第48話 馬車にて
俺たちは戦いを終え、馬車に向かっていた。日が沈み始め、空がだんだんと暗くなっている。カルディアが先導し、俺とフレアがその後をついていく。会話はほとんどなかった。
あいつらは何者だったのだろうか。捕まえようと思っていたのに、逃してしまった。というか俺、何となく気づいてはいたんだけど、やっぱり不死身なんだな。脳天貫かれたはずなんだけど、生きている。腕もいつの間にか治ってるし…服はボロボロだけど。流石に直せないな、これは。残りの一着を着回すしかないか。
俺が使った魔法はなんだったのだろう。ほぼ無意識で使ってた気がする。障壁もそうだ。なんとか身につけたいが、感覚が残っていない。どうしたものか。
「……なあ」
フレアが口を開いた。腕を温めるように擦り、体が震えている。吐息が少し白くなっていた。
…吐息が白くなっていた?
「寒いな!?」
「今更気づいたか。さっきからずっと寒かったよ。精霊って鈍いんだねえ。どうなってるんだ、リヴァイアの気候は!」
カルディアが激しく愚痴る。だがこれは、確かにおかしい。
時間的に気温が下がるのはおかしなことではないが、下がりすぎだ。息が白くなるとか、冬じゃないか。フレアが寒さに耐えかねている。
「フレア、大丈夫か?」
「正直キツいが、根性でなんとかなる」
まさかの根性論。何とかしてあげたいが、俺が着てるのもさして暖かくはない。耐えてもらうしかないか…せめて早く戻ろう。
「急ごう、カルディア」
「はいはい。じゃあ担いでくれない?」
「え」
「僕走るの苦手だからさ、君が背負ってくれた方が早いよ。さあ、ほら、早く!」
「分かったよ、分かったから」
俺はカルディアをおんぶした。肩車の方が良いかなとも思ったが、やめといた。枝にぶつかってしまうかもしれない。
「このまま真っ直ぐだ。走れ走れー!」
「………」
もしやうまく使われた? …まあいいか。
俺たちは急いで馬車へと向かった。
「……なんですか、これ」
走り出してから少し経って、馬車に着いた。さっきよりもさらに日が沈み、日の光が届きにくい森の中は、空に比べうんと暗い。
そこには、おかしな光景が広がっていた。
氷漬けにされている動物がおよそ十体、死体となってそこら中に転がっていた。馬車があると思わしき場所は、ドーム状の黒い何かが覆ってしまっていた。中から気配は感じられない。
俺は訳がわからず、カルディアを降しながら、動物の死体の近くに座っていたアッカドに尋ねた。
「何があったんですか」
「襲われたんだ。いや、襲われてた、って言ったほうがいいか」
「襲われてた?」
「ああ。……いや、やっぱこれも違うな。襲われそうになってた」
「どういうことですか」
随分と曖昧だな。
「オイラから説明するっす…」
突然黒いドームが消えたかと思うと、中から馬車とコラブル、そして寝ているエルリアが出てきた。エルリアはドームが消えたと同時に目を覚ました。
「さむぅい!」
「ほんとっす! めっちゃ寒いっす!」
知らなかったのか。ドームに覆われていた場所から暖かい空気が溢れ出している。中は暖かかったのか。
「とりあえず説明してくれよ。何があったんだ」
「オイラはずっと隠れてたんす」
「あのドームみたいなやつか。あれが闇魔法なのか?」
「そうっす」
やっぱりか。色からしてそうだとは思っていた。気配まで遮断できるとは、凄いな。
「正直言うと、魔物がいたことすら知らなかったっす」
「魔物…? これが魔物なんだ」
「ああ」
アッカドが立ち上がり、ポケットに手を突っ込んで話し始めた。
「カカトカバネって言うんだが、群れで暮して、人も襲う奴らなんだよ。コラブルには気づかなかったらしいが、俺が帰ってきた途端襲ってきやがった」
十体を一人で倒したのか。アッカドならできるよなあ。俺にもできるかな。
「へー」
カルディアが死体を人差し指で突いている。なんて縁起が悪いのだろう。
「カルディア、そういうのはあんまりやんない方が」
「おっと失礼。死体突くのは良くなかったか。初めて生で見たからさ」
