第63話 遊びと言えど油断は禁物
「……ふわぁぁ……はぁあ」
大きなあくびをしながら、階段を一歩一歩降りて行く。一階に着くと、すでにアッカドとユーリィが活発に動いていた。アッカドは髪がボサボサで、ユーリィは上着を羽織っておらず、髪を結んでいない。テーブルではコラブルとフレア、そしてカルディアが談笑していた。みんな寝起きのようだ。
「おはよう……」
重い目蓋を無理矢理開きながら、朝の挨拶をする。皆その声で俺の存在に気づき、
「おはようっす」
「今日も早起きできて偉いねぇ!」
「騒がしくしないで頂戴。おはようアラタ君」
「……おはよう」
「おう、朝飯もうすぐできるぜー」
軽く挨拶を返してくれた。
「ちょっと心配だったけど、寝坊しなくてよかったわ」
「お前の寝坊はめんどくせえからな」
「なんかすいません…」
何も言い返せない。自分でも、どうしてあんなに荒れるのか分からない。前世でもたしかに寝覚めは悪かったが、あそこまで激しかっただろうか。
ひとまず洗面台へ向かい、歯磨きをして、眠気を覚ますため顔を洗った。後処理が大変そうに見えるが、炎魔法ですぐ乾かせるのでなんの問題もない。
再びリビングへ向かい、椅子に腰掛ける。キッチンから、まな板に包丁が当たる心地いい音が聞こえてきた。
朝ご飯ができるまでの間に、テーブルの上にあったものを物色する。そこには、見たことのない本が一冊置かれていた。
「なにこれ」
俺はそれを手に取り、ゴラブルに見せながら質問した。
「本っす」
「見たら分かる。なんの本?」
「御伽噺っす」
「どんな」
「破壊神の」
「破壊神の!?」
思わず聞き返してしまった。御伽噺と言えるのかそれは。
「クレイが暇つぶし用にこの家から見つけ出したものらしいっす。ある国が滅ぶまでの物語なんだとか」
「物騒だな……」
俺は忌避すべきものを扱うかのように本をテーブルに置き、大人しく朝食を待った。
「そういえば、ガイウスは?」
「エルちゃんのところ。昨日は珍しくベッドで寝たから、起こしに行ってるわ。ま、寝顔を眺めてるだけでしょうけど」
「なるほど…」
昨日はシルフィーのところへ行く前に寝てしまったし、俺たちがベッドで寝かせたから、珍しい現象が起きている。シルフィーが寂しがっていそうだ。
「ほい、朝飯」
「おー、おいしそうっすね」
「最近サンドウィッチ多くない? 僕飽きちゃった」
「なら食べなきゃいいだろ」
「そんなこと言うなよー、冷たいなあ」
ただをこねるカルディアを他所に、俺はテーブルの上に出されたサンドウィッチを掴み、ゆっくりと口へ運んで、味わうように咀嚼した。美味しいには美味しいが、昨日食べたものには遥かに劣る。鮮度の問題だろう。これはゴッデスから運んできたものだし、しょうがない。
俺が食べ始めた後に、アッカドも椅子に座って、みんなで朝食を取り始めた。
「ちょっとあれね、味がいつもより落ちてるわね」
「お前のに比べりゃ絶品だろ」
「なんでそう喧嘩腰なのかしら……!?」
「勝算があるからかなー」
「もっと穏やかにいきましょうよ」
料理のことになると、この二人は喧嘩してばかりだ。全部ユーリィが負けるのは必然と言える。経験から学んで欲しいものだ。
「……起きていたか」
「おはよー!」
「おお…おはよう」
ガイウスとエルリアが二階から降りてきた。エルリアは、昨日と打って変わって元気ハツラツだった。
「わたしもいっしょにたべるー!」
「隣においで」
俺はエルリアを俺の横の席に座らせ、テーブルの上に残っているサンドウィッチを手渡した。エルリアはそれを必死に頬張り、口を大きく動かして咀嚼した。
「落ち着いて食べてね」
「うん!」
やっぱり、エルリアには笑顔がよく似合う。口周りを汚しながらも、笑顔でサンドウィッチを食べ続ける姿がとても愛らしい。ユーリィとアッカドも、それを見て微笑んでいた。
「余程楽しみみたいね」
「腕が鳴るな」
「貴方は鳴らさないで頂戴」
「なんでだよ」
「加減を知らないんだもの」
「エルリア相手にいらねえだろ、そんなもん」
アッカドはエルリアをなんだと思っているんだ……まあいらないだろうけど。
ガイウスは席には着かず、立ったままサンドウィッチを一つ食べた。ちょっと行儀が悪い。なんか良いな。
朝食を取り終えて。
「昼食の用意は」
「ここにあるぜ」
そう言うとアッカドは、重量感のあるカゴを見せてきた。昨日街の女性に、朝食といっしょに渡されたものだ。貰ったみたいになっている。
「よし、準備しろ」
その掛け声と同時に、アッカドとユーリィは身だしなみを整え始めた。髪を整え、上着を羽織り、見たことのないモコモコした服を取り出した。ガイウスはもう着ている。
