第47話 狼の力
「……クル」
「ウフフッ」
敵が魔法を使う。少女は笑っただけで周囲に風が吹き始め、男は小声で魔法を唱え、剣や周りの空間にバチバチと電気が流れ始めた。
「……うん?」
カルディアが何かに気づき、立ち上がってフレアの横に向かい、尋ねる。
「フレア、男の方の呪文聞こえた?」
「いや、さすがに聞こえなかったが」
「そっか、まあそうだよねぇ。うーん、どっかで聞いたことあるような…ま、いいや」
一人でぶつぶつと呟いた後、カルディアはまた木のもとへ行き、座って寄り掛かった。フレアはその一部始終を見て、それを聞きにきただけなのか、と思ってしまった。
その隙に戦いが始まった。
少女が地面を強く蹴り、狼との間合いを詰める。男は高速で動き、瞬時に狼の後ろに回り込んで挟み撃ちにする。動きがさっきと明らかに違う。本気だ。傷を負いながらも、本気で狼を殺しにきている。
「死んで!!」
少女が思い切り大鎌を振る。大鎌は風魔法によって刃が拡大されているが、狼はそれを見ても動かない。それどころか、
「あれ!?」
障壁を張って防いでしまった。少女はさっきまでなかった狼の行動に意表を突かれ、驚いたような声を上げた。だが、それだけではないように見える。
まるで防がれても切れると思っていたかのような、そんな動揺の仕方だった。その証拠に顔から笑顔が消え、焦りに変わっていた。
本当のことを言うと切れていた。二つは切れていた。
狼は障壁を三重に張っていたのだ。その斬撃が容易に防げるものではないと勘付いていた。また、敵がそれに気付かないように三つをぴったりくっつけて張った。それら全てを狼はほぼ無意識に行った。
男はそれを気にすることなく、後ろ側から狼に連撃を浴びせる。何重にも張った障壁が、順に破られていく。だが全てが破られる前に、狼が反撃した。
「………!」
再び障壁の内側に魔法陣を作り、殴った。障壁の上から衝撃波を敵に向かって叩き込む。だが、男は高速移動してそれを避けた。
「二度も同じ手は食らわない」
「あわせて!!」
「ああ」
敵は二人で連携をとり、狼を攻め始めた。
少女が主力となり、男が支援する。少女はひたすらに大鎌を振り、障壁を裂き続ける。男は狼の周りを高速で動き続け、フレアにしたのと同じように四方八方から攻撃し続ける。それだけでなく、狼が反撃しようとしたタイミングで攻撃を仕掛け、狼に余裕を与えない。
少女は一撃は強いが、隙が多い。男は隙がないが、一撃が弱い。それぞれの欠点を互いがうまく補っていた。狼はその勢いに圧され、ついにはその場から動き始めた。
だが、狼もやられっぱなしではなかった。敵は魔法陣による攻撃を防げないのだ。魔法障壁で敵の攻撃を防ぎつつ、男の連撃が弱まったタイミングで少女に衝撃波を放つ。威力は咆哮に比べて大きく落ちているが、それでも効果は大きかった。動きも気怠気ながら俊敏で、戦いは激しさを増していった。
「イブ、破れないのか!?」
「がんばってるよ!」
一進一退の攻防が続く。少女や狼の攻撃は、地面にも大きな傷をつけた。
「……凄い」
フレアは思わず見入ってしまった。二人を相手に対等に戦い続けるその姿は、いつもの狼からは考えられないほど凶暴だった。機嫌の悪さ故か動きの一つ一つが荒々しく、攻撃も途中から雑になってきている。なのに、負けない。それほどに強いということだ。
「本当にねえ」
「わっ」
「驚くなよ。見るのに夢中になってたら咄嗟のことに反応できないよ」
「……それもそうだな。気をつける」
カルディアが再びフレアの横に来ていた。二人は狼たちの戦いを見る。
「あれがアラタの本気か? だが、普段はもっと」
「弱いよね」
カルディアははっきりと言い切った。
「多分だけど、普段は意識的にも、無意識的にも手加減してるんだよ」
「何故?」
「殺さないようにでしょ」
「……そうか」
「だからいつもは弱いんだ。いや、弱いというより臆病かな。人殺したことなんかないだろうからね。今はそれがない。邪魔な奴を消すことだけを考えてる」
「殺すつもりだと?」
「違うよ。生死はどうでもいいんだ。邪魔じゃなくなればそれでいい。あいつらは狼を殺しにきてるから、必然的にこうなるだけで」
「………そうか」
二人がそれ以降話すことはなかった。ただ黙って、狼の戦いを眺めた。フレアの表情にはどこか恐怖が見られるが、カルディアはそれを無視した。
「ハァ…ハァ…」
「く……っ!」
「グルルルル…」
あまり経たないうちに、敵二人に疲れが見えてきた。少女も男も、すでに体力が削られていたようだった。狼の機嫌もだんだんと悪くなっていく。これが何を意味するか。
狼が優勢になっていくのである。
