第56話 リヴァイアの街の朝
「……ぅん」
目が覚める。いつもと違う空気に若干戸惑いながら体を起こす。立ち上がってカーテンをほんの少しだけ開き、外を見る。
(眩しいな)
朝だ。山々の間から朝日が顔を出しているのが見えた。早起きできたらしいが、早すぎたな。暇を持て余してしまいそうだ。
もう一度眠ろうかとも思ったが、それでは昼頃まで寝てしまうかもしれないし、コラブルたちに迷惑をかけたくないのでやめておいた。
ベッドを見ると、コラブルがいびきをかきながら寝ていた。寝る時はそこまで煩くなかったんだが、どうしてこうなるのか。アッカドの姿はない。もう出たのか?
ゆっくりと階段を降りて一階の様子を確認する。するとそこには、支度をしているガイウス、アッカド、ユーリィの三人がいた。
「おはようございます」
「あら、おはよう。今日は早いのね」
「目が覚めちゃいまして…もう出るんですか?」
「ああ。休んでいる暇はない」
「無理はしないでくださいね、ガイウス」
大変そうだ。手伝えればいいんだが、そういう訳にもいかない。もどかしい。
「クレイは?」
「今日は休むってよ。腰が痛えんだとかで」
「なるほど…」
「あ、そうだ。アラタ君、荷物入れておいてくれない? いつ帰れるか分からないから」
「はい、やっておきます」
「それじゃあ行ってくるわね」
「いってらっしゃい」
三人はもう出発してしまった。朝ご飯は作っておいてくれたみたいだ。…しまった、昼飯お願いするのを忘れていた。…自分で作ってみるか。でもその前に。
俺は一階の電気を付け、玄関の扉を外の様子を窺いながら開けた。
「……美味いな」
一番に感じたのは、空気の美味しさだった。
当然だが、ゴッデスとは景観がまるで違っていた。道は整備されておらず、地面は土のまま、そこら中に雑草が生えていた。建物も全て石製で、点在していてまとまりがなく、一つ一つが小さかった。こうして見ると俺たちが借りたこの家が一番大きい。ガイウスたちの頑張りが感じられて嬉しくなってきた。
人通りはなく、活気は感じられない。だが悪い印象は受けなかった。鋭い朝の光が街に注ぎ込み、石の壁や雑草の葉を照らしていた。田舎って感じで素敵だ。個人的にはゴッデスより好きかもしれない。
遠くには険しい山脈があり、その手前には畑が広がっていた。
深く息をすると、程よく冷えた空気が鼻の奥を通り抜けた。俺はそれを何度も繰り返した。
「あら、貴方、ガイウスさんのお連れ?」
「へ!?」
俺は急いで扉を閉めた。
ここの住人だ。もう起きてる人がいるのか…いや、当然だ。ガイウスたちはもう出たんだし。見られた? でも驚いてはなかったから、誰かいるのが分かっただけか。…そうだよな?
俺は玄関の扉に耳を当て、耳をすました。
「あのー、どうかされました?」
扉の前にいる。姿を見られた訳ではないようだ。よかった。いい感じに取り繕っておこう。
「いえ、すいません。髪とか整えてないので」
「あら、ふふ、この街で容姿を気にする人はいませんよ。ゴッデスの方は大変ですね」
「ええ、本当に」
気さくな女性だ。話しやすい。
リヴァイアってゴッデスと同盟関係だったんだよな。だからゴッデスの人間にも親しげなのか。でも確かアトラスが攻めて、奪ったんじゃないっけ。それにしては平和だな。
「以前お世話になったので、こちら、我が家特製のサンドウィッチです。朝ご飯に召し上がってください」
「あ、ありがとうございます。扉の前に置いておいてください。今は恥ずかしいので」
「はい。美味しいですよ。独り占めしないでくださいね」
「はい、きっと」
俺は女性が去っていくのを音で確認してから、ゆっくりと玄関の扉を開き、サンドウィッチが入ったカゴだけを迅速に回収し、すぐに扉を閉めた。カゴの中身を確認すると、そこには女性が言った通り、美味しそうなサンドウィッチが入れられていた。挟まれているのは野菜に果物のようだ。果物……大好きなのにあまり食べれてなかったんだ。斬新だが食欲をそそる。
「あれ、もう起きてたんだ。今日は随分と早起きだね」
階段から声がした。俺は顔を上げ階段に目を移す。
「カルディアこそ早いな」
「今日は早めに行こうと思っててね。うん、君がもう起きてるのは都合がいい」
