第58話 中心部
「アッカドさーん、こっち手伝ってくれー」
「任せろ!」
場所はリヴァイアの中央、商業ギルドが運営する交易施設。
リヴァイアは主に農作物を外国と貿易することで生計を立ててきたため、必然的に商業に関する団体が成長し、国の中心部もその団体が位置取った。その施設は、農家と八百屋や諸外国など、大きさ問わず様々な交易の仲介を担っていた。それだけでなく、その施設から直接農作物を購入することも可能で、建物の中は活気で溢れていた。
「必要がなければ国の中心部には行かない」と言った矢先にその商業ギルドから依頼が入り、報酬のうまさからガイウスたちはそれを受けることにした。
今はギルドの職員の雑務を手伝っている。内容は、主に書類の整理や建物の修理だった。建物は木製でかなり年季が入っており、雨が降ると雨漏りが酷いらしく、この機会に直して欲しいということだった。そちらはアッカドが担当し、ガイウスとユーリィはある一室で書類整理の手伝いをしていた。
「楽しそうね、アッカド。こっちはこんな地味な作業なのに」
「金が入る。文句を言うな」
「今すっごく悪者みたいだったわよ。『金が入る』って……初めて聞いたわよ、そんな台詞」
「事実だろう。お前は随分と愚痴が多いな」
「だってここ、なんだかジメジメしてるんだもの。暖房の入れ方が変なのよね。ガイウスは暑くないの? そんなに着込んで」
「暑い」
「脱げばいいのに……ああ、そういう訳にはいかないんだっけ。大変ね」
「他人事のように言うな。平気というわけではないんだからな」
ユーリィは額に汗をかきながら作業していた。それとは対照的に、ガイウスは汗をかくこともなく、迅速に作業していた。時折天井の向こうからするアッカドの声を聞くたびに、二人とも憂鬱になった。
「お疲れさん。本当に助かるよ」
突然扉が開き、体の大きな男が入ってきた。黒く長めの髪は一本に結われ、ところどころに白髪が混じっている。口の周りは髭が伸び放題で、腕や脚はとても太く胸板も厚く、白いシャツはパツパツだ。上から皮の上着を羽織ることで外見を繕っている。目の周りはシワだらけで、ユーリィたちよりも一回り年をとっているように見えた。
「貴方は疲れているようには見えないわね」
「鍛え方が違う。嬢さんも鍛えると良い」
「貴方みたいな巨漢に言われたらやる気失せるわ」
「褒め言葉として受け取っておく。進捗はどうだ?」
「順調だ。昼には終わる」
「本当か? すごいな、本来ならもっと大人数でやる作業なのに」
男はガイウスたちの手際の良さに感心した。机の上には書類が山のように積まれているが、ほとんどは既に目を通された後だ。
「さて、そんなあんたらに良い情報だ。昨日、西の街で魔物が出たらしい。またまたカカトカバネだそうだ」
「はあ……仕事が絶えないわね。西って、遠いのかしら?」
「遠い!」
「はあ……」
「嫌そうな顔をするな。俺は国の隅々まで見なきゃなんないんだ。手が足らないところにはあんたらに向かってもらうしかない」
「というか、貴方ってどういう役回りなのかしら? 今朝急に言われてこんな激務手伝わされて、こっちの苦労も考えてよ」
「はは、それは本当に申し訳ない」
ガイウスたちがリヴァイアに来て初めて会ったこの男は、リヴァイアの上層部の者らしい。証拠も雰囲気もないのでまだ半信半疑だ。
リヴァイアの重鎮と知り合えたことは幸運であったと同時に、不幸であったとも言えるだろう。依頼には困らないが、見事に目立ってしまった。
「もう少し経ったらまた呼びに来る。それまで頑張ってくれ」
「はいはい」
男は出ていった。状況確認とお知らせに来ただけのようだ。
「……はあ、憂鬱ね」
「お前は見かけによらず、地味な作業が苦手だな」
「地味というか、普通に楽しくないのよ。ガイウスは平気そうで良いわね」
