第65話 成果
俺はガイウスと一緒に再び広場の中央へ向かった。中央に着くとガイウスは、今度は本を持ったまま開き、ボソボソと呪文を呟いた。その直後、魔力でできた遊具の輪郭が一瞬で崩れ、黄金の粉上の魔力は広場の外縁へ流れて次第に空をも覆い、やがて大きなドームになった。
「一応の安全確保のためだ。防音も兼ねている」
ガイウスは本を閉じながらそう言った。俺はドームの天井を見上げていた。これまた不思議な光景だ。ドーム内全体に虹色の日光が注いぎ、外部と遮断されているためか驚くほど静かだった。
「闇魔法じゃなくてもできるんですね……」
「闇魔法には劣る。物理的に防いでいるだけだからな」
「気になることって?」
俺は早速本題を尋ねた。この準備をみればなんとなく察せるが。
「最近カルディアの指導を受けているらしいな」
「はい」
「見せてみろ」
「……マジですか?」
「本気だ」
発表会のようなものじゃないか。言ってもまだ数日しか経ってない。自分でも成長を実感していないというのに、無茶を言う。まあやりますけど。
俺はガイウスを正面に捉えて身構えた。
「相手をお願いできますか」
「……いいだろう」
そう言うとガイウスはモコモコの上着を脱ぎ、右手で腰の辺りの空気をまさぐった。そして何かを掴む動作をしたかと思うと、ゆっくりと右腕を天に上げた後に大きく振り、それと同時に真っ黒な剣が現れた。
「どこから……隠してたんですか?」
「ああ。人に見つかると厄介だが、どこかに置いて行くわけにもいかない。これが最善だ」
ガイウスは俺と距離を取り、軽く剣を振った後、剣先を軽く地につけ、全身の力を抜いた。もしや既に構えているのか。
ガイウスとの手合わせは初めてだ。この機会にガイウスの実力を把握しておくのも良いかもしれない。
俺もガイウスから距離を取り、軽く屈伸した後、
「行きますよ」
宣戦布告した。
「ああ。いつでも来い」
「……すー、はー。『エンチャント:ダブル』」
態勢を整えた後、俺はゆっくりと歩き始めた。
ガイウスには隙がない。とりあえず正面から行くか。
次第に足の回転速度を上げていく。自然と速度も上がり、ガイウスとの距離がどんどん詰められていく。それを見てもガイウスは微動だにしなかった。そんな余裕をかましているガイウスをあっと言わせたくなり、俺は思い切り地面を蹴ってガイウスに向かって跳び、接近して拳を放った。
それでもガイウスはその場から動くことなく、当然のように障壁を展開した。俺の拳はそれを破ることなく、ガイウスに届くこともなかった。
「………っ!!」
こうなることは読めていた。当然だ。ガイウスは魔法障壁に長けているのだから。それを分かった上で俺は正面から攻撃した。障壁ごと砕くつもりで行ったのに、砕けなかった。
一旦地に足を着き、ガイウスと距離を取る。
「愚策だな。砕けると思ったのか」
「そこまで硬いと思ってなかったんですよ…!」
「……今度はこちらから行くぞ」
ガイウスが俺の後退によって生まれた隙を見逃すはずがなく、今度は向こうから攻撃を仕掛けてきた。当然剣による斬撃。俺は慌てて上体を逸らせて避けた。
剣はまずい。普通に切れるし普通に痛い。なんとかして防がないと。
俺は真上から振り下ろされた剣に向かって右掌を向け、障壁を展開した。それは見事に剣撃を防ぎ、その隙に俺はガイウスと大きく距離を取った。障壁は俺の領域から外れ、ガイウスがもう一度叩くと粉々に砕けて消えてしまった。
「……障壁か」
「練習しました。どうですか?」
「………ふむ」
ガイウスは俺の問いかけに応えることなく、俺に向かって走り出した。
「はやっ!?」
普段のガイウスからは想像できない俊敏な動きに思わず声を上げてしまったが、正直そんな暇はない。ガイウスは既に俺の懐に入り込んでいた。
「しっかり防げ」
「うわっ!」
ガイウスは容赦なく剣撃を浴びせてきた。俺はそれを必死に避け、回避が間に合わないものは障壁を張って防いだ。防戦一方。障壁の技術が間に合っておらず、剣撃の幾つかは俺の体を擦り、少しだけ刈り取られた毛が青い粉末となって消えていった。
「そんなものか!」
ガイウスは剣を大きく横に振った。俺は無意識に前腕部で防ごうとしてしまう。
「やば…!?」
腕で防げるわけがない。俺は焦って必死に障壁を作り出した。すると、剣と触れるであろう部分にピンポイントで障壁が形成され、剣撃を見事に防いで見せた。
「…意図的か?」
「え!? まあ、一応…」
「……ふむ」
ガイウスはまた同じ動作で障壁目掛けて剣を横に振った。俺は同じ体勢のままじっとし、再び障壁と剣が衝突するのを待っていた。
「それでも甘いな」
