第67話 従順
「それ刺そうとしてただろ、この子の目に」
俺はカルディアの右手に握られた太く長い木の枝を一瞬見た後、すぐにカルディアへ視線を戻し問い質す。俺の左脚にしがみついた少年の手は、寒さと恐怖のどちらに震えているのか分からなかった。少年は俺という盾で安全を確保しながら、カルディアの様子を窺っている。
少し心配になって見に来てみたらこれだ。冗談じゃない。
「だったらなんだい?」
「なんでそんなことした」
ケロッとしているカルディアに苛つきながら、圧力を掛けるように低い声を出す。その声に若干驚いた少年がこちらをちらっと見たが、またカルディアに目を向けた。
「理由は明白でしょ。見られたからだよ」
「ちょっと見られただけじゃどうってことないだろ」
「それはどうかな」
カルディアは木の枝に視線を向け、表面をめくりながら話す。
「魔眼使いは眼の色が変わる。そして、魔眼と同じ色の眼はないんだ。色だけで魔眼だと分かっちゃう。君は一目見られるだけでもまずい」
「確かにまずいけど、そこまでする必要は」
「あるんだよ」
カルディアは俺の言葉を遮り、木の枝を投げ捨て腰に手を当てながら話し始めた。
「君、僕たちがどういう集団か分かってる? その子にはもう見られてるから言っちゃうけど、魔眼使いが複数人に精霊一匹、そして……これは別にいいや。とにかく、特別なやつがいっぱいいる」
「それは分かってるけど」
「知ってるだけだろ? 分かってない」
カルディアはやれやれと両手を広げ、俺の目をしっかり見ながら真剣な顔で話す。
「魔眼使いは世界を動かせる存在なんだ。それがこんな小さな枠組みに何人もいるなんて知られた時には、何処の誰から狙われるか分からない。……いや、一つ、確実に狙ってくるやつがいる」
「誰だよ」
「アトラスの人間」
「アトラス……?」
「流石に君でも知ってるでしょ。魔法が大好きな国だよ。なんでか知らないけど、あそこで生まれた人間は例外なく魔法を愛してる」
「魔眼を手に入れるために襲ってくるってことか?」
「襲ってくるとは限らないけど、場合によってはそうなるだろうね」
カルディアは木に寄りかかり、手を頭の後ろで組んで話を続ける。
「ここは仮にもアトラスの支配下にある。一応リヴァイアという国としては保ってるけど、国勢的に見ればアトラス領も同然だ。アトラス兵はいないとか言ってたけど、そんな保証はない。万が一向こうの耳に入ったらどうする?」
「それは……」
「どうしようもない。ゴッデスより強いかもしれない国だ。僕達なんかすぐ捕まる」
「だから口封じをするのか」
「そう」
当然のように認めるカルディアを強く睨んだ。
「駄目だろ。子供だぞ。脅しなんか絶対に駄目だ」
「………脅しじゃないんだけど」
「は?」
「普通に殺すつもりだったよ」
「お前……!」
俺はカルディアをさらに強く睨んだ。
「何したか分かってんのか!?」
「まだやってないよ」
「屁理屈だろ!」
俺は脚にしがみついている少年の顔を見る。少年の体は依然震えており、若干正気を取り戻しつつも瞳は恐怖で満ちていた。
「こんなにも怯えてる。なんで殺そうとするんだよ。もっと上手くやれるだろ」
「最善の方法ではないだろうね。でも」
カルディアは俺から目を逸らし、足元の太い木の根を見ながら、
「一番安全な方法だ」
そう言った。
「安全……?」
「そうでしょ? 見られたんなら消す。これが一番確実だ。生かしといても別にいい。言わないかもしれないしね。でも言うかもしれない」
「……子供は約束を守ってくれると思うけど」
「そうかもね。でも、本人も意図せず言ってしまうことだってある」
「そんなの分かんないだろ」
「分かんないなら消すんだ」
なんなんだ。用心深いを通り越して臆病だ。
「ちょっとは可能性が残ってたっていいだろ」
「駄目だ」
「なんで」
「……君はもう少し危機感を持った方がいい」
「……そんなこと言われても」
「はあ……」
カルディアはまた俺の方を見て、今度は呆れたような顔をしながら話す。
「もし僕らのことがバレたら、旅なんてやってられない。別に魔眼を求めてるのはアトラスだけじゃないんだから。リヴァイアだって、今はいないんだから魔眼使いを求めてると思うよ。単純に僕らの存在が露呈するだけで、もう旅は出来ないんだ」
「それは……隠れてやり過ごすとか、手はあるだろ」
「うーんどうだろうねえ。魔法で姿形を変えればいけなくもないかな? いやいや、バレるのは時間の問題だろう」
カルディアは三、四歩こちらに歩み寄り、少年の顔を見た。
