第60話 巨体
「「デカい?」」
「デカい」
「具体的にはどのくらいなのかしら」
「成熟した個体の十倍ほどだな」
「デケェな!?」
「言ったろう、デカいと」
想像しやすいように地球にあるもので例えると、大型トラックほどの大きさである。デカい。
「身体中氷だらけでな、形がめちゃくちゃだった」
「こりゃあ骨が折れそうだなあ……まあいいか、とりあえず行こうぜ。十分あったまったろ」
標的を発見したのであれば、後は討伐するのみだ。それが彼らに託された役目だった。
「でも、外寒すぎるわよ」
「そこは安心するといい。この国には冬季がある。つまり、皆防寒具を持っている。街の人から借りよう」
「なんだか申し訳ないわね」
「気にするな。それ以上のことをしてもらっている」
「………してるのはアッカドとガイウスなんだけど……お言葉に甘えようかしら」
相変わらずの自尊心の低さを露わにしながらも、ユーリィは外に出る決心をしたようだ。
「ついでに男性陣の分も借りてくる。待っていてくれ」
「お、おう。……って、あんたはそれで大丈夫なのかーー!?」
アッカドがそう叫んだ頃には、ジーは既に空き家から飛び出していた。見た目通りのタフさを持ち合わせているのか、寒さには強いらしい。
この空き家はどこからか空気が漏れ出しているようで、いつまで経っても空気は暖まり切らなかった。三人はジーが戻ってくるまで、焚火の周りに集まって、静かに暖まっていた。
「戻った!」
「うわ!? は、早かったな」
「ああ、快く貸してくれた。ほら、これだ」
ジーは皮と羽毛で作られたリヴァイア特製の冬着を三人に手渡した。
「おー、これが」
「見てるだけで温いわね」
三人はすぐに身につけた。大きめだったので、もともと着ていた衣服の上からでも着用することができた。
「すげぇ……ぽかぽかだな…」
「温いわね……」
「………ふむ」
「感動したか? すごいだろう。長い年月を経てこの形にたどり着いた、言わば究極の冬着だ!」
「ええ、すごいわ……」
「うん、すげえわ……」
「ふむ……」
「………肯定されるのは少し恥ずかしいな」
少し談笑した後、四人は焚火を片付け、空き家を後にした。
「………こいつがデカいカカトカバネ…」
それは街のど真ん中だった。周囲には石製の住居が並び、街の人間が大勢見物に来ている。急激に気温が下がったせいか、辺りには霧が立ち込めていて、視界が悪かった。
魔物は堂々と居座っていた。その目は氷に覆われていて、平たい頭部や鱗に覆われた胴体、四足の脚から氷が突出していた。辺りが騒がしくなっても、動き出そうとする様子はない。
「寝てんのか?」
「そのようだな。今のうちにいろいろ調べてしまうのがいい」
「何歳なのかしら。こんなに大きいのは見たことがないわ」
「ふむ……そうか…数百歳ぐらいだろう」
「そんなに……って、ジーさん分かるの?」
「そんなんいいからさ、さっさと終わらせようぜ」
そう言うとアッカドは、カカトカバネの正面に立って拳を構えた。それを見た観衆は即座に距離を取り、ユーリィも同じようにカカトカバネから離れた。だが、何故かジーだけは動こうとしなかった。
「なにしてんだおっさん、危ねえぞー」
「まあ待て。こいつは殺さなくていい」
「はあ?」
突然の突拍子もない発言にユーリィとアッカドは眉をひそめ、観衆もざわつき始めた。
アッカドはジーのもとへ歩み寄り、詳細を尋ねる。
「どういうことだよ。仕留めんのが俺らの仕事だ。今回だって殺すためにきたんだろ?」
「そうだな」
「じゃあなんで殺さなくていいんだよ」
「事情が変わった。こいつはリーダーなんだ」
「何言ってんだ?」
ジーはカカトカバネのもとへ近づき、氷に触れながら話し始めた。ユーリィも話を聞くために、再びカカトカバネに近づいてきた。
「動物と魔物の違いは分かるか」
「ええ、魔法を使える個体がいるかいないかでしょ?」
「その通り。言い換えれば、知性があるものがいるかいないかだ」
この世界には、動物と魔物の両方が存在している。しかし、魔物は当然動物を餌とするので、動物は人間が管理しなければ暮らせない。すなわち、動物は魔物を掃討できるほどの力を保有している地域にしかいないということだ。具体例を挙げるならば、ゴッデスやスタンブルク、アトラスに強力な魔法使いが暮らす農村等である。
一方魔物は、魔法を使える個体が存在する。全個体が使える訳ではないという点が重要だ。実のところ、魔物と動物の区別はその一点のみで行われている。
