第7話 家族
一日目
掃除をやらされた。それも家全体の。体は小さいし力は弱いしで時間がかかった。仮にも体は小さい女の子、しかも彼らの知り合いだというのに随分と酷いことをさせる。
だがお陰で家の構造を知ることができた。目覚めた部屋、厨房、広い部屋、後はあの三人それぞれの部屋と広めの風呂(石造り)、トイレがあった。家自体は大きな平屋で、四人で住むには結構広いと感じる。
晩飯は相変わらず美味しかった。今週はずっとこれが食べれるんだったな。この時間は幸せだ。
二日目
初めて家の外に出た。どうやら家は、森の中の開けた場所あるようだった。周りは木ばかりで、外側の様子は伺えない。『街』とやらが見えるかもと少し期待してたんだけど、残念だ。
やらされたのは、家から離れた場所にある小屋の掃除。中にはそれはもう大きな鳥がいた。高さは百七十センチメートルほど、長く黄色いクチバシを持っていて、初めてその姿をみたときは思わず思考停止してしまった。真っ白な羽毛はふわふわだった。『コモリドリ』と言うやつか?
鳥は俺を警戒しているようだった。流石動物、中身が違うってわかってるのかな...。
三日目
今日も家全体の掃除をやらされた。メリットなどない。ただただしんどかった。
それと、またすぐ行けるのかなと思っていたが、あれからエルリアの意識世界には行けていなかった。あの優しい感触が少しだけ癖になっていたのと、エルリアと話したいのでずっと行きたいと思っているのだが、そううまくはいかないようだった。
体が幼いからか、すぐ眠くなる。昼寝の時間はしっかりとってもらえた。悪魔なのか優しいのかわかんないな、この人たち。
四日目
今日は女性と大きな鳥の世話をした。世話と言っても、すぐ終わるものでもない。女性曰く、これから暑くなってくるから、羽毛を刈らないといけないんだとか。鳥なのに毛を刈るとは、おかしな話だと思う。
これまた時間がかかった。どうやら女性は羽毛を刈るのに慣れていないらしかった。
「いつもならガイウスがやってくれるんだけど、あの人、最近自室から出てこないのよ」
何をしているのだろう。掃除の時に場所は分かったのだが、実は入れてもらえなかった。チリチリ頭の男が一人で掃除していた。
羽毛を刈り終えると、女性は腰や肩を痛そうにしていた。俺は、主に鳥をなだめる係だった(あまり意味なかったけど)。この女性、やっぱり優しい。
五日目
今日も風呂とトイレの掃除をさせられた。掃除しすぎでは?
そういえばここにいる人達、自己紹介とかをしてくれない。名前もこっちが勝手に把握しているだけだ。優しい女性とチリチリ頭の男は俺のことを「エルちゃん」と呼んでいる。ガイウスはお前としか言わなかった。
まだこの世界に馴染めていない。ここに来て、六日ほど経ったのにだ。『コモリドリ』なんて大きな鳥がいるのだから、異世界であることに間違いはないはずだが、確証を得られていなかった。
自分はなぜこんなところに来たのだろう。何をすればいいのだろう。そんな疑問が、解決できないまま俺の脳に居座っていた。
六日目
今日は仕事はなかった。仕事っていうか家事だけど。ついているな。
さて、何をしよう。
と考えていると、
「…ん? ………あ……れ……」
突然睡魔に襲われた。疲れていたわけでもないのに。
この感覚は、もしや......。
目を開ける。視界にこの景色が広がるのは、これで三度目だ。
今回は、初めから目の前にいた。
「ひさしぶり、おにいちゃん」
「うん、久しぶり」
軽く挨拶を交わす。今回も落ち着いてるな。
「おにいちゃん、おしごとがんばってたね」
「うん、大変だったよ。…え、なんで知ってるの」
危うく流してしまうところだった。なんだって?なんで知ってる。
「ずっとみてたよ?」
「見てた? どこから」
「おにいちゃんから」
「………ん?」
一瞬意味がわからなかった。俺から、とはどういうことだ。
少し考えて、一つの結論にたどり着く。
......俺目線で見てたってことか?
この子もしかして、俺が起きてる時は一緒に起きてるのか? 表に出てこないだけで意識はあって、俺と同じ景色をずっと見ているということか?
本人に確認を取ろうとする。が、少女の方が早く口を開いた。
「まるで、かぞくみたいだった」
「…………家族?」
思わず聞き返してしまった。家族。それは、俺にとって最悪のものだ。あの人たちと俺が、家族だって? ふざけるな。冗談じゃない。
「…やめてくれよ、家族だなんて」
俺は冷静に言葉にする。家族なんかじゃない。俺からしてみれば、もっと…。
「でも、みんなたのしそうだったよ?」
「………みんな?」
『みんな』ってどういうことだ。ピンとこない。
「アッカドも、ユーリィも、楽しそうだったよ、お兄ちゃんと会話してて」
そうだったのか。確かにあの人たちとの時間は楽しかった。でも、それだけで家族とは...。
「私たちはね、『エゴイスト』で『復讐者』で『はぐれ者』なの。この世界には馴染めない。馴染まない。そんな私たちに、あなたは馴染んでいってるの」
...ん、なんだ? やけに難しい言葉を使う。喋り方も随分大人っぽい。一体どうしたのだろう。
少女は続ける。
「私はね、あなたと『家族』になりたい。家族になって、みんなと一緒に世界を変えて欲しい。でも気を付けて。貴方は『悪党』だから」
「さっきから何を言ってるんだ? どうしたんだよ。何が言いたいんだ」
少女の言っている意味がわからず必死に尋ねるが、少女はこちらの言葉に耳も貸さない。
「あなたはもう歯車にはまってしまった。長く停滞していた時代が、魔法が、世界が、大きく動き出す。あなたはそれを壊さなきゃいけない。みんなと、一緒に」
もう訳がわからない。
「何が言いたいんだ」
俺は少女を少しだけ威圧するかのように、強い声色で尋ねた。瞬間、
「……………え?」
周りが真っ白になっていた。花も、太陽も、暖かい風も、何もかもが無くなっていた。
「今大事なのは、あなたの心。あなたの判断。あなたの決意」
「………なんなんだよ」
「私達の、家族になってくれる?」
「………俺は…………」
ふと目が覚める。何か夢を見てたような気がするのだが、思い出そうとしても思い出せなかった。
そうだ、今は何時だろう。俺は外の様子を見るために、とりあえず厨房に向かった。
厨房に着き、洗面台によじ登って窓を開いた。外は真っ暗で、上空から淡い光が森の中に差し込んでいた。
夜だ。
家の明かりは廊下以外全て消され、厨房も廊下から光が漏れているだけで、他に明かりはなかった。
なんとなく夜風に当たりたくなって、玄関から外へ出た。誰かにバレるだろうが、その時はその時だ。
周りを見回す。周囲には頼れる明かりがなく、森の奥は吸い込まれそうなほど暗かった。とりあえず動きたいので、なんとなく家を一周する。
地面を見ながら歩いている途中、自分の後方からガサッと草木が揺れる音がした。とっさに振り向くと、少女が森の中へ走り去っていくのを目撃した。
その少女の長髪は美しい銀髪だった。
俺は考えるより先に、その後を追って森に入っていった。