「目的達成のためには、どんなに小さな芽でも摘まなきゃいけない。それが必要なくらい、この世界は危険なんだ」
それを聞かされた少年は完全に俺の後ろに隠れてしまった。俺は頭を軽く撫でて安心させ、カルディアに尋ねた。
「お前、なんでそんなこと考えてるんだ」
「ん?」
カルディアは腕を組んで少し考え込んだ後、笑いながら俺の方を見た。
「質問の意味が分からないんだけど、もっと具体的に言ってくれない?」
予想通りの反応が返ってきた。
「……お前、連れてこられた身だろ。ガイウスたちに思い入れがあるわけじゃないだろうし、なんでそこまで安全を優先するのか分からない」
「なんでって、旅出来なくなるんだよ? ガイウスたちの目的達成には国巡りが必要なんだから、安全を優先するのは普通なんじゃないかな」
「だから」
俺は声色を普通に戻して、素朴な疑問をぶつけた。
「なんでガイウス達の利益を優先してるんだ?」
「……そっちがその為に連れてきたんでしょ?」
「そうだけどさ、大人しく従う理由はカルディアにはないだろ? なのに、なんでなんの文句も言わずに従ってるんだ。俺への指導だって、カルディアにはなんのメリットもないだろ」
「うん……?」
ピンときてない様子だ。そんなにおかしな事を言っているだろうか。
「利害が一致してないのに、なんで黙って従ってるのかって話なんだけど」
ゴッデスから抜け出した日、結果的にはカルディアを助けたことになるのかもしれないが、それに恩を感じているなんてことはないだろう。カルディアが領主の頃は双方に利益があるから協力していたが、今この状況は、それが成り立っていない。なのに彼女は何故協力してくれるのだろう。
「僕は君たちの役に立つために連れてこられたんだよね」
「まあそうだな」
「じゃあおかしな点なんてないと思うんだけど。僕は君たちのために動く。自然だろ?」
「いや全然」
「あれー?」
「………不自然だ」
いつか覚えた不快感が身体中を走った。全身がブルッとし、真っ直ぐ俺を見つめるカルディアから目を逸らしてしまった。やはりカルディアはどこかおかしかった。端的に言おう。
従順すぎる。
今も以前もあまりに従順で、しかも極端だ。領主だった頃は、言い換えれば国に従順だった。人を殺すことだって手段に入れるほどに。従う対象が変わっただけで、今も大部分は変わっていない。それがカルディアの人間性の一部なんだ。
「……一ついいか」
俺は改めてカルディアと目を合わせ、また尋ねた。
「なんだい?」
「カルディアがちゃんと見張っておけばよかったんじゃないか?」
「あー、それを言われると返す言葉もない。言い訳させてくれない?」
「どうぞ」
一応聞くことにした。
「僕も、フレアみたいに魔眼を使いこなせないんだよ」
カルディアは自分の目を指差しながら、魔眼を使ったのか、瞳を白く光らせながら話し始めた。
「領域内のものが見えるようにはなるけど、焦点を合わせないと見えない。全体を一遍に確認できる訳じゃないんだ。それこそ強力な魔力を持った奴じゃないと視界に入ってこない」
「……見張る意味あるのか?」
「強い奴はすぐ見つけられる。カカトカバネの集団とかもすぐ見つけられる。でも子供となるとほぼムリなんだよね」
となると、この前襲撃された時も少年は見えていなかったのか。襲撃の方は防いで欲しかったけども。
「早く言えよ」
「申し訳ない」
素直に謝るカルディアに少し驚き、言葉に詰まってしまった。少年の体の震えだけを感じながら、俺は沈黙した。それを見越したのかは知らないが、
「その子はどうする?」
カルディアに話を戻された。
「僕は殺すに一票だけど」
「絶対にナシ」
「君はそう言うよねー」
カルディアは俺に背を向けた。
なんだかんだよく見ている。心からの行動なら称賛に値するのだが。
俺は脚にしがみついている少年の肩を優しく掴み、心苦しいが無理やり引き剥がした。そして少年の方に向き直ってしゃがみ、少年と目線を合わせた。
「もう大丈夫だからね」
「……うん」
ボロボロな服を着た少年は、体を小刻みに震わせながらも頷いた。
「悪いけど、このまま帰す訳にはいかないんだ。一回付いてきてくれる?」
ひょっとしなくともヤバいことを言っている。誘拐に等しいが、殺すよりマシなはずだ。
「どうするんだい?」
カルディアが後ろを向いたまま聞いてきた。
「分からない。ガイウスに判断を仰いでみようと思う」
「……ま、それもいいか」
「とにかく一度戻ろう」
「分かったよ」
そうして俺は少年を抱き抱え、カルディアと広場に向かって歩き始めた。




