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畏怖×if 無に帰す魔法と八つの魔眼  作者: 金剛陽薙
第5章 枯れた大地を屍が這う
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第47話 狼の力

「……クル」

「ウフフッ」


 敵が魔法を使う。少女は笑っただけで周囲に風が吹き始め、男は小声で魔法を唱え、剣や周りの空間にバチバチと電気が流れ始めた。


「……うん?」


 カルディアが何かに気づき、立ち上がってフレアの横に向かい、尋ねる。


「フレア、男の方の呪文聞こえた?」

「いや、さすがに聞こえなかったが」

「そっか、まあそうだよねぇ。うーん、どっかで聞いたことあるような…ま、いいや」


 一人でぶつぶつと呟いた後、カルディアはまた木のもとへ行き、座って寄り掛かった。フレアはその一部始終を見て、それを聞きにきただけなのか、と思ってしまった。

 その隙に戦いが始まった。

 少女が地面を強く蹴り、狼との間合いを詰める。男は高速で動き、瞬時に狼の後ろに回り込んで挟み撃ちにする。動きがさっきと明らかに違う。本気だ。傷を負いながらも、本気で狼を殺しにきている。


「死んで!!」


 少女が思い切り大鎌を振る。大鎌は風魔法によって刃が拡大されているが、狼はそれを見ても動かない。それどころか、


「あれ!?」


 障壁を張って防いでしまった。少女はさっきまでなかった狼の行動に意表を突かれ、驚いたような声を上げた。だが、それだけではないように見える。

 まるで防がれても切れると思っていたかのような、そんな動揺の仕方だった。その証拠に顔から笑顔が消え、焦りに変わっていた。

 本当のことを言うと切れていた。()()は切れていた。

 狼は障壁を三重に張っていたのだ。その斬撃が容易に防げるものではないと勘付いていた。また、敵がそれに気付かないように三つをぴったりくっつけて張った。それら全てを狼はほぼ無意識に行った。

 男はそれを気にすることなく、後ろ側から狼に連撃を浴びせる。何重にも張った障壁が、順に破られていく。だが全てが破られる前に、狼が反撃した。


「………!」


 再び障壁の内側に魔法陣を作り、殴った。障壁の上から衝撃波を敵に向かって叩き込む。だが、男は高速移動してそれを避けた。


「二度も同じ手は食らわない」

「あわせて!!」

「ああ」


 敵は二人で連携をとり、狼を攻め始めた。

 少女が主力となり、男が支援する。少女はひたすらに大鎌を振り、障壁を裂き続ける。男は狼の周りを高速で動き続け、フレアにしたのと同じように四方八方から攻撃し続ける。それだけでなく、狼が反撃しようとしたタイミングで攻撃を仕掛け、狼に余裕を与えない。

 少女は一撃は強いが、隙が多い。男は隙がないが、一撃が弱い。それぞれの欠点を互いがうまく補っていた。狼はその勢いに圧され、ついにはその場から動き始めた。

 だが、狼もやられっぱなしではなかった。敵は魔法陣による攻撃を防げないのだ。魔法障壁で敵の攻撃を防ぎつつ、男の連撃が弱まったタイミングで少女に衝撃波を放つ。威力は咆哮に比べて大きく落ちているが、それでも効果は大きかった。動きも気怠気ながら俊敏で、戦いは激しさを増していった。


「イブ、破れないのか!?」

「がんばってるよ!」


 一進一退の攻防が続く。少女や狼の攻撃は、地面にも大きな傷をつけた。


「……凄い」


 フレアは思わず見入ってしまった。二人を相手に対等に戦い続けるその姿は、いつもの狼からは考えられないほど凶暴だった。機嫌の悪さ故か動きの一つ一つが荒々しく、攻撃も途中から雑になってきている。なのに、負けない。それほどに強いということだ。