そう言うとカルディアは灰色のローブを着て、洗面台に向かい顔を洗いはじめた。俺はカゴをテーブルの上に置き、椅子に腰掛け中身を取り出す。
「朝ご飯分けてもらったんだ。食べよう」
「ほう、いいねえ。ゴッデスよりは間違いなく美味しいだろうからね」
俺たちだけ食べたら怒られそうだし、コラブルたちも起こしてくるか。
俺は取り出したサンドウィッチをカゴの中に戻し、再び二階の俺たちが使った寝室へ向かった。中に入ると、気持ちよさそうに足を大きく広げて眠っているコラブルがいた。
「コラブルー。起きろー」
「ぅうーん…もう食べれないっす…」
「何言ってんだ、これから食べるんだよ」
俺はコラブルの頬をペチペチ叩いた。だがなかなか起きない。こうなったら…。
「起きろー!」
俺はコラブルの耳元で叫んだ。
「ぅわあああななななんすか!?」
「朝ご飯。一階降りてこい」
「うう……もっと寝てたかったっす…」
「まあそう言うなって」
俺はコラブルの体を起こし、後はコラブル自身に任せて、次に俺たちの寝室の向かいにある扉をノックした。
「フレアー、起きてるかー」
「……ああ、起きてるぞー」
なんだ、起きてたのか。
「街の人が朝ご飯分けてくれたんだ。一緒に食べよう」
「分かった、今行く」
二人を呼んだ後俺は一足先に一階へ戻り、カルディアに混ざって朝食をとり始めた。少しした後にコラブルとフレアが二階から降りてきて、四人で朝食を取った。
「他の皆さんはもう出たんすか…?」
「ああ、早いよな」
「やっぱり美味しいね、これ」
「っすね…絶品っす」
ゴッデスで食べたものよりも新鮮でみずみずしい。良いものを分けてもらった。いつかお礼したいな。…でも、そもそもこれがお礼なんだっけ。無限ループに陥りそうだ。
朝食を取り終わった後。
「そうだ、ユーリィたちに荷物入れといてって頼まれたんだ。手伝ってくれ」
「うっす…」
「分かった」
「僕も?」
「カルディアも」
「分かったよ」
四人で協力して、馬車にある食料や衣服を家の中へ運んだ。量はあまりなかったのですぐに終わったが、ここには冷蔵庫がないらしい。そっちの方が自然ではあるし、最近は冷えるから必要ないのかもしれない。
クレイがブラックの馬車で寝ていたが、いつも疲れている様子だったので、起こさないように気をつけた。ブラックが好きなのだろうか。ちなみにブラックとシルフィーは起きていた。軽く朝の挨拶を交わして、それ以上の会話はなかった。
「やることは終わったのかな?」
「ああ、終わったけど」
「じゃあ行くよ」
カルディアが他三人に呼びかけた。
「もう?」
「昨日やってみて、時間は多くあった方がいいって分かったからね。その分キツくなるだろうけど、仕方ないよね」
まじか。ならアッカドが作り置きしてくれたのを昼飯として持っていくか。あれも美味しそうだった。
「でもこれ、よく考えたら結局留守番必要だよね」
「まあ確かに。でも今日はクレイがやってくれると思う」
「それは助かる。エルリアちゃんにも早めに中に入ってもらおうか。君、二人を運んでくれない?」
「分かった」
俺は外の馬車の中で寝ているクレイとシルフィーに寄り掛かって寝ているエルリアを同時に担いで、家の中の寝室へ運んだ。
「行くよー」
「眠いっす…」
「あんまあくびすんなよ。こっちも眠くなってくるから」
「頑張るっす…」
俺たちは家を出て、もはや演習場として定着しつつある広場へ向かって歩き出した。道中人に見られないように白いマントを羽織っていった。またこのマントのお世話になるとは、なんだか感慨深い。
「………っ」
ふと横を見ると、フレアがマントの端をギュッと握りしめていた。
「フレア、どうかしたのか?」
「…これには思い入れがある。それだけだ」
「そっか」
落ち込んでしまった訳ではないようだ。いつも不安定だから安心した。
「昼ご飯持ってきたっすか?」
「持ってきたよ。ほら、これ。いただいたカゴを再利用してみた」
「それって貰い物なんすかね」
「……返さなきゃな」
森に入り、いつものように雑談を交わしながら、ゴッデスとは全く違う新鮮な空気に浸りながら足を動かした。一昨日から吸っている空気だが、一度街へ入ると全く別のもののように思えた。
こんないい日が毎日続いてくれればいいのに、と心の底から思った。死体に襲われるとかもうごめんだ。




