第52話 骸
「君、嗅覚鋭いとかないの?」
「多少あるけど、特別優れてはないな。自分でも変だとは思うんだけどね」
「あったところでオイラは見つけられないと思うっす」
「お前…いつかギャフンと言わせてやるからな」
「ギャフン!」
「言うと思ったわ」
「ところでギャフンってなんすか」
「知らないで乗っかったの? 天才の域じゃん……」
帰り道は昨日に比べて会話があった。コラブルのおかげだ。話題を振ってくれるし、フレアにもたまに話しかけてくれている。こいつこんなにできる奴だったのか。見習わないとな。
「なあアラタ」
「なんだ?」
フレアが小さい声で話しかけてきた。カルディアとコラブルには聞かれたくないみたいだ。俺も小さな声で返事を返した。
「カカトカバネの死体…放置したままだったと思うんだが、大丈夫だろうか?」
「ああ、それか…自然の中ならよくあることだろうし、勝手に土に還ると思うよ」
「そうか……よかった」
真面目。堅いと感じる時も稀にあるが、基本は長所として捉えている。
こうして改めて見ると、みんな良いところがある。カルディアだって、根底から出る行動ではないかもしれないが、面倒見がいい。俺にはあるだろうか。自分では思い当たらない。
「………ァ………」
……ん? なんだ今の声。
「今誰か変な声上げなかった?」
「なんすか急に。気のせいっすよ」
「そう……?」
「疲れてるんじゃないかな」
「うーん、かもな」
今日は初日だし、厳しかったし、気が参ってるんだろう。気にしないでおくか。
「……ァァ“…………」
「…………」
疲れている? そんな訳がない。俺は精霊だ。疲労を感じることはないし、体のどこかに不具合を起こすこともない。
何かいる。
感覚を研ぎ澄ます。周囲から聞こえる音、風の動きを敏感に感じとる。ああ、いる。身を隠すつもりがないらしい。後ろだ。後ろから足音がする。それも大勢の。またカカトカバネか。
「みんな、後ろから来てる」
「ああ」
フレアは既に気付いていたらしい。そりゃそうか、俺にも分かるんだから。
全員足を止め、後ろを向いて戦闘態勢に入る。コラブルはカルディアを連れて木の裏に入り、闇魔法で自分とカルディアの身を隠した。フレアは剣を抜き、俺は全身を強化して構えた。
「だが…なんだ? 随分と荒い」
「荒い?」
「ああ。さっきの奴らでさえ奇襲してきたのに、こいつらは特攻ときた」
「……変だな」
足音が段々大きくなってきた。もうすぐそこだ。日はまだ落ち切っていないが、木々が邪魔で周囲には死角が多い。
左方の木の陰から飛びかかってきた。俺はそれを殴り返そうとするが、
「ーーー!!?」
咄嗟に避けてしまった。想定外の出来事に足がよろけてしまい、二、三歩下がった後に転びそうになったのを足を踏ん張って耐え、襲ってきた奴に目を移す。
なんだこれ。なんだよこれは。
「なんで顔がないんだ………!?」
「よそ見するなアラタ!」
俺はフレアの言葉で我に帰り、再び身構えた。
既に囲まれている。だが、どれも傷ついていた。いや、傷というレベルではない。頭が割れて脳味噌が飛び出していたり、剣を突き刺された痕があったりしている。いずれも致命傷のはずだ。はずなのに。
「なんで動いてんだ……!!」
「こいつら…昼戦った奴らか?」
カカトカバネたちの傷跡には見覚えがあった。間違いない。フレアの言う通り、このカカトカバネたちは俺たちが隠れん坊中に片付けた奴らだ。
「やり損ねたのか!?」
「そんな訳がない! 手応えはあった!」
「じゃあ……」
生命力が異常に高いのか、頭はフェイクなのか……違う。どれも違う。脳味噌が飛び出ている物を生きているだなんて言えない。
まさか。
「死体が動いてるってことか!?」
こいつらは間違いなく死んでいる。およそ半数のカカトカバネの顔はぐちゃぐちゃになっていた。俺が叩き潰したからだ。
「とにかくやるぞ!」
「わ、分かった!」
俺たちは再びカカトカバネの攻撃を待つことなく殲滅を開始した。だが、今回は一筋縄ではいかないようだ。