「本当にねえ」

「わっ」

「驚くなよ。見るのに夢中になってたら咄嗟(とっさ)のことに反応できないよ」

「……それもそうだな。気をつける」


 カルディアが再びフレアの横に来ていた。二人は狼たちの戦いを見る。


「あれがアラタの本気か? だが、普段はもっと」

「弱いよね」


 カルディアははっきりと言い切った。


「多分だけど、普段は意識的にも、無意識的にも手加減してるんだよ」

「何故?」

「殺さないようにでしょ」

「……そうか」

「だからいつもは弱いんだ。いや、弱いというより臆病かな。人殺したことなんかないだろうからね。今はそれがない。邪魔な奴を消すことだけを考えてる」

「殺すつもりだと?」

「違うよ。生死はどうでもいいんだ。邪魔じゃなくなればそれでいい。あいつらは狼を殺しにきてるから、必然的にこうなるだけで」

「………そうか」


 二人がそれ以降話すことはなかった。ただ黙って、狼の戦いを眺めた。フレアの表情にはどこか恐怖が見られるが、カルディアはそれを無視した。


「ハァ…ハァ…」

「く……っ!」

「グルルルル…」


 あまり経たないうちに、敵二人に疲れが見えてきた。少女も男も、すでに体力が削られていたようだった。狼の機嫌もだんだんと悪くなっていく。これが何を意味するか。

 狼が優勢になっていくのである。

 動き自体は鈍い。意識もまだはっきりしていない。それでも、二人を相手にしても、()()()()()()。途中からは男の攻撃数が極端に減り、狼は男にも反撃を始めた。


「イブ、引け!」


 男が一旦引いた。だが少女は反応が遅れ、引きが間に合わない。その隙を見逃すはずがなく、狼は少女に渾身の一撃を食らわせた。


「ぐ……う“…!」


 それは魔法陣を用いた攻撃ではなく、ただ殴っただけだった。しかし、少女は鎧を着ていないし、自らを守る魔法も覚えていない。すなわち、非常に脆かった。そもそも魔法陣を用いる必要などなかったのだ。若干、ほんの少しだけ意識がはっきりとしてきた狼はそれに気付き、冷静に実行した。

 少女は木に叩きつけられ、グッタリとしてしまった。どうやら無理をしていたようだ。大鎌にはすでに魔力が込められていないし、少女が纏っていた風や、身体中の刻印の光も、いつの間にか消えていた。


「イブ……!」


 男が少女のもとへ駆け寄る。少女は意識はあるが、体を動かせないらしい。男は狼を睨んだ。だが、


「……! クソッ…!」


 男の体を覆っていた刻印の光が消えていった。男ももう限界のようだ。

 男は少し考え込んでいたが、


「……いつか殺す。絶対にだ」


 少女をお姫様抱っこして、森の中に消えていった。狼たちはそれを止めるべきだったが、狼はそれを忘れ、フレアは狼しか見ておらず、カルディアはそもそも興味を示していなかった。結果、簡単に逃してしまった。

 突然の敵襲は、狼によって、いとも簡単に撃退されてしまったのである。











「………」


 フレアは遠くから狼を見つめている。狼は敵を撃退した後、その場に横になって眠ってしまった。


「さて、どうしたものかな」

「……? お、おい」


 カルディアが狼に近づく。フレアはそれを止めるが、カルディアはそれを聞かなかった。

 狼のすぐそばまで行き、しゃがんで狼の顔を覗き込む。そしてなんと、


「起きろーーー」

「な!?」


 起こし始めた。フレアは咄嗟にカルディアのもとまで駆け寄り、カルディアを持ち上げて後退する。


「ちょい、離してよ。起こさないと馬車に戻れないよ? 置いていっていいなら置いてくけど」

「ダメだ。だが、起こすのもまずい」

「任せておきなって」

「考えがあるのか?」

「まあね」


 フレアはカルディアを信じることにした。手を離し、自分も狼に近づいて様子を見る。


「起きろーーー」


 カルディアは狼の頬をつねったり、叩いたりしている。その程度で起きるとは思えなかったが、


「………あ?」


 起きた。フレアはカルディアの方を見ながら体が少し震えていた。馬車での出来事がちょっとしたトラウマなのだ。

 狼がカルディアを鋭く睨む。その視線の鋭さから邪魔するなと言っているのがわかる。だがカルディアは怯むことなく、


「そんなふうに睨んじゃだめ。みんな逃げてっちゃうよ」


 そう言いながら、狼の両頬を両手で叩いた。狼は目を大きく見開き、それと同時にさっきまで放たれていた攻撃的なオーラが消えていった。


「……カルディア、何してんだ?」

「君を起こしただけ。エルリアを真似したんだ。見てたからね」


 カルディアはエルリアがしたように、狼の目を覚ましたのだ。容姿が少し似ていて背丈が小さいので、狼は一瞬エルリアと勘違いし、見事に騙された。さっきまでの凶暴さはすでになく、瞳には優しさが戻っていた。


「あー……そっか。またやっちゃったのか…」


 覚えているようだった。それもそうだ。さっきの戦闘はあくまでも狼の意志で行われていたのだから。


「今回はそれが功を奏した。フレアだけじゃ危なかったからね」

「そういえば、フレアも襲われてたんだな」

「ああ、情けないところを見せてしまった」

「全くだ!」


 カルディアは容赦なくフレアを責める。フレアがそれに反論することはなかった。


「一回戻ろうか。心配されてるだろうしね。襲ってきた奴らについて考えるのはその後だ」

「分かった、行こう」


 狼はゆっくりと立ち上がる。まだ眠そうだが、今度は自分で両頬を叩いて目を覚まし、すでに歩き出しているカルディアの後をついて行った。


「……アラタ」


 フレアが狼の横に並び、尋ねる。


「なに?」

「敬語、やめたのか」

「え? ああ、そういえば…」


 狼はカルディアに対して敬語を使っていなかった。それが先ほどの名残りなのかは定かではない。


「なんか、これでいいかなって」

「……そうか……」


 フレアが狼の顔をじっと見つめる。


「…どうしたの。顔に何かついてる?」

「…いや、大したことではない」

「そう? なら、まあいいけど」


 狼は気にしないことにした。フレアの表情が少し暗いことには気がついていたので、後で励ましてあげるかもしれない。

 彼らの背後には、戦闘によって激しく傷つけられた広場が残った。

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