第46話 放つ衝撃
敵は子供を見つめたまま、不気味に笑い続けていた。俺は敵が動かないのを見て、まずは子供の安全を確保しようと考えた。だが、
「……アハハッ!」
突然笑い声が大きくなったかと思うと、敵は再び大鎌を振り下ろし始めた。俺は即座に体を反転させて子供を抱え、敵から距離を取った。
魔法を使っていない。今の一撃は、ただ振り下ろしただけだった。それが斬撃を飛ばすことはなく、俺は簡単に逃れることができた。
「な、なにすんだ! ばけもの!」
子供が俺を鋭く睨みながら叫んだ。
「は? え、俺のこと言ってたの!?」
「はなせ! 僕をどうする気だ! 僕は美味しくないぞ!!?」
「食べねえから、大人しくしてろ!」
俺は暴れる子供を無理やり押さえる。途中で敵の様子を窺ってみると、
「アハッ…ハハ……ウフフ……」
顔を押さえながら笑い続けていた。
どうも様子がおかしい。知り合い…ではないだろう。子供に何か因縁があるのか、子供の頃に何かあったのか。いずれにせよ、今ならば子供を逃して敵を拘束できるかもしれない。
俺は子供に指示を出す。
「今のうちに逃げろ。じゃないと死ぬぞ!」
「…道がわかんないんだ」
「はぁ…!? わかった。とにかく、俺から離れるんじゃ」
瞬間、後ろから空を切る音がした。それとほぼ同時に、
「ねぇーーーーーー」
「……へ?」
俺の脳天を風が貫いた。子供はそれを見てしまった。
「アハッ、アハハッ、アハハハハハハハハハハハハハハハハハハ」
いつの間にか敵が攻撃を仕掛けていた。様子がおかしかったせいでその攻撃を読めず、俺はそれをもろに食らってしまった。
「ひぃ……!?!」
子供は俺の腕を解き、森に向かって走り出した。本当に危険なのは敵の方だと悟ったのだ。
俺は膝から崩れ落ち、地面に倒れ込んでしまった。
「死んだ? 死んだの? 殺した? 殺しちゃったの? ウフフ、ねえ」
少女はえも言われぬ狂気を放ち、狼にゆっくりと歩み寄って行った。
狼は精霊だが、あくまで人を形取っている。人にとって致命的な弱点を突かれれば、気絶もするのである。
「……ねえ」
少女は狼を見下ろせる位置まで行き、大鎌を振りかぶる。そして、
「死んでないよね?」
容赦なく首を切った。だが魔法を使わなかったせいで切り落とすことができず、傷をつけただけだった。
狼は人型だが、精霊である。故にそれは精霊特有の性質を有している。首が落ちても、脳天を貫かれても体が消えないことから、なんとなく察せるだろう。
詰まる所、死なないようにできているのである。
首に傷がついた瞬間、狼は跳ね上がり、
「……!」
それと同時に少女を蹴り飛ばした。少女は木に激突し苦しそうな声を上げた。しかし、
「生きてたね、うん。生きてるっていいね。痛いっていいね。ウフフ、痛いって生きてるね」
またしても笑っていた。
「グルルルルルル…」
狼は低い声で唸っている。
眠っている時に傷をつけられると、突然起き上がって機嫌が悪くなる。それはあくまで狼の性格、習慣の話だが、この場においては狼の本性を露呈させた。眠ったのではなく気絶させられ、そこからさらに無理やり起こされたとなれば尚更だ。
本性とはすなわち、狼の強さのことである。
「やるよっ!!!」
少女が大鎌を両手で持ち走り出した。少女は何故か生き生きしていが、狼に辿り着く前に、狼が仕掛けた。
狼は朦朧とした意識の中で少女を見据え、倦怠感をまといながら魔法を想像する。
突然切り落とされたの断面から青い粉状の魔力が噴き出し、すぐに腕になった。それと同時に狼の正面に青い魔法陣が展開され、狼は魔法陣に向かって、
「オオオオォォォォォォンッ!!!!」
雄叫びを上げた。だがそれはただの雄叫びではなかった。
それは狼が『ハイエンチャント』と名付けたものである。
魔法陣からかつて狼が放ったことがないほどの威力の衝撃波が放たれ、少女を吹き飛ばした。あまりの威力の大きさに地面をえぐりながら直進し、敵の斬撃よりも遥かに広い範囲の木を薙ぎ倒した。
「グルルルルルル…」
狼の機嫌は最悪だった。頭が回らず、再び眠りに着こうと考えていた。だが気絶する前の記憶が雑に混同し、眠るには少女が邪魔であると認識していた。
狼はゆっくりと、衝撃波によって作り出された道を歩いていった。
狼が少女を見つける。そこはついさっきアッカドと戦った場所だった。
見覚えのない男が一人、少女のもとにいた。フレアは遠くから狼を見て呆然としている。剣や周りの空間に火花が散っているが、それはだんだんと小さくなっていた。
「……何をした」
男が狼に問う。しかし狼は答えない。そんなことはどうでもよく、狼が考えていることはたった一つ、『邪魔者が増えた』。ただそれだけだった。
男が不意を突くように、狼の横側に回って攻撃を仕掛けた。
狼は当然のように防いだ。障壁を展開したのだ。だが、男は違和感を覚えた。表面に見たことのない魔法陣が描かれているように見える。それが表面ではなく内側にあると気づいたのは、狼の攻撃を食らってからだった。
狼は障壁と魔法陣を重ね、敵の攻撃を防いだ直後に、障壁の上から攻撃を食らわせたのだ。ただし、今回は咆哮ではなく魔法陣を直接殴って衝撃波を生み出した。その衝撃波は障壁によって勢いを殺されてしまったが、敵の鎧を砕くほどの威力は残していた。
「ぐはっ…!」
男は初めて傷を負った。肋骨にヒビが入り、血を吐いた。だが、
「……イブ」
まだやる気のようだった。少女はあちこちに傷を負い、おそらく骨が何本か逝っている。その状態では戦えないと思われたが、違った。
「うん、いいよ。やろう。殺ろう。アハッ」
逆だった。少女は逆にやる気を出していた。
狼は特に動くこともなく、ただその場に立ち尽くしている。このままでは二対一だ。フレアは狼に加勢するために狼のもとへ歩み寄ろうとするが、
「やめなよ」
カルディアがそれを止めた。咆哮を聞きつけ、展望台から降りてきていた。そしてすでに魔眼を使い、狼の状態を把握している。
「何故だ」
「どう見ても彼、普通じゃないでしょ。目的がすり替わってる。邪魔者を消そうとしてるんだ。彼の邪魔をすれば、君も何されるかわからないよ?」
「黙って見てろと?」
「そうだね。彼に意識されちゃいけない。遠くから眺めることをお勧めするよ」
そう言うとカルディアは、広場の端の方へ歩いて行き、座って木に寄り掛かった。フレアは少し考えて、その場から動かずに戦いを見ることにした。何かあった時、すぐに加勢できるように。
狼と敵二人が睨み合う。そして、
「やるぞ」
「アハッ!」
敵二人が敵意を見せた。しかし狼はそれを聞いても、
「……邪魔すんな」
気怠げに、低い声でそう答えることしかしなかった。




