第59話 西の街
「……へくちっ!」
「大丈夫かよ」
「ちょっと厳しいかも……なんでこんなに寒いのかしら」
出発して二時間が経過。ガイウス一行は目的地である西の街に到着した。
そこはかつて味わったほどのない寒さで、それを予期していなかったユーリィは寒さに耐えかねていた。男性陣は長袖を着ていたり、そもそも体が強かったりと大きな問題はないようで、今は石製の空き家の中で暖を取っている最中だ。
照明はなく、あるのは焚火の橙色に揺らめく光のみ。ユーリィはそのそばに座って「はあ……」と手を吐息で温め、アッカドがそれを壁に寄りかかって見守っていた。
ガイウスとジーは街に聞き込みに行っている。今は二人きりで、なんとも言えない空気感だった。
「お前って、ここら辺に故郷あるんだっけか」
「もっと遠いわよ。北の方、この辺からでも見えるあの高い山の麓」
「あの険しいやつの下か?」
「そう」
「遠いなあ……」
二人は一定の距離を保ったまま、下らない会話で間を繋ぐ。話の内容など気にせず、聴き込み中の二人が帰ってくるまでの時間をひたすらに潰す。
「お前んとこもここまで寒くはなかったのか?」
「それは季節によるけど、少なくともこの時期はあそこでもここまで寒くなかったわ。冬になるともっと寒いけど」
「おう、そうか…」
「冬服用意しておけばよかったわね。貴方は平気なの?」
「俺の心配はいらねえって。鳥肌すらたたねえぜ?」
そう言うとアッカドは短い袖をまくり、腕を肩まで出してユーリィに見せた。若干立っているように見えなくもない。
「見えないわよ、小さくて」
「そうか」
見えなかった。
「はあ……まあ、多少寒くてもアッカドなら平気なんでしょうね」
「そりゃな。わかってるじゃん」
「当然よ。三年も貴方のこと観察してきたんだから」
「…そうだな」
「体の調子はどう? 変なところない?」
「問題ねえよ。いつも助かる」
「初めていじった時は結構やらかしたわよね」
「『いじった』っつう言い方がよくねえよ。調整だろ、調整」
「あの時は好奇心旺盛でね、ちょっと遊んでたって言ったら怒る?」
「怒るわ! 痛いんだぞ!?」
「ふふ、アッカドってちょっと幼いわよね」
「同い年だろ……」
会話は思ったより弾んだ。どこか気が合うようで、自然と話題が出てきた。
しばらく会話が続いたが、二人はまだ帰ってこない。話題がなくなってしまったのか、次第に空間は静かになっていった。焚火には薪が焼べられ続け、その炎は逆に大きくなっている。
「…………ねえ」
ユーリィが俯いたままアッカド呼びかけた。
「なんだ」
「カルディアのこと、どう思う?」
「カルディア? それは……」
予期せぬ質問に一瞬だじろぐが、少ししてアッカドは、
「嫌いだな」
はっきりと言い切った。
「嫌いに決まってんだろ。立場上仕方ないとか、そういう話じゃねえ」
アッカドは眉をひそめ、焚火を強く睨んで語り続ける。
「殺しを働いたのは俺たちだ。それは違いねえ。でもあいつは、後ろめたそうな素振りも見せねえし、平気そうな顔してついてくる」
「連れてきてるのは私たちよ」
「そうだけど、そうじゃねえだろ。なんであいつはついて来れるんだ。俺たちが何も思わないと思ってんのか?」
「………そうね、貴方の言う通り」
ユーリィは顔を上げ、アッカドと同じように焚火を見つめ、しかしどこか悲しそうな目をして話す。
「何を考えてるのかしら。私たちはカルディアの力が欲しい、カルディアは国を守るための力が欲しいって言うから協力関係になったのに、国から連れ出されても何も言わないなんて」
「何も考えてねえんじゃねえか? 言われたことをこなしてただけなんだろうよ」
「かもしれないわね。はあ……カルディアと仲良くできる気がしないわ」
「アラタは何考えてんだろうな。普通に接してるが、なんも思わねえのかな」
「フレアもね。彼女も悩まされてたはずなのに。私たちがおかしいのかしら」
かなり溜まっていたようで、話題はどんどん広がっていった。だがそれは、決して盛り上がっているわけではない。
言いたいことを言い尽くした後、二人は黙ってしまった。聞こえるのは焚火の木が燃える音のみ。二人は激しく燃える炎を見つめていた。
「……本人のいないところであれこれ言っても仕方ないわね」
しばらくして、ユーリィが口を開いた。アッカドはその言葉に我に帰ったように返答する。
「陰口だったな、今の」
「言わないように気をつけましょう。言っても良いことないし。はあ……まだかしら」
ユーリィは何度も手を温めている。アッカドはそれが気になってきた。
「遅いな、二人」
アッカドは外の様子を窺うために扉を少し開ける。すると、
「ぅお!?」
「ちょ、寒い!」
氷のような空気が一気に流れ込んできた。アッカドは急いで扉を閉め、その直後、誰かが激しく扉をノックしてきた。
「タイミングが悪かったかな! 開けてくれーー!!」
「ジーさんか……!」
アッカドは、今度は勢いよく扉を開け、二人が入ってきたのを確認してから急いで扉を閉めた。
「どうしたんだ……!?」
「二人とも大丈夫!?」
ユーリィは立ち上がってジーとガイウスのそばに駆け寄った。二人とも服のあちこちが凍り、全身が小刻みに震えている。
「何があったんだ!」
「ハー、ハー、寒い、まずは温もりをくれないか…!」
「お、おう。ボスも大丈夫か?」
「問題ない」
「馬鹿言うな、身体中悴んでるだろう!」
ジーはガイウスを無理やり焚火のもとへ連れて行き、両手の平を火にかざして暖まり始めた。
「暖かい……心まで暖まるな」
「……そうだな」
「なんか可愛いわね。いい歳したおじさん二人がちぢこまって焚火にあたってるなんて」
「あんまそういうこと言うなよ、俺ついていけねえから」
少しして。
「よし、暖まった! 説明しよう」
ジーは高めのテンションで説明し始めた。
「実は魔物を見つけた」
「は? ……二人だけで行ったのか!? なんで呼んでくれなかったんだよ!?」
「それがな、昨日からずっと同じ場所で眠っていたらしいんだ。寝ているのなら様子だけ見てこようと思って行ってみたら、そのタイミングで起きた」
「何してんだよ……」
「いやあすまない。だが、住民が近づいてもなんの反応もなかったらしいんだ」
「じゃあなんで起きたのかしら?」
「分からん。俺にはガイウスに反応したように見えたが」
「そうなの?」
ユーリィはまだ焚火にあたり続けているガイウスに尋ねる。
「かもしれん」
「本人も同感なのね。ちなみに、この寒さはその魔物のせい?」
「そうだな、あれが起きた瞬間辺りが一気に冷え始めた。間違いないだろう」
「魔物ってなんだ? カカトカバネにそんな性質ねえだろ」
「いや、変わりなくカカトカバネだった。違いがあるとすれば……」
「「……すれば?」」
ジーは少し勿体ぶってから、笑顔で言い放った。
「尋常じゃなくデカいぞ」




