第66話 少年
「………ふむ」
「出来そうですか?」
「やってみよう」
そう言うとガイウスは、本の最後の方のページを開いて右手をかざし、
「…『空想駆けるは遊歩の駿馬、遥か彼方の子の幻』………『銀髪もてなすは至上のエンターテインメント』」
「最後の方ふざけました?」
「気のせいだ。『お馬さん展開』」
「可愛い……!?」
呪文を唱えた。するとさっきと同じように本から魔力が溢れ出し、美しい音色を奏でながらガイウスの前方にアトラクションを作り出した。
「おお、お見事です」
それは、全体的な装飾に世界観の違いはあれど、確かにメリーゴーランドだった。言ってしまえばちょっと地味だが、逆にちょうどいい気がする。
「さて、誰が乗る」
「エルリアでは?」
「他の奴はいいのか」
「え?」
「俺乗るぜー」
「私は……パスするわ」
「僕もいいや」
「アラタ! 一緒に乗ろうぜ!」
「ええ?」
そんな子供みたいなこと、恥ずかしくてできない。と思っていたのだが。
「いっしょにのろー!」
「乗る」
エルリアには逆らえなかった。むしろ乗りたくなった。
「よおし、三名入りまーす!」
「ノリ間違ってないかしら」
「いいんだよ細えことは」
アッカドが真っ先に角度が大きめの馬に跨った。
「アラタ、お前は一緒に乗ってやれ」
「あ、はい」
俺はアッカドの一つ後ろの馬に跨り、エルリアを抱っこして俺の前に乗せた。
「いくぞ」
「お願いしまーす」
ガイウスは本のページをヒュッとなぞった。すると、透き通った美しい音と共にメリーゴーランドがゆっくりと回り始めた。
「わあ……!!」
「おお、上下すんのかこれ!」
「どう、エルリア?」
「楽しい!」
お気に召したようだ。このメリーゴーランド自体が黄金色に光っているので景観もいいし、魔力の摩擦音が不自然なほどに美しい。提案して正解だった。
「どのくらいがいいんだ」
「もう少し速くていいですよ」
俺がそう言うとガイウスは、再び本のページをヒュッとなぞり、メリーゴーランドの回転速度を上げた。ちょっと速い気もするが、エルリアにはこれくらいが丁度いいのかもしれない。
「あはは! わーーい!!」
エルリアは両手を挙げながら楽しんでいた。流石に危ないので、俺がエルリアの体を両手でしっかりと押さえた。
「たのしいねー!」
「それは良かった」
俺自身メリーゴーランドに乗るのは初めてだ。正直、少年の心を抑えきれない。アッカドははしゃぎすぎだが。
「いい気分……」
「きみもいっしょにのらない!?」
エルリアは、遠くの木に向かってそう叫んだ。
……誰に向かって言ってるんだ? そっちには誰もいないはず。俺はその方向に自然と視線が引っ張られた。そこには、
「……あの子!?」
鎌を持った少女に襲われた時に出会った、ボロボロの服を着た男の子が見えた気がした。だが、その存在をはっきりと認識しようとする間もメリーゴーランドは回り続け、確信を得る前に、男の子は俺の視界から外れてしまった。
「今の子は……!」
「あれ、どっかいっちゃった」
「……見えなくても分かるの?」
「うん!」
凄いな……いや今はそうじゃなくて。
「まさか、見られた……?」
「ちょっと、カルディア!」
「ん?」
ユーリィの叫び声が聞こえた。声がした方を見てみると、カルディアが男の子がいた方向へ走り出していた。
「すぐに戻るよ!」
「どこに行くのよ!? ……もう」
カルディアはユーリィの言葉には耳もくれず、一人走って行ってしまった。
そうか、ユーリィ達からは死角になって見えないのか。カルディアの行動の理由が分からないのなら、その反応も仕方がない。
「カルディアに任せるか……」
