第62話 孤独
「よかったのか、明日休んで?」
「いい。むしろ必要としていたところだ」
「それにしては悩んでなかったか?」
「……気にするな」
今は帰り道、もうすぐ石製の家に着く頃だ。日は傾き、空からは眩しさが消え、空気が勝手に冷えてきていた。貰った冬着のお陰で寒さに悩むことはないので、特に急ぐ様子もなかった。
「っつうか、休み必要だったのかよ。やっぱあれか、歳か」
「体は老いていない。歳のせいにするな」
「じゃあどうして?」
「……着けば分かる」
「「………?」」
アッカドとユーリィは互いに顔を見合わせた後、会話をやめ黙って歩いた。二人とも、理由を想像しているに違いない。
「戻った」
家の扉を開け、三人が中に入る。中は不自然に静かで、クレイが憂鬱そうに椅子に座って頬杖をついていた。一度ガイウスを見るも、話しかけることはせずに目線をテーブルに移す。ユーリィとアッカドは重い空気に耐えかね黙っていた。
「………どうした」
ガイウスがゆっくりと口を開く。その声を聞いてクレイは、顔だけをガイウスの方に向け、
「どうしたと思う?」
尋ね返した。
「いや、いい。分かっている」
「分かってんのかよ……ならあんま放っといてやるな。二階の寝室でぐずってる。行ってやれ」
「……ああ」
ガイウスはゆっくりと階段を上がって行った。アッカドとユーリィは、何があったのかをクレイに尋ねていた。
「疲れた」
「オイラもっすよ。全然見つけてくれないじゃないっすか」
「だから難しいんだって」
「すまない……」
「フレア、次謝罪したら埋めるからな」
「理不尽の極みっすね」
俺たちは修行を終え、家に向かって森の中を歩いていた。
フレアの業火の魔眼の練習は、特別うまくいったようには思えなかった。剣を燃やすことはできたが、俺が作り出した障壁を燃やすことはなかった。一応障壁の練習にはなったので俺的には問題ないが、フレアにはもろもろ乗り越えてもらわないと。もろもろを知らないので強く言えないのが難点だ。
ちなみに午後は隠れん坊だったが、今日は何にも襲われなかった。良かった。でも今日も見つけられずに、コラブルの魔力切れで終わった。コラブルの特訓は隠れん坊の鬼役だけだった。カルディアはコラブルも指導するって言ってたんだが、今日は他には何もしなかったな。
「毎日これなんすかね」
「だろうな。むしろ増えると思うけど」
「オイラ、今の食事量じゃ魔力回復し切らないっす。どうすればいいんすかね」
「そのままでいいんじゃないか? 追い込めば魔力量増えると思うし」
「厳しいっすね……」
ただでさえ食べる量が多いというのに、これ以上増やされたらたまったものではない。昼食だって俺の分の半分は譲った。我慢を覚えて欲しい。
「森見飽きたなあ……」
「急にどうでもいいこと言わないで欲しいっす」
「妙に静かだと思ってたらそんなこと考えてたのか。どうでもいいな」
「君たち僕への当たり強くなってない?」
その通りだが、止めるつもりはないので適当に「気のせい気のせい」となだめているうちに、森を抜け、家が見えてきた。それと同時に、
「きーーーらーーーいーーー!!」
幼女のものと思わしき叫び声が辺りに響いた。他に音がほとんどないからなおさらだ。俺たちが借りている家の中からした気がする。というかエルリアの声だろう。
「急ごう!」
俺たちは残りの短い距離を走り、扉を勢いよく開けた。
「どうしたんですか!?」
「きゃっ!? ……びっくりした。もっと丁寧に開けて頂戴」
「あ、すいません」
驚かせてしまった。
クレイ、アッカド、ユーリィの三人がそれぞれ椅子に腰掛けている。表情が暗く、どこか気まずそうに見えた。
「もう帰ってきてたんですね。ガイウスは?」
俺が尋ねると、クレイが黙って天井を指差した。二階か。
……エルリアも見当たらない。もしやガイウスが叫ばれている?
