第53話 骸焼く炎
「ア“ア”ア“ァァァァ!」
カカトカバネは再び咆哮を上げ、一斉に襲いかかってきた。フレアは剣を構え、炎は曖昧な輪郭で剣を形作った。
「しゃがめアラタ」
「えーーー」
そう言うとフレアは思い切り体を回転させ、剣状の炎で周囲のカカトカバネを燃やし尽くした。高熱を感じてから即座に身を全力で屈めたため、頬についた血が固まり、毛も一部焦げてしまった。俺は炎で吹き飛ばされたカカトカバネを目で追った。
まる焦げだ。水晶がなくなり、およそ半数の体はボロボロに崩れてしまっている。
これが業火の魔眼。一度見たことはあるが、改めて見ると火力が馬鹿げている。水晶を消し去るってどういうことだ。
「あと半分…すまない、やはり支援は不要だ。アラタは離れていてくれ」
俺はフレアの言うことに大人しく従った。巻き添え食らったら多分死ぬ。何よりフレアの邪魔をしてはいけない。ここは不測の事態に備えて後ろで構えておこう。
俺はゆっくりと後退した。背後にはカカトカバネの燃えかすしかなかった。残りは全てフレアの視線の先にいるが…気のせいだろうか、全個体がフレアをロックオンしているように見える。
「ア“ア”!」
一匹のカカトカバネが短く叫んだあと、全体が一斉に走り出した。さっきと比べて統率が取れている。押し退けあっていないし、三手に分かれ再び包囲網を形成しようとしている。
状況が変化している。嫌な予感がするな…しっかり見ておこう。
カカトカバネは三方向から一斉にフレアに飛びかかった。フレアは屈んで二体の攻撃を避け、その動作と同時に一体を脳天から切り裂いた。血は飛び散る前に高熱で固まり、切り裂かれた体はのたうち回り、やがて大人しくなった。またもや水晶は炎に燃やされなくなった。
俺がその一連の流れを眺めているうちに、フレアの状況は激化していた。
大量のカカトカバネたちがフレアに襲いかかる。フレアはその全てを躱すか反撃するかでさばき、次第に地面に転がる焼死体の量が増え、焦げ臭い臭いが辺りに充満していった。燃えた全ての水晶は消えて無くなり、水晶を失ったカカトカバネの動きはピタリと止まった。
俺は見惚れていた。フレアの動きはあまりに整っていて無駄がなく、美しかった。傷を負うことはなく体や服を汚すこともなく、確実に敵を減らしていった。
だが、それと同時にカカトカバネたちの統率力も高まっている。まばらで短調だった攻撃にリズムが生まれ始め、フレアの動作も激しくなっていった。とうとう服を血で汚し、フレアの表情はますます怒りに染まっているように見える。
「……!? フレア、来るぞ!」
森の奥からさらに多くの足音がした。音だけでなく、地面も揺れている。アッカドたちもカカトカバネを討伐していると言っていた。まさか……。
「グア“ア”ァァァァァァァァ!!!」
「多っ!!?」
俺たちが倒した数十倍の数のカカトカバネたちが走ってきていた。木を避けることはせず、ただただ直進してきている。大半は頭が既になかった。アッカドがやったのだろう。先頭にいる多くは木に激突し、木を砕きながら自分も砕けていった。
わざとだ。わざと木にぶつかっている。そうして道を作っているんだ。後ろには数え切れないほどの同胞がいる。全個体が一つの意識を共有しているかのように連携が取れていた。
「ア“ア”!」
先頭にいたほとんどが玉砕した後、先導の役割を受け継いだ一匹が短く叫んだ。それと同時に思い切り跳躍し、木々を超える高さまで跳んだかと思うと、後ろについてきている大量のカカトカバネたちも一斉に跳び、巨大な波を作り出した。跳ぶ時の衝撃で地面が揺れ、地響きが辺りに響き渡る。
言葉が出ない。野生の生き物にこんなことできるはずがない。流石にまずい……!!