あらゆる魔物において、魔法を使える優秀な知性を持ったものがリーダーとなり、群れを率いて生活するのが一般的だ。リーダーとは簡単になれるものではなく、つまり替えがきかない。それがいなくなれば、残された群れがどのような行動を取るか、人間には予測できないだろう。
「リヴァイアにいるカカトカバネの生息域は知っているか」
「……リヴァイアの森じゃないかしら」
「不正解だ。もっと広い。分かりやすく言うと、ゴッデスの森まで及ぶ」
「本当? ゴッデスにいた頃は見たことないけど」
「ゴッデスの人間が討伐したのだろう。強いからな。だが、重要なのはそこじゃない」
「あー、つまりどういうことだ?」
「リヴァイアにいるリーダーは非常に優秀だということだ」
ジーは、今度はカカトカバネを軽く殴りながら続きを話す。
「リヴァイアに存在する魔物はカカトカバネだけだと言ってもいい。他は全て喰い尽くされたのだろう。最近は見たことがない」
「そうなの? どうりで…」
「さて、弱い俺たちがそんな地域でどうやって暮らしてきたと思う?」
アッカドとユーリィは少し考え込んだが、少ししてユーリィがゆっくりと口を開いた。
「まさか、話し合って共生してきたの?」
「ほう、正解だ。やるな嬢さん」
「嘘よ、できっこない」
「できたんだ。彼は下手したら人間よりも賢い」
「俺もうついていけねえわ。後は頼んだ」
「任せなさい。……いつから?」
「数百年前から」
「具体的にはどうやって」
「ルールを定めた」
「どんな?」
「不可侵だ。領地を決めて、互いの領地を侵攻することはしないってな。アトラスの兵士が去った後、魔物の襲撃が極端に増えたと言ったが、その前まではそもそも無かったんだ」
「何故その時に言わなかったの」
「リヴァイアの弱みなんだ、簡単に部外者に言うわけにはいかない。魔物に屈しているということだからな」
「あっそう……というかそれ、アトラスの兵士がそのルールを破ったんじゃない?」
「かもな。だが、それで引くような奴らじゃない。原因は他にあると思っている」
「はあ………」
ユーリィは頭を抱えた。あまりに現実味のない話に頭が痛くなってきたが、聞くべきことはまだある。
「何故話す気になったの」
「それは……まだ話せないな」
「ここまで話しておいて?」
「ここからは信用の問題だ。あんたらには感謝してるが、それとこれはまた別の話になる」
「何よそれ……」
ユーリィは呆れながら額に手を当てた。
「とにかく、これがリーダーってことね?」
「そうだ」
「話し合いって、具体的にはどうやるの? カカトカバネが喋るのかしら」
「喋る」
「信じられない……」
「終わったか」
「ええ、終わったわ。……って、ガイウス?」
話しかけてきたのはアッカドではなく、ガイウスだった。
「何処にいたの」
「辺りを見回っていた。他にいないのかと思ったが、いなかった」
「そう」
ガイウスは辺りの見回りをしてくれたらしい。ここにいるのは本当にこの一匹だけのようだ。
「結局俺たちは何をすればいいんだよ」
「殺しちゃいかんが、流石にここにいられても困る。担いで動かすのを手伝ってくれ」
「おう、いいぜ」
「……無茶振りな気もしたんだが、いけるのか」
「一応ボスも手伝ってくれ」
「ああ」
アッカドに頼まれ、ガイウスはゆっくりと、警戒しながらカカトカバネに近づいた。また起きてしまわないか心配だったのだ。だが、もっと考えて行動すべきだった。どのみち既に近づいてしまっている。
「ゥ“ヴ………」
「あ………? おい、今のって……」
四人はゆっくりとカカトカバネの方へ振り向く。するとそこには、
「ゥ”ゥ“アアアアアアアア”ア“!!」
動き出したカカトカバネがいた。目の氷が剥がれ、瞳には狂気を宿している。ゆっくりと体を起こし、前脚で地面を叩いた。
「きゃっ!?」
地面が大きく揺れた。観衆は声を掛け合いながら避難を始めた。ジーはいまだにカカトカバネの近くでその巨体を見上げている。
「どうしたんだ…!?」
「フウウゥゥーーっ!」
「危ねえ!」
カカトカバネが大きく息を吐いた瞬間、辺りの空気が凍りついた。すんでのところでアッカドがジーを掴んで距離を取り、ユーリィも既にガイウスに抱えられ、幸いにも怪我人はいなかった。
「魔法か、厄介だな」
ガイウスとアッカドはジーとユーリィを離し、カカトカバネを観察する。ジーとユーリィも横に立ってカカトカバネに目を向ける。
「知性があるようには見えねえが?」
「どういうことだ……まさか本当に…?」
「考え事してる暇ないわよ!」
カカトカバネは既に四人に体を向けていた。その鋭い眼光は、ガイウスに向けられているように見えた。
「こうなったら放置は無理だ。悪いが仕留めるぜ…!!」




