第55話 夜なので寝る
「あ、アラタ。違えぞ。変なことじゃなくてだな」
「反応がバレた時のそれなんですけど!?」
「いやぁぁぁぁぁぁ…………」
ユーリィは真っ赤になった顔を両手で押さえ、アッカドは座ったままひたすら弁明してきた。話を聞こう。
「何してたんですか」
「………刻印だよ」
「刻印?」
「調整してたのっ!!」
「落ち着いてくださいよ」
ユーリィがとても可愛くなっている。恥じらう姿を見たのは初めてだ。よく見ると右手に先の尖ったペンのような物が握られている。嘘ではないらしい。
「何故パンツ一丁? ユーリィもなんでそんな薄着なんです?」
「私は上着脱いだだけよ、邪魔だったから。アッカドは全身に刻印あるからこうなっちゃうの」
「寒そうですね」
「「寒い」」
「そうですか」
よかった。如何わしいことではなかった。アッカドって全身に刻印彫ってたのか。初耳だ。見たことはない。
「アラタ君こそ何してるのよ…服着てないじゃない」
「ああ、すぐそこの川で体を洗ってまして」
「なんでだ?」
「血がついちゃいまして」
「血……」
「穏やかじゃねえなあ……」
おっしゃる通り、最近は穏やかじゃないんです。
「流石に狼でも全裸は見苦しいですかね…?」
「いーや」
「全然」
「そうですか」
よかった。
そういえば、あの台詞は何だったんだ? 我慢してとかむちゃとか。
「何を我慢するんですか?」
「聞こえてたの…?」
ユーリィは右手握っているものでアッカドの背中をなぞった。
「いって!」
「『我慢して』。……こういうことよ」
「痛いんですね。血出てるじゃないですか」
「そりゃな。彫ってんだから」
「傷痕残ったりしないんですか?」
「そこは私の腕次第ね。たまに残っちゃうけど、目に見える場所には残さないように配慮してるわ。ほら、こうやって」
ユーリィは左の手のひらをアッカドの背中にピタっと当てた。そして手を離すと、ついさっきできた傷がなくなっていた。痕も見当たらない。
「治しながら彫るんですか」
「そうよ」
「それって意味あるんですか? 刻印って文字を残すのが大事なんじゃ…」
「違うわよ」
ユーリィは左手をアッカドの背中から離し、俺に体を向けて話す。
「魔力を文字の形で残すのが大事なの。要は魔力を刻み込めば十分ってこと」
「でも、建物とかは文字隠されてないですよね」
「いいえ、隠されてるわよ。アラタ君が見たのが隠れてなかっただけで。檻とかはあえて隠さないと思うけど」
なるほど。檻の場合、この檻は頑丈ですよって知らせるために隠さないのか。世界の頂上はそもそも隠せないだろうし。
「……あれ、でもガイウスの通信の刻印は、普段は見えませんけど、使うときは光りますよね」
「そうね。人体に彫られるのって常時効果を発揮するものじゃないから、使うときは光っちゃうの。建物の様にはいかないわ」
詳しいなユーリィ。やはり刻印に精通しているらしい。常時発動しないってことは、人体に彫られているのは全部オンオフを切り替えるものなのか。
「アッカドに彫られてるのは何の刻印なんですか?」
「それは……言っていいの?」
「あー、今はダメだ。その時が来たら見せる」
「………? なら今は聞かないでおきますけど…」
アッカドがそう言うと期待してしまうな。やはり戦闘に関するものなのだろうか。もっと強くなったアッカドとか考えたくない。
「とりあえず今は退席してくれない? なんだか恥ずかしいし」
「あ、はい。その、声を抑えていただけると」
「だそうよ、アッカド」
「頑張るわ」
俺はその場から離れて再び川に向かった。
あの二人、できてるのかな。仲良いんだよなあ。気になる…気になる! 明日聞いてみようかな……。
そんなことを考えながら、俺は川で水浴びを再開した。
「……危なかったわね」
「含ませんなよ。変なことしてねえだろ」
「何よ、ちょっとしたノリでしょ? 少しぐらい付き合ってくれてもいいのに」
「いって!!」
「我慢して。あとパンツ脱いで。前そこらへんやらなかったでしょ」
「…………」
「早く」
「……恥ずかしいんだぞ?」
「私の方が恥ずかしいから。早く」
「わあったよ…恥ずかしがる割に冷めてんだよなあ…」
「立って」
「おう……いって!?」
「我慢してってば……」
「……やっと戻ってきたか」
「すいません。楽しくなっちゃって」
「アッカドが混ざるからよ」
「楽しかったぜ」
俺が水遊びに夢中になっている途中、アッカドが混ざってきた。そのせいで水遊びが激化し、楽しい時間を過ごしてしまった。ちなみに濡れた体や服は俺の炎魔法で乾かした。いやあ本当に便利。
「もう行くんですか?」
「ああ。街の人々はもう寝ているだろう」
「早寝なんですね」
馬車は既に移動の準備を終えている。残り二日分の食料が積まれた方はシルフィーが、移動時に俺たちが乗る方はブラックが引いている。今に限っては俺たちも流石に歩いて行く。お世話になるのは国から国への移動の時だけだ。俺は歩いても疲れないんだけど、ブラックの厚意で乗せてもらっている。
「行くぞ」
「はい」
俺たちは静かに移動を開始した。クレイとコラブルは何回もあくびをしていたし、エルリアはガイウスの背で寝ていたしで釣られて眠くなったが、頑張って脚を動かした。
特別快適な場所は期待していないが、寝心地がいいことを望む。ベッドがあればコラブルたちも苦労しないだろうし。コラブルのあの表情はもう見たくない。
「……あれ、フレア、服変えたのか」
「ああ。ガイウスが調達してくれた」
「似合ってるな」
「そうかな。自分ではよく分からない」
ユーリィの黒い服に比べれば、今着ている白い服の方が色合いがいい。寒くなさそうだし、戦いやすそうだ。
「どれくらいで着くんですか?」
「二、三十分ほどかかる」
長いとも短いとも言えない。そんなもんか。これ以上話すこともないし、黙って歩こう。
「ここだ」
「おぉ……」
思ったより大きかった。石製の二階建て。外に馬車を置けるスペースもある。なんて優良物件なんだ。ここを一時だが貸してもらえるとは。ガイウスたちは余程頑張ったらしい。
俺が真っ先に中に入った。少し埃っぽいが、野宿に比べれば快適だ。二階に寝室が二つあり、それぞれの部屋に大きなベッドがあった。俺が床で寝ると考えれば、どっちかはコラブルとアッカド二人で使えるだろう。
「シャワーはあるのかしら」
「あるみたいだね。やったね、やっと体洗えるよ」
ユーリィとカルディアは真っ先にそこを気にするか。流石というかなんというか、川で洗えばよかったのに。ユーリィたちには寒すぎるのかな。
いや待て、ライフラインまで整っているだと…? そこら辺も魔法で色々できるのか。純粋に凄い。
「荷物は明日移す。今日はもう寝るぞ」
「はい」
思った通り、二つのベッドのうち一つはコラブルたちが使えたようだ。アッカドがコラブルの寝相で苦しんでいたが、そこは俺の関与するところではない。ガイウスとエルリアはシルフィーのところで寝た。というかあの二人はそこでしか寝ないので、以降説明は不要だろう。俺の説明も要らないだろう。ゴッデスよりひんやりしてて気持ちよかった。
明日もおそらくカルディアの特訓だ。昼飯を忘れないようにしよう。