「なんですかそれ? すごくあったかそうですけど」
「昨日頂いたの。いつものは寒いし、折角だから活用しようと思ってね」
いいなあ、俺も欲しい。
「留守番は任せるっす!」
「今日は私も残る。楽しんでくるといい」
コラブルとフレアは家に残るようだ。クレイも休みたいだろうし、今日はいつもと面子が変わる。
「準備はいいか」
「おう」
「ええ」
「いっくぞー!」
「いくぞー!」
「お、おおー」
なんだこの空気。大人陣も楽しむ気満々だなこれ。
「ていうか、カルディアも来るんだ。四番目に声上げてたけど」
「当然! 見張りが居ないとね」
カルディアも一見張り切っているように見えるが、きっとそんなことはないのだろう。俺はそれよりも、一瞬だけだが、アッカドがカルディアを睨んでいたのが気になった。
「いくぞぉぉぉぉぉぉぉ……せーのっ!!」
「わあああぁぁぁ………」
「上げすぎでは」
「いつものことよ」
「感覚麻痺してますよそれ」
広場に着き、アッカドとエルリアの戯れが始まった。いつも通りの、レベルの違う高い高いである。見ていてヒヤヒヤしないのは何故だろうか。エルリアも満面の笑みだ。
「……ぁぁぁぁああ!」
「キャーーッチ!」
「よくもまあそんなに真っ直ぐ上げられますね」
「練習したからな」
「これだけのために…!?」
一周回って感心してしまう。それほどの余裕があるということだろうか。
「そろそろみんなで遊ぼうぜー」
エルリアを下ろし、頭をポンポンと叩きながらアッカドが言った。
「でも、具体的には何をしますか? 道具とかもないですし……」
「アラタ君が知ってる遊びでいいものないかしら?」
「うーん……『だるまさんがころんだ』とか?」
「どういう遊びなのかしら」
「えっとですね…」
ルールを簡単に説明した。
「おもしろそー!」
「なるほどなるほど…面白そうだな!」
「気をつけてねアラタ君。彼、変なこと企んでるわよ」
「そんなことはないって!」
「流石の俺でも分かります」
「はっはー、信じてくれねえんだ? これは何をされてもしょうがねえな」
「怖いぃ………」
指を鳴らすアッカドに怯えながらも、俺が鬼になって『だるまさんがころんだ』が始まった。
「いきますよーー」
「いいぜーー!」
距離は広場の端から端まで。超長い。ちなみに、この距離を提案したのはアッカドだ。超怖い。
俺は木に体を向けた。
「ふぅ……やれるぞ俺…」
ちょっとした自己暗示を挟んだ後、俺はゆっくりとあの言葉を口にし始めた。
「だーーーるーーーまーーーさーーーんーーーがーーー」
一個一個の間を長めにとり、大きな声で発生する。そうでないと聞こえないだろうし、エルリアが楽しめないかもしれない。ドタドタと足音が聞こえるが、たぶん気のせいだ、うん。
「こーーーろーーっっゔへぇ!!?」
何かが俺の背中に突っ込んできた。もろ腰に食らい、思わず木にもたれかかる。
「逃げろーー!!」
「わーーーーい!!」
「アラタ君も災難ねーー!」
「………俺悔しいよ……」
俺は背中をさすりながら立ち上がり、後ろを振り向く。背後には、すでに広場の端まで逃げ切った三人がいた。無慈悲すぎる。アッカドの野郎、跳び膝蹴りを入れてきやがった。正気の沙汰じゃない。これは俺も本気でいかねば。
「狙うはアッカドただ一人ーー!!」
「やべ、怒らせちったかな」
「なんで怒らないと思ったのかしら」
「ふう……結構楽しかったですね」
『だるまさんがころんだ』だけでなく、鬼ごっこや隠れん坊など、あらかたやり尽くした。久しぶりにやってみると、結構楽しいものだ。
「もっとあそびたーい」
「子供の体力ってすごいわね」
「ボスどこだ? ずっといねえじゃねえか」
「ですね」
俺は辺りを見渡す。どこにもガイウスの姿は無く、見つかったのは、広場の端っこで木にもたれ掛かっているカルディアだけだった。
「逃げ出したのかしら」
「そりゃねえだろ」
「冗談よ。あの人エルちゃんが関わるといつも本気だから、何か準備してるんじゃない?」
「うーん……」
エルリアが目を閉じ、両人差し指をこめかみに当てて唸っている。念力みたいなものを使って探しているように見える。
「いた!」
突然エルリアが森のある方向を指差した。そこには、こちらに向かって歩いてくるガイウスがいた。右手で辞書よりも厚い本を抱えている。
「分厚い本を持ってますね」
「おお……『あれ』が見れるんじゃねえか!?」
「久しぶりね」
「あれ……?」
ガイウスは俺たちの元まで歩いてくると、本を開いて地面に置き、
「さあ、全力で遊ぶぞ」
そう意気込んだ。