「逃げろフレア!!」
俺は必死に叫ぶ。だがフレアは深く呼吸をして、俺の声を無視しているようだった。剣を後頭部で構え、顔に力がこもっている。
「『フェイト・ストライク』……!」
呪文を唱えた瞬間、フレアの剣の炎が森を大きく突き出し、カカトカバネの波よりも大きくなった。高熱が離れたここまで伝わってくる。フレアの表情も苦しそうだが、真っ赤に燃える瞳でカカトカバネの波をはっきりと捉えていた。
俺はまた言葉を失った。突然の戦いが大きくなりすぎだ。昨日の敵襲にも劣らない。
カカトカバネの波の先頭が降下し始めたタイミングで、フレアは巨大な炎の剣を波の上から思い切り地面に叩きつけた。
轟音が鳴り響く。巨大な炎はカカトカバネの波を丸々焼き尽くした。ついでに多くの木々も巻き添えになり、森には新たに大きな火傷ができてしまった。
「……すげえ」
信じられない。あの数を一瞬で一掃してしまうなんて。業火の魔眼の本領を見た。これが最上位の魔法か。
「ハァ、ハァ、ハァ」
「フレア」
俺は膝から崩れ落ちたフレアのもとへ駆け寄った。周囲にカカトカバネは既にいなかった。波のはるか後方には炎から逃れたカカトカバネがいたはずだが、襲ってくることはせずに立ち去ったようだ。
「悪い、こんな大変なことになるなんて。怪我はないか?」
そう言いながら肩に手をかけようとした瞬間、
「!?」
フレアはそれを慌てて避けた。なんだ、もしや怪我を負ったのか?
「どっか痛いのか?」
「あ、いや……大丈夫だ。怪我は負っていない。カカトカバネは?」
「もういないよ」
「そうか。だが…………やりすぎたな」
そう言ってフレアは木々が焼けた跡を見つめた。焼け跡は直線状に広がり、その中で生きていた植物はみな灰になってしまった。他の木々に飛び火することはなかったが、辺りは暑く、煙たく、焦げ臭い。魔物の肉が焼けた悪臭も遠くから漂ってきた。これは流石に街の人にバレるだろう。
フレア、やけに声のトーンが低いな。無理をさせてしまったらしい。
「一度戻ろう。さ、フレア」
「あ、ああ」
「……フレア?」
フレアは立ち上がろうとするが、脚が命令を聞かないらしい。小刻みに震え、それ以上動こうとしない。短い戦闘だったが、かなり堪えたようだ。
「……ほい、フレア」
俺はフレアの前で屈んで背中を差し出した。
「……なんだ、それは」
「おんぶだよ。立てないんだろ」
「そんな必要はーーー」
フレアは再び立ち上がろうとするが、その様子はさっきと変わらない。こうなったら…。
「な、お、おい」
俺は動かないフレアを無理やり背負った。抵抗してきたが、どうということはなかった。脚だけでなく全身に力が入らないらしい。
「よいしょ」
ゆっくりと立ち上がる。軽いな。俺が力持ちなだけか。
次に闇魔法が張られた木の裏へ向かい、コラブルたちに戦闘が終わったことを伝える。
「コラブルー、終わったぞ」
すると闇魔法はスッと消え、中から手遊びをしているコラブルとカルディアが出てきた。
「……何してんだ?」
「『国合わせ』っすよ。互いにそれぞれの指に好きな国を割り当てて、同じ国が割り当てられた指先を合わせるんす。七つ全部合わせられたらすごいっすね」
「もう三回ほど攣った。二度とやるものか!」
「えー。アラタも今度やるっす。楽しいっすよ」
「おう、今度な」
俺は誘いを軽くいなし、二人を立ち上がらせた。
「カカトカバネ持ち帰れないかな」
「うーん、あれだけ焼けてるんじゃねえ、持って帰ったところでたかが知れてるよ」
「そうか……」
水晶も全て消えてしまった。できることは何もないか。今日は一度馬車に戻ろう。
俺たちは馬車に向かって歩き出した。
「いいなーフレア。僕も背負ってくれない?」
「…………」
「流石に無理だって。場所がない」
「オイラの背中、空いてるっすよ」
「臭そう」
「くさ……っ!!?」
「ひっでぇ」
「というかオイラ達森壊しすぎじゃないっすか?」
「言うな。気にしてんだから」
雰囲気は襲われる前のものに戻った。
フレアだけは、表情が暗いままだった。




