第64話 輝く遊具
「何をするつもりなんですか?」
「見ていれば分かる。お前たち、本の周りに立て」
「さてさて、どう活用すんのか見ものだな」
「わくわくね」
「わくわく!」
俺たちは、言われた通りに本の周りを囲むようにして立ち、ガイウスの行動を待った。ガイウスは周りの様子を確認し、やがて目を瞑って掌を地面の本へかざし、
「『空洞満たすは魔女の空想、大地を覆うは魔の帳。賢なる久遠の礎ありて、我らが黄金よ城となれ』」
呪文を唱えた。瞬間、本が黄金のように輝き始めたかと思うと、本から金色の魔力が一気に吹き出し、広場全体を覆ってしまった。
「どうなってるんですか…!?」
「ボスの魔法だよ。言うなれば、『特大障壁』だな」
「魔法障壁みたいなものだけど、形を自在に操れるの。今回はどんな形になるのかしら」
アッカドとユーリィが親切に解説してくれていたが、正直それどころではなかった。
その光景はあまりに美しく、壮大だった。先程までは草木と空の二色だけだったというのに、ガイウスの魔法によって辺りが黄金色で満たされ、それを透過して通る日の光が虹色に輝いていた。魔力はまるでグラスハープのような、大きく美しい音色を奏でながら動き、俺はその光景から目を離すことができず、口を開けたまま見惚れていた。
しばらくすると、広場を覆っていた黄金の魔力は段々と集積し、確かな形を作っていった。やがて魔力の鳴動が収まると、そこには、
「すごい……!」
「これは……なんて言うんだ?」
「遊具かしら」
そう、まるで遊園地のような、それはそれは大きな遊具があった。
ジャングルジム、滑り台、アスレチックなどがふんだんに織り込まれている。上級者向けの場所もあるらしく、鉄棒のようなものが不規則に、広い感覚で並んでいるのが見えた。高く大きく、日本のそれにも劣らない。
「すごーーい!!」
「……準備は整った」
ガイウスは本を拾い上げ、パタンと閉じ、俺たちの方を見た。
「おもてなしするぞ」
おもてなし。
「すごい気合ですね……」
「一周回って燃えてきたんだろうな」
「よく分からないところで燃えるのよね、この人」
エルリアを楽しませようとする心は理解できる。しかし、ここまで全力を出してくるとは。これは俺も全力で楽しむしかない。
「行こう、エルリア!!」
「うん!!」
「気をつけてねー!」
「任せてください!」
俺はエルリアを肩車して跳び、遊具の頂上へ向かった。
「ボス、いいのか? 一緒に遊んでやらねえで」
「よくない。すぐに向かう」
「お、おう。いってらっしゃーい…」
「またデカいもん出したねー」
黄金の輝きからはみ出した、広場の端の木に寄りかかりながら、カルディアは呟いた。
遊具の中はかなり騒がしいように見える。幼女があれをやりたいこれをやりたいと休む暇もなくせがみ、狼と着込んだままの男が付き合っている。そこから少し離れた所では、暑くなったのか、暖かそうな上着を脱ぎ、イチャコラしている男女が一組。こちらはゆったりと、散歩をするかのように楽しんでいた。
「まったく、遊んでいる暇があるのかなー」
カルディアは地面に尻をつき、ただその光景を眺め続けた。途中から狼と軽装の男が激しく動いていたり、遊具の形が大きく変わったりしていたが、カルディアの表情が変わることはなかった。
それから一時間ほど経ち、昼食の時間になった。驚くべきことに、彼らは途中休憩を挟みながらも、一時間遊び続けた。
狼が少女を肩車してこちらへ向かってくる。少女の顔は笑顔で溢れていた。カルディアはそれを見ても、
「くだらない」
そう呟いただけだった。
「楽しかったね、エルリア」
「うん!」
昼食の時間になった。やはり道具が素晴らしいと、自然と夢中になってしまうものなんだな、遊びって。最近の遊びというと、カラオケだったり映画だったりと屋内のものも多いが、もちろんそんなものはこの世界には無いし、ここまで遊びで運動したのは久しぶりだ(俺がインドア派というのもある)。
俺はカルディアの元へ歩み寄り、昼食の入ったカゴを持ち上げた。
「カルディア、昼ご飯にしよう」
「分かった分かった」
「……? どうかしたのか?」
どこか呆れた様子なのが気になり、率直に尋ねてみた。
「なんでもないよ。そっちへ行けばいいんだろ?」
「あ、ああ」