動き自体は鈍い。意識もまだはっきりしていない。それでも、二人を相手にしても、勝ててしまう。途中からは男の攻撃数が極端に減り、狼は男にも反撃を始めた。
「イブ、引け!」
男が一旦引いた。だが少女は反応が遅れ、引きが間に合わない。その隙を見逃すはずがなく、狼は少女に渾身の一撃を食らわせた。
「ぐ……う“…!」
それは魔法陣を用いた攻撃ではなく、ただ殴っただけだった。しかし、少女は鎧を着ていないし、自らを守る魔法も覚えていない。すなわち、非常に脆かった。そもそも魔法陣を用いる必要などなかったのだ。若干、ほんの少しだけ意識がはっきりとしてきた狼はそれに気付き、冷静に実行した。
少女は木に叩きつけられ、グッタリとしてしまった。どうやら無理をしていたようだ。大鎌にはすでに魔力が込められていないし、少女が纏っていた風や、身体中の刻印の光も、いつの間にか消えていた。
「イブ……!」
男が少女のもとへ駆け寄る。少女は意識はあるが、体を動かせないらしい。男は狼を睨んだ。だが、
「……! クソッ…!」
男の体を覆っていた刻印の光が消えていった。男ももう限界のようだ。
男は少し考え込んでいたが、
「……いつか殺す。絶対にだ」
少女をお姫様抱っこして、森の中に消えていった。狼たちはそれを止めるべきだったが、狼はそれを忘れ、フレアは狼しか見ておらず、カルディアはそもそも興味を示していなかった。結果、簡単に逃してしまった。
突然の敵襲は、狼によって、いとも簡単に撃退されてしまったのである。
「………」
フレアは遠くから狼を見つめている。狼は敵を撃退した後、その場に横になって眠ってしまった。
「さて、どうしたものかな」
「……? お、おい」
カルディアが狼に近づく。フレアはそれを止めるが、カルディアはそれを聞かなかった。
狼のすぐそばまで行き、しゃがんで狼の顔を覗き込む。そしてなんと、
「起きろーーー」
「な!?」
起こし始めた。フレアは咄嗟にカルディアのもとまで駆け寄り、カルディアを持ち上げて後退する。
「ちょい、離してよ。起こさないと馬車に戻れないよ? 置いていっていいなら置いてくけど」
「ダメだ。だが、起こすのもまずい」
「任せておきなって」
「考えがあるのか?」
「まあね」
フレアはカルディアを信じることにした。手を離し、自分も狼に近づいて様子を見る。
「起きろーーー」
カルディアは狼の頬をつねったり、叩いたりしている。その程度で起きるとは思えなかったが、
「………あ?」
起きた。フレアはカルディアの方を見ながら体が少し震えていた。馬車での出来事がちょっとしたトラウマなのだ。
狼がカルディアを鋭く睨む。その視線の鋭さから邪魔するなと言っているのがわかる。だがカルディアは怯むことなく、
「そんなふうに睨んじゃだめ。みんな逃げてっちゃうよ」
そう言いながら、狼の両頬を両手で叩いた。狼は目を大きく見開き、それと同時にさっきまで放たれていた攻撃的なオーラが消えていった。
「……カルディア、何してんだ?」
「君を起こしただけ。エルリアを真似したんだ。見てたからね」
カルディアはエルリアがしたように、狼の目を覚ましたのだ。容姿が少し似ていて背丈が小さいので、狼は一瞬エルリアと勘違いし、見事に騙された。さっきまでの凶暴さはすでになく、瞳には優しさが戻っていた。
「あー……そっか。またやっちゃったのか…」
覚えているようだった。それもそうだ。さっきの戦闘はあくまでも狼の意志で行われていたのだから。
「今回はそれが功を奏した。フレアだけじゃ危なかったからね」
「そういえば、フレアも襲われてたんだな」
「ああ、情けないところを見せてしまった」
「全くだ!」
カルディアは容赦なくフレアを責める。フレアがそれに反論することはなかった。
「一回戻ろうか。心配されてるだろうしね。襲ってきた奴らについて考えるのはその後だ」
「分かった、行こう」
狼はゆっくりと立ち上がる。まだ眠そうだが、今度は自分で両頬を叩いて目を覚まし、すでに歩き出しているカルディアの後をついて行った。
「……アラタ」
フレアが狼の横に並び、尋ねる。
「なに?」
「敬語、やめたのか」
「え? ああ、そういえば…」
狼はカルディアに対して敬語を使っていなかった。それが先ほどの名残りなのかは定かではない。
「なんか、これでいいかなって」
「……そうか……」
フレアが狼の顔をじっと見つめる。
「…どうしたの。顔に何かついてる?」
「…いや、大したことではない」
「そう? なら、まあいいけど」
狼は気にしないことにした。フレアの表情が少し暗いことには気がついていたので、後で励ましてあげるかもしれない。
彼らの背後には、戦闘によって激しく傷つけられた広場が残った。