動きが異常に速い。複雑な動きはしてこない。ほとんどがただの突進だったが、威力がおかしい。
「ぅわっ!!?」
カカトカバネが突然、今度は正面から飛びかかってきた。俺はそれをなんとか避けたが、その勢いで背中から転んでしまい、カカトカバネが俺の後ろにあった木に激突したのが見えた。木は激突の勢いで割れて倒れてしまった。
「マジか!?」
「避けろアラタ!」
「………!」
俺は倒れていく木に目を奪われ、再び突進してくるカカトカバネが見えていなかった。フレアの迅速な警告のお陰で食らう前に気づくことができ、足を蹴り上げ両手で地面を強く押し、倒立の体制で跳ねてすんでのところで避けた。カカトカバネは再び木に衝突し、一度大人しくなった。俺はそのまま足で着地し、再び周囲を見渡した。
ゾンビ映画とかでたまに見る、死んでいるが故の馬鹿力か。壊れてしまったのは木だけでなく激突したカカトカバネの方もだった。既に潰れていた頭がどこかに飛んでいってしまっている。
何が原因だ。一番に思いつくのは、こいつらが本来持ち合わせていない、皮膚から突き出している氷。
「『エンチャント:フレイム』!」
俺は即座に全身を燃やした。片っ端から怪しい部分を潰していくしかない。氷を溶かすなら炎の方がやりやすいはずだ。
「ア“ア”ァァァァ!!!」
顔のないカカトカバネの喉の奥から放たれる咆哮が森に響き渡った。瞬間、全てのカカトカバネが一斉に動き始め、仲間など眼中にないかのように我先に突進し始めた。互いに押し退け合いながら迫ってくる。
包囲網が小さくなっていく。好都合だ。
俺は姿勢を低くし両手を地面につけ、背中に意識を集中させる。
「ア“ア”ァ“!!」
「ーー『プロミネンス』!」
俺は周囲のカカトカバネが一斉に飛びかかってきたタイミングで、背中の炎を思い切り大きくした。炎を意図的に操り、文字通り太陽の紅炎のようにうねらせる。
「ァ”ア“!?」
半径五キロ内にいるカカトカバネのみを燃やし尽くす。標的を選べるのがここまで便利だとは。カカトカバネたちは俺の体から吹き出した炎の勢いで四方八方に飛んで行った。俺はそのうちの正面にいる個体の状態を確認した。
「………嘘だろ」
氷は全く溶けていなかった。それに加え、カカトカバネの体は燃えて一部が灰になったにも関わらず、動き続けている。
火力が足りなかったのか? 皮膚も予想より燃えていなかった。慣れないことはするもんじゃない。
「どうなってんだ…!」
結局カカトカバネは一匹も戦闘不能になっていなかった。こうなったら一匹ずつ拳で倒すしかない。
「ア“ア”!!」
カカトカバネは何度も飛びかかってくる。まるで知性がないようだ。普通の動物でもこんな行動はしない。
俺は飛びかかってきたカカトカバネの潰れた顔を正面から思い切り殴った。
「え……ぅわ……っ」
俺の腕がまるで剣のような役割を果たし、カカトカバネを真っ二つに裂いてしまった。その途中で氷にも拳が当たり、それは簡単に砕けた。腕や顔には大量の血が付着し、毛が濡れて少し重くなった。
おかしい。脆すぎる。炎では溶けなかったのに、こうも簡単に砕けてしまうなんて。
……いや違う、氷じゃない。水晶だ。拳が当たっても冷たさを感じなかった。
俺は真っ二つに裂けた肉塊に目をやる。そこには立ち上がろうとしている半身が二つあった。まだ動き続けている。
「ゾンビよりもタチ悪いな…! フレア、どうする!?」
「……ここは私に任せてくれ」
「……フレア?」
フレアは剣を構えている。しばらく回避していただけだったのだが、何か策があるのだろうか。
「……魔物である以前に、死んでいるなら躊躇いはしない」
瞬間、フレアの剣が激しく燃え上がった。修行中に見たものよりも遥かに大きい。
魔眼を使っている。よく分からないが、使う気になったのか。ならば頼るしかない。
「ここは私がやる。支援を頼む」
「……ああ!」
フレアが骸たちを睨む。その目には何故か怒りが宿っているように見えた。




