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畏怖×if 無に帰す魔法と八つの魔眼  作者: 金剛陽薙
第5章 枯れた大地を屍が這う
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第61話 粉砕

 アッカドは巨大なカカトカバネを強く睨み返す。カカトカバネは既に戦闘態勢で、体から突出している氷がほのかに光っているように見えた。


「ジーさんは下がっててくれ!」


 そう言うとアッカドは、カカトカバネに向かって走り出した。その速度は音速に並び、一瞬にして敵の顔目前にたどり着いた。そして、すかさず全力の蹴りを顔面にいれる。


「冷て…!?」


 その蹴りは届かなかった。カカトカバネが魔法を用いて防いだのだ。平たい顔の前に氷壁が形成され、その中心で蹴りを受けた。あくまで氷、特別頑丈なものではないので、当然砕けている。むしろ防げるようには思えないのだが、どうやら砕けていく氷を直し続け、うまく勢いを殺したらしい。

 カカトカバネも反撃する。生み出した氷壁を利用し、なんの予備動作もなくアッカドの右脚を氷で覆った。


「っ!?」


 当然アッカドの動きは鈍くなる。その隙をついて、今度は大きく前足を踏み鳴らし、突進した。巨体からは想像できないほど素早く、頭部から飛び出た氷がアッカドに命中した。アッカドは後方へ吹き飛ばされ、ある家の扉を突き破って中に転がっていった。


「大丈夫か!?」

「大丈夫よ。それより、ジーさんは離れてて」


 カカトカバネはすぐさま次の標的を定めていた。ガイウスを強く睨み、呼吸が荒い。


「アアアアアアアア“ア”!!」


 今度は大きく咆哮した後、再び前足を大きく踏み鳴らし、氷壁からガイウスに向かって氷が発射された。数が多く、一つ一つが大きい。それに加えて先端が鋭利に作られ、まるで槍のようだった。それを食らうのは非常に危険に思われる。

 ガイウスは冷静に魔法障壁を展開する。それは黄金の輝きを放ち、氷の槍を全て防いだ。いつの間にかガイウスの右手には、黒く禍々しい空気を放った剣が握られている。


「……ったく、器用だなこいつ」


 アッカドが家から歩いて出てきた。右脚は依然氷に覆われたまま、しかし他に傷は負っていないように見える。


「これ全然溶けねえし。やり辛え」

「俺たちが援護する。すぐに終わらせろ」

「りょーかい」


 すると、アッカドの全身に刻印が現れた。それは赤い光を放ち、顔や指先にも及んだ。


「頼むぜ、ユーリィ」

「周りのもの壊さないでよ、『コネクト』!」


 ユーリィが魔法を唱えた。それは特定の人物に自分の魔力を流し続ける魔法、すなわち誰かを治し続ける魔法だ。


「さぁて…」


 アッカドは膝を曲げて重心を低くし、挑発するように右脚を踏み鳴らす。曲げる際に氷が邪魔になったが、力ずくで砕いて無理やり曲げ、踏み鳴らした時に、残ったほとんども砕け散った。

 アッカドの挑発に誘われたカカトカバネは、再びアッカドに体を向けた。そして少しの間睨み合った後、


「やるか」


 アッカドが先手を打った。

 先程と同じように、瞬時にカカトカバネに近づき蹴りを入れる。カカトカバネも同じように氷壁で防ごうとするが、防げなかった。

 動作は同じでも、力が格段に上がっていた。蹴りは氷壁を砕き割って顔面を捉え、巨体が後退するほどの威力が生まれた。


「ヴゥゥゥ……!」


 仕留めるにはまだまだ及ばないようだ。頭からは赤い血が流れ、足もどこかふらついているように見えるが、鋭い眼光はそのままだった。


「器用な上に頑丈だな、こいつ」

「ア“ア”ア“ァァ!」


 再び咆哮、しかし今回はそれだけだった。アッカドは意識を保つために叫んだのだと勘違いし、四方八方から飛んでくる氷の槍に気付かなかった。明確な殺意をもち、無数の氷の槍は全てアッカド目掛けて投下されている。


「ぅお!?」


 それは当たる前に、黄金の壁に防がれた。

 二人が援護しているのだ。簡単に攻撃が当たると思ってはいけない。当たったとしても治る。それはかなり完成された陣形だった。


「あぶね、ナイスボス!」

「気にするな」


 カカトカバネの攻撃を防いだ後、アッカドが猛攻を始めた。

 狙うは頭部一点、何度も蹴りを入れていった。一つ一つが非常に重く、カカトカバネの頭に付いている氷を砕き、鱗をも粉々にしながら傷を与えている。

 カカトカバネはやられっぱなしだった。何もしていないわけではない。氷壁を作ったり氷の槍で反撃したりと抵抗するが、アッカドはその全てを砕きながら攻撃を続けていた。


「待て……やめろ…!」


 ジーが叫ぶ。だが聞いていない。聞こえていない。アッカドはカカトカバネを攻撃し続けている。


「やめろ!!」


 かつてない大声でジーが叫んだ。瞬間、アッカドは攻撃をやめ、辺りに静寂が訪れた。


「……どうした」


 ガイウスが尋ねる。尋ねるが、ある程度は察している様子だった。


「彼は賢いんだ……話せば分かるはずなんだ!」

「なら、最初からそうすれば良かった」

「っ……それもそうだが…」

「どうすんだーー?」


 遠くからアッカドが呼びかける。カカトカバネは呻き声を上げながら呼吸をしている。立ち上がろうとするが、脚が崩れてできないらしい。頭からは大量の血が流れ、アッカドは大量の返り血で真っ赤になっていた。


