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畏怖×if 無に帰す魔法と八つの魔眼  作者: 金剛陽薙
第5章 枯れた大地を屍が這う
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第67話 従順

「それ刺そうとしてただろ、この子の目に」


 俺はカルディアの右手に握られた太く長い木の枝を一瞬見た後、すぐにカルディアへ視線を戻し問い質す。俺の左脚にしがみついた少年の手は、寒さと恐怖のどちらに震えているのか分からなかった。少年は俺という盾で安全を確保しながら、カルディアの様子を窺っている。

 少し心配になって見に来てみたらこれだ。冗談じゃない。


「だったらなんだい?」

「なんでそんなことした」


 ケロッとしているカルディアに苛つきながら、圧力を掛けるように低い声を出す。その声に若干驚いた少年がこちらをちらっと見たが、またカルディアに目を向けた。


「理由は明白でしょ。見られたからだよ」

「ちょっと見られただけじゃどうってことないだろ」

「それはどうかな」


 カルディアは木の枝に視線を向け、表面をめくりながら話す。


「魔眼使いは眼の色が変わる。そして、魔眼と同じ色の眼はないんだ。色だけで魔眼だと分かっちゃう。君は一目見られるだけでもまずい」

「確かにまずいけど、そこまでする必要は」

「あるんだよ」


 カルディアは俺の言葉を遮り、木の枝を投げ捨て腰に手を当てながら話し始めた。


「君、僕たちがどういう集団か分かってる? その子にはもう見られてるから言っちゃうけど、魔眼使いが複数人に精霊一匹、そして……これは別にいいや。とにかく、特別なやつがいっぱいいる」

「それは分かってるけど」

「知ってるだけだろ? 分かってない」


 カルディアはやれやれと両手を広げ、俺の目をしっかり見ながら真剣な顔で話す。


「魔眼使いは世界を動かせる存在なんだ。それがこんな小さな枠組みに何人もいるなんて知られた時には、何処の誰から狙われるか分からない。……いや、一つ、確実に狙ってくるやつがいる」

「誰だよ」

「アトラスの人間」

「アトラス……?」

「流石に君でも知ってるでしょ。魔法が大好きな国だよ。なんでか知らないけど、あそこで生まれた人間は例外なく魔法を愛してる」

「魔眼を手に入れるために襲ってくるってことか?」

「襲ってくるとは限らないけど、場合によってはそうなるだろうね」


 カルディアは木に寄りかかり、手を頭の後ろで組んで話を続ける。


「ここは仮にもアトラスの支配下にある。一応リヴァイアという国としては保ってるけど、国勢的に見ればアトラス領も同然だ。アトラス兵はいないとか言ってたけど、そんな保証はない。万が一向こうの耳に入ったらどうする?」

「それは……」

「どうしようもない。ゴッデスより強いかもしれない国だ。僕達なんかすぐ捕まる」

「だから口封じをするのか」

「そう」


 当然のように認めるカルディアを強く睨んだ。


「駄目だろ。子供だぞ。脅しなんか絶対に駄目だ」

「………脅しじゃないんだけど」

「は?」

「普通に殺すつもりだったよ」

「お前……!」


 俺はカルディアをさらに強く睨んだ。


「何したか分かってんのか!?」

「まだやってないよ」

「屁理屈だろ!」


 俺は脚にしがみついている少年の顔を見る。少年の体は依然震えており、若干正気を取り戻しつつも瞳は恐怖で満ちていた。


「こんなにも怯えてる。なんで殺そうとするんだよ。もっと上手くやれるだろ」

「最善の方法ではないだろうね。でも」


 カルディアは俺から目を逸らし、足元の太い木の根を見ながら、


「一番安全な方法だ」


 そう言った。


「安全……?」

「そうでしょ? 見られたんなら消す。これが一番確実だ。生かしといても別にいい。言わないかもしれないしね。でも言うかもしれない」

「……子供は約束を守ってくれると思うけど」

「そうかもね。でも、本人も意図せず言ってしまうことだってある」

「そんなの分かんないだろ」

「分かんないなら消すんだ」


 なんなんだ。用心深いを通り越して臆病だ。


「ちょっとは可能性が残ってたっていいだろ」

「駄目だ」

「なんで」

「……君はもう少し危機感を持った方がいい」

「……そんなこと言われても」

「はあ……」


 カルディアはまた俺の方を見て、今度は呆れたような顔をしながら話す。


「もし僕らのことがバレたら、旅なんてやってられない。別に魔眼を求めてるのはアトラスだけじゃないんだから。リヴァイアだって、今はいないんだから魔眼使いを求めてると思うよ。単純に僕らの存在が露呈するだけで、もう旅は出来ないんだ」

