第61話 粉砕
アッカドは巨大なカカトカバネを強く睨み返す。カカトカバネは既に戦闘態勢で、体から突出している氷がほのかに光っているように見えた。
「ジーさんは下がっててくれ!」
そう言うとアッカドは、カカトカバネに向かって走り出した。その速度は音速に並び、一瞬にして敵の顔目前にたどり着いた。そして、すかさず全力の蹴りを顔面にいれる。
「冷て…!?」
その蹴りは届かなかった。カカトカバネが魔法を用いて防いだのだ。平たい顔の前に氷壁が形成され、その中心で蹴りを受けた。あくまで氷、特別頑丈なものではないので、当然砕けている。むしろ防げるようには思えないのだが、どうやら砕けていく氷を直し続け、うまく勢いを殺したらしい。
カカトカバネも反撃する。生み出した氷壁を利用し、なんの予備動作もなくアッカドの右脚を氷で覆った。
「っ!?」
当然アッカドの動きは鈍くなる。その隙をついて、今度は大きく前足を踏み鳴らし、突進した。巨体からは想像できないほど素早く、頭部から飛び出た氷がアッカドに命中した。アッカドは後方へ吹き飛ばされ、ある家の扉を突き破って中に転がっていった。
「大丈夫か!?」
「大丈夫よ。それより、ジーさんは離れてて」
カカトカバネはすぐさま次の標的を定めていた。ガイウスを強く睨み、呼吸が荒い。
「アアアアアアアア“ア”!!」
今度は大きく咆哮した後、再び前足を大きく踏み鳴らし、氷壁からガイウスに向かって氷が発射された。数が多く、一つ一つが大きい。それに加えて先端が鋭利に作られ、まるで槍のようだった。それを食らうのは非常に危険に思われる。
ガイウスは冷静に魔法障壁を展開する。それは黄金の輝きを放ち、氷の槍を全て防いだ。いつの間にかガイウスの右手には、黒く禍々しい空気を放った剣が握られている。
「……ったく、器用だなこいつ」
アッカドが家から歩いて出てきた。右脚は依然氷に覆われたまま、しかし他に傷は負っていないように見える。
「これ全然溶けねえし。やり辛え」
「俺たちが援護する。すぐに終わらせろ」
「りょーかい」
すると、アッカドの全身に刻印が現れた。それは赤い光を放ち、顔や指先にも及んだ。
「頼むぜ、ユーリィ」
「周りのもの壊さないでよ、『コネクト』!」
ユーリィが魔法を唱えた。それは特定の人物に自分の魔力を流し続ける魔法、すなわち誰かを治し続ける魔法だ。
「さぁて…」
アッカドは膝を曲げて重心を低くし、挑発するように右脚を踏み鳴らす。曲げる際に氷が邪魔になったが、力ずくで砕いて無理やり曲げ、踏み鳴らした時に、残ったほとんども砕け散った。
アッカドの挑発に誘われたカカトカバネは、再びアッカドに体を向けた。そして少しの間睨み合った後、
「やるか」
アッカドが先手を打った。
先程と同じように、瞬時にカカトカバネに近づき蹴りを入れる。カカトカバネも同じように氷壁で防ごうとするが、防げなかった。
動作は同じでも、力が格段に上がっていた。蹴りは氷壁を砕き割って顔面を捉え、巨体が後退するほどの威力が生まれた。
「ヴゥゥゥ……!」
仕留めるにはまだまだ及ばないようだ。頭からは赤い血が流れ、足もどこかふらついているように見えるが、鋭い眼光はそのままだった。
「器用な上に頑丈だな、こいつ」
「ア“ア”ア“ァァ!」
再び咆哮、しかし今回はそれだけだった。アッカドは意識を保つために叫んだのだと勘違いし、四方八方から飛んでくる氷の槍に気付かなかった。明確な殺意をもち、無数の氷の槍は全てアッカド目掛けて投下されている。
「ぅお!?」
それは当たる前に、黄金の壁に防がれた。
二人が援護しているのだ。簡単に攻撃が当たると思ってはいけない。当たったとしても治る。それはかなり完成された陣形だった。
「あぶね、ナイスボス!」
「気にするな」
カカトカバネの攻撃を防いだ後、アッカドが猛攻を始めた。
狙うは頭部一点、何度も蹴りを入れていった。一つ一つが非常に重く、カカトカバネの頭に付いている氷を砕き、鱗をも粉々にしながら傷を与えている。
カカトカバネはやられっぱなしだった。何もしていないわけではない。氷壁を作ったり氷の槍で反撃したりと抵抗するが、アッカドはその全てを砕きながら攻撃を続けていた。
「待て……やめろ…!」
ジーが叫ぶ。だが聞いていない。聞こえていない。アッカドはカカトカバネを攻撃し続けている。
「やめろ!!」
かつてない大声でジーが叫んだ。瞬間、アッカドは攻撃をやめ、辺りに静寂が訪れた。
「……どうした」
ガイウスが尋ねる。尋ねるが、ある程度は察している様子だった。
「彼は賢いんだ……話せば分かるはずなんだ!」
「なら、最初からそうすれば良かった」
「っ……それもそうだが…」
「どうすんだーー?」
遠くからアッカドが呼びかける。カカトカバネは呻き声を上げながら呼吸をしている。立ち上がろうとするが、脚が崩れてできないらしい。頭からは大量の血が流れ、アッカドは大量の返り血で真っ赤になっていた。
「……今からでも話をさせてくれ」
「好きにしろ。俺たちはお前に合わせる」
