第50話 カルディアの指導
「おいコラ! 今手で掴んだろ! 手は使っちゃダメって言ったでしょ! もっかい!」
「はい……」
修行を始めて小一時間が経過した。今は何をしているかというと、
「ごめんフレア。もう一回頼む」
「あ、ああ」
フレアと戦っていた。ちなみに全力ではない。むしろ手を抜きまくっている。俺は剣を相手に障壁を展開する練習。フレアは魔眼を使う、具体的には剣を燃やす練習だ。俺たちが戦えば、全力を出さずとも互いに目的を果たせる。なのでずっとゆるーく戦っていたのだが、俺の場合は当然手を使ってはいけない。今もそれで怒られてしまった。でもここまで剣の動きが遅いと、思わず掴みたくなるんだよな。
それと、呪文は作るなと言われた。防ぐ度に呪文を唱えるわけにはいかないので承知したが、それが修行をより困難にしている。障壁を張ろうとしてもうまくイメージできず張れない時がある。その時も手で掴んでしまうので、もう何度も怒られていた。思ったより難しく、指導が厳しい。
フレアは全く魔眼を使わなかった。使えないって話は本当なのかもしれない。何故だろう。
「考え事か? もっと集中した方がいいと思うが」
「あ、うん。ごめん」
フレアはゆっくり攻撃を仕掛けてくる。俺はそれを障壁を張って防ぐ。障壁を張ると言っても、突っ立ったまま張る訳ではない。反撃のために動きながら行う。
それは癖とでもいうべきものだが、俺の場合、上半身への攻撃だったら腕で防ごうとしてしまうし、下半身への攻撃だったら防ぐのではなく避けようとしてしまう。それがいけないらしく、いずれの場合も障壁で守れるようにしておけと言われた。難しい。
フレアは剣を下から振り上げ、俺の腰辺りを狙う。俺はそれをまた手で掴んでしまった。
「おいコラ!! 掴むなって言ってるだろ!! 何回やってんだ!!」
「そんなこと言われても、今のはどう防げばいいか分からないんだよ」
かなり熱血指導だった。そんなに声を張り上げて大丈夫なのだろうか。というか、コラブルは何してるんだ。遠くの木陰でずっと体育座りしている。あと顔が死んでいる。目を見開いたまま眉をひそめ、口角が少し上がっていた。表情が特殊すぎる。そんな怯えなくても大丈夫だって…。
「……お前は確か、『エンチャント』という呪文を使っているんだったな」
フレアが攻撃を止め、話しかけてきた。フレアの前では使ったことないから、コラブルが話したな。後で叱っておこう。
「そうだけど、それがどうかしたか?」
「それはあくまでスイッチなんだとか。だったら、今回はそういう動作を作ればいいんじゃないか。例えば、手のひらを当てるとか」
「……なるほど」
ありだな。癖を逆手にとって、障壁を張ることも癖にしてしまえばいいのか。
俺は体のあちこちへ手のひらを動かす。
…うん、大体の場所はカバーできる。もし手が届かないような攻撃でも、障壁のサイズを変えればいい。
「いけるかも。一回試してみよう」
「ああ」
フレアは再びゆっくり攻撃を仕掛けてきた。初めは防ぎやすいように剣を上段に構え、振り下ろした。俺はそれを掴むような動作で手を動かし、早めに障壁を作り出す。
「お、うまくいった!」
フレアの攻撃は俺の手のひらに届く前に、青い半透明の壁によって防がれた。向こうの様子が見える。これも魔法障壁の利点か。
というかあれだ、障壁は手をかざして作り出すってイメージが俺の中にある。道理でやりづらかった訳だ。今回は簡単に作り出せた。
「ふむ、他にも試してみよう」
「おう」
フレアはそれから次々と攻撃を仕掛けてきた。腰や胸、首などを狙ってきたが、俺はそれを一つ一つ障壁を張って防ぐ。その動きはぎこちなかったが、目標は達成されていた。今はとにかく障壁の感覚を体にすり込むことに集中せねば。いつか自在に操れるようにしなければならない。
フレアの攻撃は段々と、ほんの少しづつ激しくなっていった。攻撃のペースが上がり、下半身や背面も狙ってきた。下半身への攻撃はたまにジャンプで避けてしまったが、背面への攻撃は腕を体側に沿わせて手のひらを背に向け、体を覆うほど大きな障壁を張って防いだ。
フレアの動きはとても綺麗だった。やりやすい。やっぱりフレアは強い。
「なかなかいいじゃないか!!」
カルディアが初めて褒めた。飴と鞭を使い分けるつもりか。厄介だな。
「やっぱりそう思うか? 初日にしてはいい感じだと自分でも思うんだけど」
「自惚れるな!」
「テンションが読めねえ……」
「フレアはどうしたんだ。魔眼使えるようになれって言ってるのに、そもそも使おうとしてないじゃないか」
「無茶言わないでくれ。心の準備ができていない」
「心の準備…?」
「とにかくちょっとだけ燃やしてみなよ。やらないと始まんないよ?」
「……分かった」
そう言うとフレアは剣を両手で構え、目を閉じて黙った。もともと静かだった広場から雑音がなくなり、聞こえるのは風が耳のそばを通り過ぎる音だけとなった。俺とカルディアも黙ってフレアを見守った。
「…………」
「…………」
「…………………」
何も起きない。声を出せる空気ではなかったので、しばらく待っていた。
やがてフレアの剣を握る手元から小さな火の粉が舞い始めた。次第に量が多くなり、それが剣身を覆えるほどの量になると、剣自体が燃え始めた。
「おお、すげえ!」
「なんだ、できるじゃないか! さあ、そのまま狼と戦うんだ!」
「お、狼?」
「うん。狼だろ君?」
「そうだけど、アラタって名前がちゃんとあってだな…」
「まだ他人って感じがして呼ぶ気起きない。狼でいく」
「そっか……」
ちょっとした雑談を交えながらフレアが動くのを待つ。だがフレアは一向に動かない。
「フレア…?」
俺が声をかけた瞬間、
「……!」
フレアは突然目を開き、剣を覆っていた炎は消えてしまった。フレアはその場に手をついて、呼吸を荒くしていた。額には汗が流れ、顔色が悪い。
「どうしたんだよ」
「……すまない。やはり無理だ」
「そっか、無理だったか。ま、仕方ないね。魔法障壁と魔眼の練習はこれで終わりにしよう」
そう言うとカルディアはどこかへ歩いて行ってしまった。フレアはその場に座り込み、顔を膝に埋めた。俺はフレアを励まそうと思ったが、なんて声を掛ければいいのか分からず、黙ってしまった。
今思えば、前戦ったときのフレアは普通ではなかった。怒ってたんだ。きっと普段は魔眼は使えないんだ。理由は分からない。詮索する訳のははばかられる。分かるのは、かなり深刻な事情があるということぐらいだった。
「それじゃあ次の特訓に移ろう」
「へ?」
カルディアはコラブルを呼びにいったようだった。すでにコラブルを連れて戻ってきていて、特殊な表情をしたコラブルがカルディアの脇に立っている。やばい笑いそう。
「次は、不意打ちされないようにする特訓。簡単に言えば、気配を察せるようにする特訓だ!」