「何があったか聞いても?」
俺は中に入り、余っている椅子に腰かけた。コラブルとフレア、カルディアはテーブルのそばに立って黙っていた。一緒に話を聞くつもりのようだ。
「俺から話すけどよ」
アッカドは姿勢を整え、決まりが悪そうにしながら話し始めた。
「エルリアが拗ねてんだ」
「拗ねてる? どうしてですか」
「それはだな……俺たち、お前も含めて俺たちに責任があるというか」
「……? どういう……」
「あー、なんだ……」
「ほっとき過ぎたのよ」
ユーリィが痺れを切らした。ほっとき過ぎた? ……なるほど。
「そういうことですか……」
「俺たちも一回行ったんだが、思いっきり拒絶されちまってよ」
「俺、行ってきます」
「…まあ頑張れや」
俺は駆け足で二階へ上がり、女性陣の寝室に入った。今は躊躇している場合ではない。
中にはベッドの上で布団にくるまっているエルリアと、そのすぐそばに腰かけ、布団に語りかけ続けているガイウスがいた。
「ガイウスのばか! あほ! あんぽんたん!」
「話を聞いてくれ」
エルリアはご機嫌斜めだ。知っている限りの罵詈雑言を浴びせながら拒絶しており、ガイウスですら手を焼いている。
「大丈夫ですか」
「……アラタか。見ての通りだ。話を聞いてくれない」
「俺がいってもいいですか」
「……頼む」
ガイウスはベッドから立ち上がり、同じ場所に俺が座った。エルリアは全身を布団で覆っていて、顔を見せてくれない。
「ごめんね、エルリア。最近全然構ってやれなくて」
「おにいちゃんもきらい! ばーかばーか!」
「そんなこと言わないで」
リヴァイアに来てから、全然エルリアに構ってあげられていなかった。ある時は一人置いていったし、ある時はクレイに任せっきりだった。ゴッデスにいた頃からクレイに相手をしてもらっていたから、ガイウスと俺は、その頃から寂しい思いをさせてしまっていたんだ。
エルリアはきっと、ガイウスがいいのだろう。ガイウスに構って欲しいのだろう。俺が出しゃばるのは筋違いかもしれないが、俺にも責任はある。
「ガイウスたちも忙しいんだよ。なんならエルリアのために頑張ってるんだ」
「ちがうもん! わたしのためじゃないもん! いっつもおいていっちゃうんだもん!」
「それは…それこそ違うよ。ただ、君はちょっとだけ普通じゃないんだ。こうするしかないんだ」
「知らないもん! ばーか!」
「うぅ……」
こういう時はどうすればいいのだろう。小さい子供の相手なんてしたことないし、こうまで強く拒絶されると、気圧されて言葉がうまく出てこない。
しばらく黙っていると、突然布団がゴソゴソと動き出し、エルリアが顔だけをひょっこりと出した。息が苦しくなったのだろう。俺はここぞと言わんばかりに顔を覗き込む。だがエルリアは、顔をベッドに擦り付けた。絶対に顔を見せないという強い意志を感じる。
「エルリア、悪かったよ。……顔見たいなー、なんて」
「やだ」
「………そっか…」
叫ぶことをやめている。幼女にしてはかなり低いトーンで返された。このまま続けてもジリ貧だ。
俺はベッドから立ち上がり、ガイウスのもとへ歩み寄って小さい声で話しかけた。
「すいません、無理でした」
「いい。責任は俺にある」
いい歳した男二人が幼女に振り回されてしまうとは……エルリアの元を考えると、おかしくはないのかもしれない。
「おーい、晩ご飯できたよー」
一階からカルディアの声がした。時間的には少し早いが、じっとしてられなかったんだろうな、アッカド。
「どうしましょうか」
「……はあ。一度飯にしよう。そのあと、また説得する」
「分かりました」