それは俺もだ。見た目は爬虫類に近い。全身を鱗が覆っていて、足が四本ある。足自体は他の部位に比べて大きく、顔は平べったい。そして、体の所々から氷が突出していた。
「この氷は?」
「分かんね」
「分かんないっす」
「…フレアとカルディアは何か知らないか?」
「私はこういうのには疎い。剣術しか教わらなかった」
「僕も魔物には興味なかったからねー」
お手上げだ。それを察した俺たちは、散らばって各々好きなことをし始めた。日が暮れてきたし、ガイウスたちももうすぐ帰ってくるだろう。それまで、他に気になってることを聞いておくか。
「コラブル、ちょっといいか」
「お、来たっすね。待ってたっす!」
「テンション高いな…」
「そりゃそうっすよ。やっとオイラの魔法について話せるんすから」
察しがいい。その通り、闇魔法について聞きたかった。
「オイラの闇魔法は、『遮るもの』なんす!」
「と言うと?」
「アラタ…闇って…なんだと思うっすか…?」
聞き方がやけにスカしている。無い髪を掻き上げながら片足に重心を乗せて話している。よく分からないけど、乗っかろう。
「闇…それは…何も見えない場所…」
「なんすかその言い方」
「え?」
「何も見えないってことはつまり、光を遮るってことなんす。分かるっすか?」
「……それは分かるけど…」
納得いかねえ。始めたのお前なのに…。
「つまり遮るもの! そこをちょっと曖昧にして、音とか気配とかも遮断できるように練習したんす!」
「へえ、器用だな」
「でしょ! 留守番はオイラに任せるっす!」
なるほど、馬車を見事に魔物から守り切ったことで、調子に乗り始めたな。頼りにはなるんだが、いつか墓穴を掘りそうで怖い。
「頼りにはなるが、あんま気張られると怖いよな、こいつ」
アッカドが話に混じってきた。
「本当にその通りです」
「そうなんすか?」
「「そうだよ」」
「そうなんすか…」
落ち込んだ。これぐらいがコラブルには丁度いい。
「悪かったな、置いていって。でも、随分遅かったじゃねえか」
「ああ、実は……」
俺は襲われたことを話した。途中から魔物の片付けを終えたフレアやカルディアも入ってきて、三人で頑張って説明した。
「……マジか!?」
「大変だったんすね」
「コラブルはもっと興味を示せ。心配しろ。大変だったんだぞ?」
「アラタはなんか大丈夫な気がするっす」
「お前の根拠のない話は怖いんだよなあ…」
何が大丈夫なんだ。脳天貫かれたって言ったろ。…だからか?
「アッカド、なんで先に戻ったんだ?」
フレアが聞いた。置いていったって言ってたな。先に帰ってたのか。
「ちょっと嫌な予感がしたもんでな」
「嫌な予感?」
「あの魔物、リヴァイアに向かってる途中からついて来てたと思うんだが」
「え!」
カルディアが驚いた。
「そうだったの…!? 言ってくれれば見たのに! 分かったのに!」
「なんか悪かったな」
「使ってよぉぉぉぉ僕がいる意味ないじゃぁぁぁぁん」
カルディアは座り込んでしまった。指で地面に変な模様を描き続けている。意味はないだろう。
「急に荒れだしたっすね…」
「カルディアのこんな姿は初めて見た。少し面白いな」
「フレアも面白いとか思うんすね」
「私をなんだと思ってるんだ…」
フレアの言う通り、少し面白い。相変わらず心はこもってないけど。でも、エルリアが俺を起こす所を見てたって言ってなかったか? その場にいたってことかな。でも気配は感じなかったし、てっきり魔眼で見たんだと思ってたんだけど。
「魔物たちはなんですぐ襲ってこなかったんですかね」
「俺には分かんねえよ。クレイかユーリィに聞いてくれ」
「呼んだか?」
「「ぅぅおおおぉお!?」」
アッカドとコラブルが大声を上げて驚いた。クレイがいつの間にかアッカドの後ろにいた。二人とも驚きすぎだ。コラブルなんか転んでしまっていた。
「戻った」
クレイの後ろにガイウスたちもいた。みんな疲れた様子だ。初日だが、仕事が多かったのかな。
まずは、今日の出来事を話さないと。
「ちょっといいですか? 話さないといけないことがあって」
「……分かった」
俺は広場での戦いのことや、馬車が魔物に襲われかけたことをガイウスたちに話した。