「良いことを教えてやろう。この作業は俺にとっても苦痛だ。今までの書類整理のうち九割は俺がやった。この意味がわかるか」
「サボってるみたいな言い方やめてよ。一応やってるんだけど、難しくて進まないの」
「なら俺のやる気を削がないでくれ。終わらなくなるぞ」
「………それ、アッカドに言った方がいいんじゃないかしら」
「あいつはどうしようもないだろう」
「……それもそうね」
二人は黙々と作業を再開した。時折アッカドの声が聞こえてきて、その度に二人とも溜息をついた。
「さて、行くか!」
時は昼過ぎ、交易施設前。皆昼食を取り終え、これから西の街へ魔物退治に向かうところだ。男が三人を鼓舞するが、ガイウスとユーリィはげっそりとし、アッカドは謎に生き生きとしている。
「いやあ働いた! これからはもっと体動かせるんだろ? 最高だな!」
「元気そうね……こっちの苦労も知らないで」
「全くだ。気遣いというものを知らないのか」
「ボスに言われると申し訳なくなってくるな。悪い」
「私に失礼よそれ!」
「はっはっは! 仲がいいなあ、あんたら。その調子で頼む」
四人は西に向かって歩き出した。
街中は想像と違ってかなり賑わっていた。商売人の大声や人々の雑談の声で溢れ、子供連れの家族も見られた。背の低い木製の建造物が並び、地面に雑草は生えていない。
「随分と賑わってるのね。いつもこうなのかしら?」
ユーリィが男に尋ねた。男は前を向いたまま、声のトーンを少し落として答える。
「いや、今は特別だ。空元気みたいなもので、いつもはもっと暗い」
「そうなのね。どうしてかしら」
「アトラスの兵士が引いた」
「え?」
男は一度足を止める。後ろに続く三人も足を止め、男の話に耳を傾けた。
「三年前のオーランド戦争で、リヴァイアがアトラスに取られたことは知っているか」
「ああ。衝撃的だった」
「ゴッデスの人間からしたらそうだろうな。それからはアトラスの兵士がずっと街にいたんだが、二ヶ月ほど前にいなくなった」
「何故だ」
「詳しくは分からない。だが、それから魔物の襲撃が極端に増えた。場所によっては、自衛の術がなくてここまで避難してきた奴もいる。原因不明の寒さだって厳しい」
「結構深刻なのね」
「ああ。しかも、最近森の南西が誰かに荒らされてるらしいじゃないか。それもかなりの規模で。不安の種は増えるばかりだ」
「…………」
三人は表情に出さないよう心がけた。どう考えても狼たちのことだ。少し申し訳なくなったが、彼らのことを伝えるわけにはいかないので、何も言わなかった。
男は体を後ろに向け、三人を見ながら話す。
「でもな、魔物なんかには負けてられない。この大地から離れるつもりもない。だから領主サマが民を鼓舞して、雰囲気だけでも良くしてる」
男の顔が真剣になり、訴えるように話し始めた。
「そこにあんたらみたいな強い奴が来たら、頼るしかない。うちに強い魔法使いはいないからな。だからどうか、一時でいいから力を貸してほしい」
そう言って男は頭を下げた。三人は少しの間男の後頭部を見つめていたが、
「金を貰えるならなんでもいい。好きに使え」
ガイウスがそう言った。やはりどこか優しさが滲んでいて、それを聞いた男は顔を上げ、
「ありがとう!」
率直に感謝を述べた。
「さあ、行こう! あんたらの活躍、楽しみにしてるぞ!」
男は威勢よく歩き始めた。三人は少し微笑み、その後ろをついて行った。
「ちなみにどれくらいで着くのかしら?」
「ニ時間ほどだ」
「遠い……」
「ゴッデスと違って中心地が極端に栄えているわけじゃないからな」
「あっそう……そうだ、貴方の名前、まだ聞いてないんだけど」
「名前? 言えない!」
「どうして」
「理由も秘密だ。俺のことは『ジー』とでも呼んでくれ」
「分かった、ジーさんね」
「物分かりが早くて助かる」
四人は徒歩で西の街へ向かった。道程は不自然なほど平和だった。