「……今からでも話をさせてくれ」

「好きにしろ。俺たちはお前に合わせる」


 ジーは瀕死のカカトカバネに歩み寄り、屈んで話し始めた。その真横でアッカドがカカトカバネを見張っている。


「私だ、ジルクラックだ。すまないが聞かなければならないことがある。貴殿はここで何をしている。協定を忘れたのか」


 ジーは必死に語りかけ続ける。だが、反応は全くなかった。カカトカバネは依然荒い呼吸を続け、目線は後方に向けられている。


「何故一人でこんなところにいる。何が目的なんだ」


 ジーはめげずに語り続けた。それを鬱陶しいと感じたのか、カカトカバネが動いた。


「……アアアアアア“ア”!!」


 三度目の咆哮。それと同時に、カカトカバネはゆっくりと最後の力を振り絞って立ち上がり、額に巨大な氷の角が生えた。カカトカバネはそれを上に掲げている。空気から明らかな敵意を感じ取ることができた。


「な……!?」


 ジーは唖然とし、硬直している。カカトカバネのリーダーと思われるこの個体は、呼びかけを無視したのだ。それはジーには考えられないことだった。

 カカトカバネはそのまま角を真っ直ぐ振り下ろした。その真下にはジーとアッカドがいた。


「ったく」


 アッカドはそれを、当然のように左手で受け止めた。


「無駄だったな」


 そして、すかさず距離を詰め、右手で顔面を殴った。巨体全身に衝撃が走り、やがて血を吐き出した後に動かなくなった。

 カカトカバネは悲鳴を上げることなく絶命した。アッカドが角からの手を離すと、角は地面にぶつかってぽっきりと折れた。ジーは膝から崩れ落ち、何か独り言をぶつぶつと呟いていた。


「悪いな、殺しちまって」


 アッカドは悪びれもせずにはっきりと言った。


「…いや、いい。助かった」


 ジーはゆっくりと立ち上がり、息のないカカトカバネを見つめる。そして目を瞑って、手を合わせた。三人はそれを黙って見ていた。周囲には遠くからの街の人が移動する音だけが響いていた。

 やがてジーが弔いを終えると、ユーリィとガイウスもカカトカバネの死体に近寄り、話始めた。


「結局何だったのかしら」

「俺には分からない。ただ一つ言えることは、明らかに正気ではなかった」

「俺らにもそう見えたんだから、そうだろうな。…ボス、何か気になることでもあんのか」


 ガイウスは一人で死体を調べていた。死体には氷が残っており、ゆっくりと溶け始めている。


「氷に何かあるのではないかと思ったのだが、何も見つからない」

「調べてどーすんだ?」

「根を絶てるかもしれない。これは、明らかに普通ではない」

「かもしれねえけどよ、俺たちがそこまで踏み込む必要はねえんじゃねえか。依頼されたら話は別だが」


 そう言ってアッカドはジーを見る。ジーはしばらくカカトカバネの死体を見つめていた。


「……ジーさまーーーーー」

「……?」


 遠くから誰かがジーを呼んでいる。霧が段々と晴れ、視界も良くなってきた。よく見るとそれは、この街の青年だった。

 ジーのもとへたどり着く頃には、その人は酷く息切れしていた。そして呼吸を整えるよりも前に、ジーに話しかけた。


「カカトカバネは……死にましたか」

「ああ。この者たちがやってくれた。……元に戻す術はなかっただろう」

「そう、ですか。街は、もう安全ですか?」

「ああ。避難の途中だったか、もう戻っていい」

「はい! みんなにも、伝えてきます」


 青年は走り去って行った。これでこの街はもう安全だ。依頼は達成した。


「目的は達成した。あんたらのおかげで怪我人を出すこともなく、迅速に片付けられた。感謝する。一度中心部へ戻ろう」

「でもこれ、放置していいの?」

「良くはないな。……あんたら、帰り道は分かるか?」

「ほぼ直線だったし分かるけど、どうして?」

「こいつの処理は俺とこの街の人間でやる。先に戻っていてくれ」

「報酬はいつ支払うつもりだ」

「そうだな………明後日でいいか」

「明後日ぇ?」


 アッカドは眉をひそめた。当然だ。何故今日でも翌日でもなく明後日なのだろうか。


「戻ってくれってのは家にって意味だ。考えたいことがある。時間が必要だ。悪いが明日は休みにしてくれ」

「………どうする、ボス?」


 アッカドはガイウスに視線を移す。ガイウスは少し悩んでいたが、やがて顔を上げ、


「分かった」


 承諾した。


「助かる。今日はここで解散だ。明後日またアグリクトに来てくれ」

「『アグリクト』?」

「午前いた施設の名前だ。言ってなかったか?」

「初めて聞いたわよ」

「それは失礼。とにかく、そういうことで頼む」

「了解。ところでこれ、どうしましょう」


 ユーリィは借りている冬着を見ながら尋ねる。あくまで借りているのだ、返さねばならないと思っていたが、


「これからも必要になるだろうし、あんたらにあげよう。心配するな、借りているところには新しいのを配っておく」

「私たちがそっちを貰えば……どっちでも変わんないか。じゃあありがたく」

「そうしてくれ」


 そう言った後ジーは、カカトカバネの死体に向き直った。三人もそれと反対方向を向く。


「ボス、血消してくれねえか」

「…『デストラクション』」

「流石だぜ」


 そして、アッカドの返り血を隠した後、ほのかに暖まり始めた空気を感じながら、家に向かって歩き出した。

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