ジーは瀕死のカカトカバネに歩み寄り、屈んで話し始めた。その真横でアッカドがカカトカバネを見張っている。
「私だ、ジルクラックだ。すまないが聞かなければならないことがある。貴殿はここで何をしている。協定を忘れたのか」
ジーは必死に語りかけ続ける。だが、反応は全くなかった。カカトカバネは依然荒い呼吸を続け、目線は後方に向けられている。
「何故一人でこんなところにいる。何が目的なんだ」
ジーはめげずに語り続けた。それを鬱陶しいと感じたのか、カカトカバネが動いた。
「……アアアアアア“ア”!!」
三度目の咆哮。それと同時に、カカトカバネはゆっくりと最後の力を振り絞って立ち上がり、額に巨大な氷の角が生えた。カカトカバネはそれを上に掲げている。空気から明らかな敵意を感じ取ることができた。
「な……!?」
ジーは唖然とし、硬直している。カカトカバネのリーダーと思われるこの個体は、呼びかけを無視したのだ。それはジーには考えられないことだった。
カカトカバネはそのまま角を真っ直ぐ振り下ろした。その真下にはジーとアッカドがいた。
「ったく」
アッカドはそれを、当然のように左手で受け止めた。
「無駄だったな」
そして、すかさず距離を詰め、右手で顔面を殴った。巨体全身に衝撃が走り、やがて血を吐き出した後に動かなくなった。
カカトカバネは悲鳴を上げることなく絶命した。アッカドが角からの手を離すと、角は地面にぶつかってぽっきりと折れた。ジーは膝から崩れ落ち、何か独り言をぶつぶつと呟いていた。
「悪いな、殺しちまって」
アッカドは悪びれもせずにはっきりと言った。
「…いや、いい。助かった」
ジーはゆっくりと立ち上がり、息のないカカトカバネを見つめる。そして目を瞑って、手を合わせた。三人はそれを黙って見ていた。周囲には遠くからの街の人が移動する音だけが響いていた。
やがてジーが弔いを終えると、ユーリィとガイウスもカカトカバネの死体に近寄り、話始めた。
「結局何だったのかしら」
「俺には分からない。ただ一つ言えることは、明らかに正気ではなかった」
「俺らにもそう見えたんだから、そうだろうな。…ボス、何か気になることでもあんのか」
ガイウスは一人で死体を調べていた。死体には氷が残っており、ゆっくりと溶け始めている。
「氷に何かあるのではないかと思ったのだが、何も見つからない」
「調べてどーすんだ?」
「根を絶てるかもしれない。これは、明らかに普通ではない」
「かもしれねえけどよ、俺たちがそこまで踏み込む必要はねえんじゃねえか。依頼されたら話は別だが」
そう言ってアッカドはジーを見る。ジーはしばらくカカトカバネの死体を見つめていた。
「……ジーさまーーーーー」
「……?」
遠くから誰かがジーを呼んでいる。霧が段々と晴れ、視界も良くなってきた。よく見るとそれは、この街の青年だった。
ジーのもとへたどり着く頃には、その人は酷く息切れしていた。そして呼吸を整えるよりも前に、ジーに話しかけた。
「カカトカバネは……死にましたか」
「ああ。この者たちがやってくれた。……元に戻す術はなかっただろう」
「そう、ですか。街は、もう安全ですか?」
「ああ。避難の途中だったか、もう戻っていい」
「はい! みんなにも、伝えてきます」
青年は走り去って行った。これでこの街はもう安全だ。依頼は達成した。
「目的は達成した。あんたらのおかげで怪我人を出すこともなく、迅速に片付けられた。感謝する。一度中心部へ戻ろう」
「でもこれ、放置していいの?」
「良くはないな。……あんたら、帰り道は分かるか?」
「ほぼ直線だったし分かるけど、どうして?」
「こいつの処理は俺とこの街の人間でやる。先に戻っていてくれ」
「報酬はいつ支払うつもりだ」
「そうだな………明後日でいいか」
「明後日ぇ?」
アッカドは眉をひそめた。当然だ。何故今日でも翌日でもなく明後日なのだろうか。
「戻ってくれってのは家にって意味だ。考えたいことがある。時間が必要だ。悪いが明日は休みにしてくれ」
「………どうする、ボス?」
アッカドはガイウスに視線を移す。ガイウスは少し悩んでいたが、やがて顔を上げ、
「分かった」
承諾した。
「助かる。今日はここで解散だ。明後日またアグリクトに来てくれ」
「『アグリクト』?」
「午前いた施設の名前だ。言ってなかったか?」
「初めて聞いたわよ」
「それは失礼。とにかく、そういうことで頼む」
「了解。ところでこれ、どうしましょう」
ユーリィは借りている冬着を見ながら尋ねる。あくまで借りているのだ、返さねばならないと思っていたが、
「これからも必要になるだろうし、あんたらにあげよう。心配するな、借りているところには新しいのを配っておく」
「私たちがそっちを貰えば……どっちでも変わんないか。じゃあありがたく」
「そうしてくれ」
そう言った後ジーは、カカトカバネの死体に向き直った。三人もそれと反対方向を向く。
「ボス、血消してくれねえか」
「…『デストラクション』」
「流石だぜ」
そして、アッカドの返り血を隠した後、ほのかに暖まり始めた空気を感じながら、家に向かって歩き出した。