そういうわけで、俺たちは晩ご飯を食べた。一応エルリアも誘ったのだが、当然断られた。ガイウスはエルリアのそばでご飯を食べた。エルリアの分も持っていっていたけど、食べてもらえたのだろうか。
食卓の空気はなんとも言えないものだった。コラブルとカルディアはいつものように話しながら、時折フレアも混ざって楽しそうに食事していた。もう少し空気を読んで欲しかった。他三人は食事どころではなくて、なかなかスプーンが進まなかった。クレイもあまり話さず、どちらかというと怒っているように見える。
食事を取り終えたのち、ユーリィとアッカド、俺は再び二階の寝室へと向かった。中に入ると、布団から出てきているエルリアがいた。そばには手のつけられていない料理が置かれている。やはり食べていなかった。
「みんなきらいだもん……」
「……腹が減っているだろう。冷めてしまうぞ」
「いらないもん」
エルリアは少し疲れた様子だが、ガイウスに背を向けて、抵抗の意志を示し続けている。
「どうだ」
「……クレイ」
クレイが様子を見にきた。表情が明るくない。
「ご覧の通り、全然ダメです」
「全く……なにしてんだお前らは」
「本当にすいません…」
「……ちょっとこい」
そう言うとクレイは、ガイウスを廊下に呼び出した。その間俺たちは黙ってエルリアを見ていた。申し訳なさでいっぱいだ。もっと早く気づけただろうに。
「………ん“ん」
ガイウスが戻ってきた。襟を正し、エルリアの正面に行き、屈んで目線を合わせて話し始めた。
「すまなかった」
「………」
「アラタが来てからあまり構ってやれなかった。寂しい思いをさせているのは、なんとなく分かっていた」
「……なんで一人にしたの?」
「一人ではない。クレイやシルフィーがいた。だが、一人でなければいいという問題でもなかったな」
「………」
「もう寂しい思いはさせない。約束する。そこでだ。お詫びと言うつもりはないが、明日遊びに行かないか」
「……どこに?」
「アラタたちが最近行っているという広場に」
「……アッカドとユーリィもくる?」
「ああ」
「おにいちゃんも?」
「ああ」
代弁された。そのつもりなので、口を挟むことはしない。
「行くか?」
「………」
エルリアは少しの間モジモジした後、
「うん」
そう返した。
「決まりだ。今日はもう寝よう。たくさん休んで、その分明日たくさん遊ぼう」
「うん!」
エルリアの表情が一気に明るくなった。それに釣られ、俺も思わず笑みをこぼした。
「じゃあ一緒に寝ましょう、エルちゃん。ちゃんと歯を磨いてからね」
そう言ってユーリィは、エルリアを抱っこして一階に連れて行った。ユーリィもきっと責任を感じていたに違いない。その証拠に、楽しそうにエルリアに話しかけながら階段を降りていった。
「助かった」
ガイウスが入り口に向かってそう言った。俺も視線を入り口に移すと、クレイが呆れた顔をして壁に寄りかかっていた。
「もう繰り返すなよ。朝からすげえ機嫌悪かったんだから」
「本当にありがとうございます」
「明日、目一杯遊んでやるんだぞ」
そう言い残して、クレイも一階へ向かった。きっとエルリアの相手をして疲れているのだろう。もう寝るつもりかもしれない。
しばらく寝室で待っていると、ユーリィがエルリアを抱っこして戻ってきた。腕の中のエルリアは、気持ちよさそうに寝息を立てながら寝ている。ユーリィはエルリアをベッドに寝かせ、優しく頭を撫でた。
「もう寝ちゃったんですね」
「ええ、疲れていたのね。私ももう寝るわ。明日、早起きしなさいよ」
「はい」
部屋を出る前に、俺はエルリアに近寄って、
「おやすみ、エルリア」
そう言った。エルリアの表情はとても安らかで、枕に広げられた銀の長髪は、相変わらずとても綺麗だった。