「それは……隠れてやり過ごすとか、手はあるだろ」

「うーんどうだろうねえ。魔法で姿形を変えればいけなくもないかな? いやいや、バレるのは時間の問題だろう」


 カルディアは三、四歩こちらに歩み寄り、少年の顔を見た。


「目的達成のためには、どんなに小さな芽でも摘まなきゃいけない。それが必要なくらい、この世界は危険なんだ」


 それを聞かされた少年は完全に俺の後ろに隠れてしまった。俺は頭を軽く撫でて安心させ、カルディアに尋ねた。


「お前、なんでそんなこと考えてるんだ」

「ん?」


 カルディアは腕を組んで少し考え込んだ後、笑いながら俺の方を見た。


「質問の意味が分からないんだけど、もっと具体的に言ってくれない?」


 予想通りの反応が返ってきた。


「……お前、連れてこられた身だろ。ガイウスたちに思い入れがあるわけじゃないだろうし、なんでそこまで安全を優先するのか分からない」

「なんでって、旅出来なくなるんだよ? ガイウスたちの目的達成には国巡りが必要なんだから、安全を優先するのは普通なんじゃないかな」

「だから」


 俺は声色を普通に戻して、素朴な疑問をぶつけた。


「なんでガイウス達の利益を優先してるんだ?」

「……そっちがその為に連れてきたんでしょ?」

「そうだけどさ、大人しく従う理由はカルディアにはないだろ? なのに、なんでなんの文句も言わずに従ってるんだ。俺への指導だって、カルディアにはなんのメリットもないだろ」

「うん……?」


 ピンときてない様子だ。そんなにおかしな事を言っているだろうか。


「利害が一致してないのに、なんで黙って従ってるのかって話なんだけど」


 ゴッデスから抜け出した日、結果的にはカルディアを助けたことになるのかもしれないが、それに恩を感じているなんてことはないだろう。カルディアが領主の頃は双方に利益があるから協力していたが、今この状況は、それが成り立っていない。なのに彼女は何故協力してくれるのだろう。


「僕は君たちの役に立つために連れてこられたんだよね」

「まあそうだな」

「じゃあおかしな点なんてないと思うんだけど。僕は君たちのために動く。自然だろ?」

「いや全然」

「あれー?」

「………不自然だ」


 いつか覚えた不快感が身体中を走った。全身がブルッとし、真っ直ぐ俺を見つめるカルディアから目を逸らしてしまった。やはりカルディアはどこかおかしかった。端的に言おう。


 従順すぎる。


 今も以前もあまりに従順で、しかも極端だ。領主だった頃は、言い換えれば国に従順だった。人を殺すことだって手段に入れるほどに。従う対象が変わっただけで、今も大部分は変わっていない。それがカルディアの人間性の一部なんだ。


「……一ついいか」


 俺は改めてカルディアと目を合わせ、また尋ねた。


「なんだい?」

「カルディアがちゃんと見張っておけばよかったんじゃないか?」

「あー、それを言われると返す言葉もない。言い訳させてくれない?」

「どうぞ」


 一応聞くことにした。


「僕も、フレアみたいに魔眼を使いこなせないんだよ」


 カルディアは自分の目を指差しながら、魔眼を使ったのか、瞳を白く光らせながら話し始めた。


「領域内のものが見えるようにはなるけど、焦点を合わせないと見えない。全体を一遍に確認できる訳じゃないんだ。それこそ強力な魔力を持った奴じゃないと視界に入ってこない」

「……見張る意味あるのか?」

「強い奴はすぐ見つけられる。カカトカバネの集団とかもすぐ見つけられる。でも子供となるとほぼムリなんだよね」


 となると、この前襲撃された時も少年は見えていなかったのか。襲撃の方は防いで欲しかったけども。


「早く言えよ」

「申し訳ない」


 素直に謝るカルディアに少し驚き、言葉に詰まってしまった。少年の体の震えだけを感じながら、俺は沈黙した。それを見越したのかは知らないが、


「その子はどうする?」


 カルディアに話を戻された。


「僕は殺すに一票だけど」

「絶対にナシ」

「君はそう言うよねー」


 カルディアは俺に背を向けた。


 なんだかんだよく見ている。心からの行動なら称賛に値するのだが。


 俺は脚にしがみついている少年の肩を優しく掴み、心苦しいが無理やり引き剥がした。そして少年の方に向き直ってしゃがみ、少年と目線を合わせた。


「もう大丈夫だからね」

「……うん」


 ボロボロな服を着た少年は、体を小刻みに震わせながらも頷いた。


「悪いけど、このまま帰す訳にはいかないんだ。一回付いてきてくれる?」


 ひょっとしなくともヤバいことを言っている。誘拐に等しいが、殺すよりマシなはずだ。


「どうするんだい?」


 カルディアが後ろを向いたまま聞いてきた。


「分からない。ガイウスに判断を仰いでみようと思う」

「……ま、それもいいか」

「とにかく一度戻ろう」

「分かったよ」


 そうして俺は少年を抱き抱え、カルディアと広場に向かって歩き始めた。

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