とりあえずこの場はメリーゴーランドを楽しむことにした。
「はあ、はあ、はあ、はあ」
少年はさながら犬のように呼吸しながら、後ろを振り返ることなく森の中を必死に走っていた。途中何度も転びそうになりながら、焦燥感に駆られながら走り続けた。その後ろを長い銀髪をなびかせながらカルディアは追っていた。
「おい、待ちなさい!」
カルディアがそう叫んだ。その声で少年はカルディアの存在に気づき、しかし立ち止まることはなかった。カルディアはそれに若干苛つきながら追いかけ、やがて追いつき少年のボロボロの服を掴んだ。
「捕まえた!」
「わっ!?」
服を掴まれたことで少年はバランスを崩し、盛大に転んだ。カルディアもそれに巻き込まれ、転んだ少年の体に足を引っ掛けて転んだ。二、三回前転した後、クラクラする頭を押さえていた。
「イッタいなぁ……」
カルディアはゆっくりと起き上がり、足を怪我して立ち上がれずにいる少年の正面に立って、
「捕まえたよ」
そう牽制した。少年は泣くこともせず、顔だけ起こして、黙ってカルディアの顔を見上げていた。転んだ時に思い切り擦った膝には血の塊ができていて、傷を侵食するかのように土が付着していた。
「君、どこまで見た? エルリアや狼君、どこまで見た?」
カルディアは威圧的に尋問する。
その質問の意図が少年には分からなかった。誰の名前かも分からないが、狼という言葉だけで判断した。
「た、たぶん、ぜんぶ」
「そっかそっか」
カルディアは少年の顔に自分の瞳を近づけ、目を大きく見開き、少年と目を合わせながら、
「誰にも話すなよ」
そう脅した。
「え?」
「僕はね、ちょっと特別な魔法を使えるんだ。だから、君が何処にいても君の居場所が分かる。もし僕や狼君のことを話したら……」
カルディアはさらに瞳を近づける。
「殺すから」
「……!!」
少年はことの重大さに気づき、体を震わせた。表情には恐怖が溢れ出し、呼吸が今度は深く激しくなった。手から汗が吹き出し、全身の熱が恐怖に押しのけられるように引いていった。
ただの好奇心だった。それは少年にしてみれば、ただ楽しそうな光景を眺めていただけだった。美しい光景を眺めていただけだった。
少年は少しづつ後ずさる。だがカルディアは、その度に距離を詰めた。
「……そうだ」
何かを思いついたように手を叩き、カルディアは少年から目を外した。
「ここで殺した方が効率がいい」
「え?」
少年には訳が分からなかった。頭の理解が追いつかず、カルディアの行動をただ見つめるだけになっていた。分かるのは、自分の身が危険であるということだけだった。
カルディアは近くにある太く長い木の枝を手に取り、少年の目ん玉に照準を合わせた。
「遺言ぐらいは聞かなきゃか……何か言うことある?」
「や、やだ、たすけて」
「君が絶対に誰にも言わないならこうする必要はないけど、子供じゃあね。口が滑るかもしれないし。言い遺すことないなら、もうやるね」
そう言うとカルディアは、木の枝を目ん玉から少し離して、勢いをつけて少年の目ん玉に突き刺そうとした。その直前、
「おい」
少年の後方から声がした。カルディアはその聞き覚えのある声に体をピタッと止め、顔だけを上げてその姿を見た。
「……あちゃー、見つかっちゃったか」
そこにいたのは狼だった。
「……こっちにおいで」
狼がそう言うと、少年は脅威からがむしゃらに逃れるように、無理矢理立ち上がって狼の脚の後ろに隠れ、片目だけを出してカルディアを見た。
「答えろ」
狼が低い声で呻る。
「どういうつもりだ」
狼は青い双眸でカルディアを強く睨んだ。カルディアはその様子を見ても、木の枝を握りしめたまま、表情を変えることはなかった。