「ほら、ボサッとしないで。早く食べよう」
「……ああ」
カルディアは俺を置いて歩いて行ってしまった。
明らかに普通ではない。だが大して親しくもない俺に原因が分かるはずもなく、俺はそれを気にしないことにした。
「いただきまーす!」
エルリアの元気な声とともに、俺たちは昼食を取り始めた。
「食え食え! うまいぞぉ」
「ふむふむ………いつも通りね」
「いつも通り美味えか」
「……いつも通りね」
「意固地ですね」
「かっこわ」
「それ以上は言っちゃダメだよエルリア」
俺のあぐらをかいている足の上に乗り、禁句を容赦なく言い放とうとするエルリアの口を押さえ、アッカドが作ったサンドウィッチを食べる。『サンドウィッチ多くね』という疑問は受け付けていない。持ち運びに便利なものがそれぐらいしかないのだ。
「どうですか、ガイウス」
「……何を聞いている」
「味ですよ、味」
「お前が聞いてどうする」
「どうもしません。気になっただけです」
「……いつも通りだ」
「いつも通り美味しいということで?」
「………いつも通りだ」
一見味気ない返答に見えるが、否定はしていないので、美味しいということだ。エルリアも何かを察したのか、ガイウスの方を見て笑っている。ガイウスはそれを見て、少しだけ口角を上げていた。
今この時間がちゃんとガイウスたちのためになっているみたいで、なんだか嬉しくなった。まるで家族みたいだ。
「……? ガイウス?」
ガイウスが突然エルリアを睨み出した。何故。普通に顔怖いんだが……エルリアはどういう反応をするのだろう。
俺は足の上に乗っているエルリアの顔を、上から覗き込む。するとエルリアは、
「めっ!!」
ガイウスを指差しながら叱った。
「叱った………」
少女が大人を叱った。この光景、見覚えがある。
「俺も叱られたことある……!」
「……こいつは、睨まれると叱り返すんだ」
「どうしてですか」
「リーアさんの名残りかもしれない」
「………!」
ここでその名が出てくるのか。
「彼女も睨まれると、叱るわけではなかったが、呆れながら注意していた」
「そもそも睨んだことがあるんですか?」
「意図的ではないが、初めて会った時は目つきが悪かったらしい。初対面の開口一番にそれを指摘された」
「……そうですか」
やはりエルリアは、リーアさんが持っていた一面をある程度受け継いでいるのだろうか。であれば今の行為は、ガイウスにしてみればエルリアがリーアさんである証明で、彼女に想いを馳せる機会でもあるのかもしれない。
「……俺は………」
「………ガイウス?」
突然ガイウスは、手に持ったサンドウィッチを見つめながら黙ってしまった。
「どうかしましたか」
「……いや、なんでもない」
なんでもないわけないが、今はそれを追求する時ではない気がするので、それ以上は聞かないでおいた。
「……この後はどうしますか?」
気まずくなってしまったので、話題転換を試みる。
「そうだな……アラタ」
「はい?」
ガイウスは俺を呼びつつも、エルリアを見ていた。俺も再びエルリアの顔を覗き込む。すると、
「あ」
エルリアがウトウトしている。いつもより激しく動いたのと昼食を食べたので、眠くなってきたのだろう。昼寝には少し早いのだが…。
「エルリア、ちょっと早いけど、お昼寝しようか」
「うん」
エルリアは目を擦りながら返事をした。俺はエルリアを抱き抱え、遊具から離れて木陰に入り、俺も座って膝を枕代わりにして、エルリアの頭を乗せた。
「おやすみぃ……」
「うん、ゆっくり休んでね」
エルリアは目を瞑り、やがて小さな寝息を立て始めた。思わず銀髪を触りたくなったが、背徳感が凄かったのでやめておいた。
「寝たか」
「はい」
ガイウスはエルリアの様子を確認すると、
「アラタ、お前に用がある」
俺を呼んだ。
「俺ですか?」
「ああ。気になることがある。大したことではないが」
「でもエルリアが……」
「私が変わるわよ。久しぶりに髪撫でたいし」
そう言うとユーリィは、もう髪を撫で始めた。そういえば子供好きなんだっけか。忘れていた。
「だそうだ。休みたいというなら無理強いはしないが、どうする」
俺は少しの間考えたが、気持ちよさそうに眠っているエルリアの顔を見て、
「……行きます」
ガイウスに付き合うことにした。