「え?」
剣が障壁にぶつかった瞬間障壁は粉々に砕け、破片が辺りに飛び散った。俺はその衝撃で思わず尻餅をつき、ガイウスはそんな俺の喉仏に剣先を突き当てた。
「発想は褒めてやろう。だが脆い。手を抜いても砕けてしまうくらいに」
「う……」
強度を意識したことはなかった。その穴を突かれたか……。
「所詮数日の成果だ、こんなものだろう。カルディアの指導も問題ないように見える。だが、目標はもう少し明確に持て。なんとなく言われたことをこなしているだけでは本当の成長には繋がらないぞ」
「はい…頑張ります……気になることってそれだけですか?」
「ああ。大したことはないと言っただろう」
ガイウスはゆっくりと剣先を俺の喉仏から離し、腰にある鞘にしまった後、魔法で透明にした。俺もゆっくりと立ち上がり、お尻の辺りについた土をぱんぱんと払った。
「ねえねえ、まだ時間あるかな」
「ぅお!?」
いつの間にかカルディアが後ろにいた。気配察知も身についていないように思える。
「何するつもりだよ」
「折角ならガイウス相手に障壁の練習をすればいいじゃん。ね、どうだろう?」
カルディアはガイウスの顔色を窺った。俺も一緒にガイウスの顔を見るが、表情からはその意思は読めなかった。どうなんだろう。
「いいだろう」
いいんだ。
「決まりだね。いくら僕が教えるのが上手いからって、百年以上生きている人間の知恵には及ばないから、この機会に色々教わるといいよ」
「……そうだな、そうするよ」
カルディアは俺たちの秘密を既に知っているのか。透視の魔眼を持っているなら自然なことかもしれない。
それからは、ひたすらガイウスと戦った。動きながら『今のは違う』とか『今のはよく作れていた』とか言ってくれたので、何が良い障壁なのかが分かりやすかった。あと、
「掌をもとに障壁を張るのはナシだ」
なんて厳しめのことも言われた。だがさっき実戦に近い状態で戦ってみて、自分でもそう感じた。考えることが多くて難しい。
「障壁とは突っ立ったままでも作り出せるものだ。お前がそれを活かすにはそれなりの努力が必要になる」
今日の修行はかなりためになった。確かにカルディアではこうはいかない。分かりやすかったし、学びが多かった。何回かお手本も見せてくれた。
硬い障壁を張るには、『障壁を張る』という想像では甘いのだという。より鮮明で、より強い意志を持って『自らを守る』という思考が必須だとガイウスは言った。ついさっき一度だけ出来てた気がするので信憑性があった。
「……そろそろ終わりにしよう」
「もうですか?」
「もうすぐ起きるだろう」
「ああ、なるほど」
いつの間にか結構時間が経っていた。もうすぐエルリアが目覚める時間だ。それほど充実していたと言うことだろう。楽しかった。
ガイウスは大きなドーム状の障壁を消し、エルリアのもとへ歩いて行った。
「ねえねえ」
「うん?」
カルディアが俺の革ジャンの裾を掴みながら尋ねてきた。
「あれは見せなくてよかったのかな?」
あれ。強化魔法のことだろう。
「今はいいよ。もっと形にしてから見せたい。驚かせたいっていうかなんていうか」
「……まあ、それに関してはガイウスも何も言えないだろうし別にいいか」
そう言うとカルディアは、エルリアの方へ歩いて行った。俺もその後ろをついて行った。
木陰に着くと、エルリアはユーリィの太ももの上で気持ちよさそうに眠っていた。
「お疲れ様。まだ寝てるわよ」
「……ぅん……」
「あら、起きたみたい」
「タイミングいいですね。アッカドは?」
「そこの木の裏で寝てるわよ」
「え……?」
俺はユーリィの視線の先にある木に向かい、裏側を見てみた。すると、
「…………スゥー……」
「寝息小さっ」
気配を極限まで消して木に寄りかかって眠っているアッカドがいた。器用か。
「アッカドー、そろそろ起きてくださーい」
「……ぅん? ああ、もうそんな時間か」
「はい。……」
寝覚め良すぎ。やっぱ強者は違うなぁ。
再び広場の中央に集まった。
「何しますか?」
「一応寝起きだから、そこまで激しくないのがいいわね」
「なんかねえかアラタ」
「うーん……」
少し考え込んだ後、
「メリーゴーランドとか?」
阿呆みたいなことを言ってしまった。
「なんだそれ」
「遊園地のアトラクションで、馬の形をした塊に乗ってグルグル回るやつなんですけど」
「何それグロそうね」
「いやいや、馬が走ってる様子を模したものでして、とっても楽しいんですよ。……乗ったことないけど」
「もう少し詳しく説明しろ」
「はい、えっとですね…」
俺はメリーゴーランドの特徴や楽しみ方などを詳しく説明した。




