドと仲直りして欲しくて」

「無茶言うね」

「カルディア次第だろ?」

「どうかなー」


 カルディアはなかなか謝ろうとしなかった。効率を求めるのは分かるが、そもそも問題解決を投げ捨てるなんて、カルディアらしくない。


「いやさ、とりあえず謝ってみないか?」

「とりあえずでやるもんじゃなと思うけど」

「正論で返さないでくれ…言いたいことは分かるだろ?」

「……分かるっちゃ分かるけどね」


 その時初めてカルディアは暗い表情を見せた。いつものように見上げるわけでもなく、かつてのように見下すわけでもなく、ただただ地面の小さな雑草を見つめながら話すその姿は、俺にとって衝撃的だった。


「彼が何で怒ってるのか分からない。ゴッデスでの生活だって、僕が一方的に押し付けたことじゃない。あくまで依頼をこなすと決めたのは彼らだ。僕は何で怒られてるのかな」


 俺はその時初めてカルディアが何においても真剣に考えているのだと知った。


「怒られる理由は明白だと思うよ。ただ殺しの依頼をこなしてただけならこうはならない。中には非人道的なのもあったんじゃないか」

「……でも、それが一番効率が良かった」

「それが良くなかったんだろ。効率に限らず、一つのことだけを優先してたら他の大事なものを失うことになる。人には感情があるんだからさ、理屈だけで生きていける人なんていないんだよ」

「……なら、僕は人じゃないのかもね」


 初めて見たその表情は、初めて聞いたその声色は、彼女にしてはあまりに暗いもので、彼女も人であるのだと俺に思わせるものだった。あまりに無機質な彼女の行動とは対照的に、今の彼女の表情は、彼女の心を映し出す鏡のようだった。


「僕には『心』が分からない。人を殺すことで痛むものはないし、今だって、別に色々貶されて落ち込んでるわけじゃない。よく分からないからこうなってる。曖昧なのは苦手なんだ」

「…例えばだけど、家族を殺されたら憎くなるだろ」

「それは分かる。善悪は分かるんだよ。それを優先してこなかっただけで。でもアッカドはあの少年の家族じゃない。彼はなんで怒ってるのかな? 殺しが許せないなら叱ればいいだけなのに、なんで怒鳴ったのかな」

「……それは」


 俺はカルディアが案外無知なのだと初めて知った。それと同時に、自分よりも若いカルディアのことをどうして賢いと思ってたのか、自分のことを疑問に思ったりもした。


「カルディアのことを思ってのことじゃないかな」

「僕ぅ?」

「そ、カルディア」

「なんでそうなるのかな。理解不能だね。ていうか彼が僕のことを、心配? するだなんてありえない」

「そんなことはないよ。ああ見えてもアッカドはすごい優しいし情に厚いから、本人も意図せずそう思っちゃってるのかも」

「知った風なこと言うねー」


 そう言われてハッとした。アッカド本人でもないのにここまで言及するのは如何なものかと一瞬迷ったが、今はケンカを収めるのが先なので、知った風なことを言うことにした。


「知ってるからね。確かにあの子のことだけを考えてるなら叱るだけでいいけど、カルディアのことも考えてるなら話は別だろ?」

「そうなのかな」

「そうだよ。イライラするじゃん。何馬鹿なことやってんだって」


 それは決して柔なものではなく、むしろ尖っていて鋭いものだが、アッカドは行動を共にする人間のことを思わずにはいられないと言うことを分かってくれるだろうか。自分の行動はそういう人間を怒らせるものだと分かってくれるだろうか。

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