第44話 大鎌は何を薙ぐ
敵は薄暗い緑色の瞳で俺を見つめ、両手で黒く大きな鎌を持ち、口角を上げ歯を見せながら笑っていた。意外にも顔は隠されていなかった。
女だ。しかも若く、おそらく俺より年下だろう。長い黒髪をツインテールに結い、髪の所々には緑色が混じっていた。服装はユーリィ以上に大胆で、ピチピチのズボンにサラシのようなものを巻いてあるだけだった。
突然、何か大きなものがいくつも倒れる音がした。俺はまだ繋がり切っていない首を手で動かし、周りを見渡した。
木だ。倒れたのは木だった。なんと俺を中心に広範囲にわたって木が切り倒されている。切り口は全て俺の首ぐらいの高さに揃っていた。
まさかとは思うが、こいつが切り倒したのか? 確かにあの鎌は大きいが、いくらなんでも範囲が広すぎる。身体魔法でこんな芸当はできないはずだ。
「ダメだよ。襲われたのにずっと考えてちゃ。首落とせちゃうよ? ううん、落とすね? アハッ!」
そう言うと敵は木の枝から飛び降り、思い切り大鎌を振った。
再び何かが空を切る音がした。その音は俺の耳元まで迫り、俺は何かを察して即座に身を屈めた。音が俺を通りすぎると、俺の首元まであった周囲の木々の上部がさらに円盤状に切り出された。
「あれ、避けるんだ? 野生の勘ってすごいね。耳がいいのかな。目がいいのかな」
「誰だお前…!」
「言わないよ。言っても意味ないよ。殺すから。死んじゃうから」
その言葉からは明確な殺意が感じられた。俺を見つめる瞳はどこか狂気に満ちていて、俺以外の物を捉えていなかった。
逃げたとしても追ってくるだろう。がむしゃらに逃げ回っては迷ってしまう。
応戦するしかない。
「ーー『エンチャント:トリプル』!」
「うん、いいね。そうこなくちゃ。じゃないと虐め甲斐がないよね。せっかくなら楽しまなくちゃ。楽しくないと…」
「……?」
敵は大鎌を地に付けそれに少し体重を預けて、何か魔法を唱えた。突然腕の辺りに緑色の文字のようなもの浮かび上がったかと思うと、それは顔の半分にまで広がっていった。
刻印か? だとしたらまずくないか。もっと強くなるってことだ。
「殺す意味ないもんねえ!!?」
突然叫んだかと思うと、敵は笑いながら駆け出した。
俺は焦りながら強化した拳を正面に突き出し、衝撃波を放った。しかし、
「アハッ!」
敵はそれをはるか上に跳んで回避し、そのまま上空で大鎌をまっすぐ振り下ろした。
俺はとっさに横に避けた。鎌ははるか上空で振られたが、攻撃は地に届いていた。地面に大きな裂傷が生まれ、すでに倒れていた木も巻き込んで真っ二つにしていた。
大鎌を振った時に何かを飛ばしているようだ。このままでは近づけない。
「まだまだいくよ、もっといくよ!!」
敵は着地すると、でたらめに大鎌を振り回し始めた。
こいつはおそらく戦闘狂だろう。今もまるで遊んでいるみたいだ。ハイエンチャントは無駄使いしてしまったし、なんとか隙をついて倒すしかない。
「アハハハッ!!」
「……っ!」
デタラメではあるが、範囲が広く油断したら当たってしまう。俺は必死に逃げ回りながら、隙を探し続けた。
…案外粗いな。一撃は強いが、それだけのようだ。振った後には大きな隙があるし、視線をそらしたり転びそうになったりしている時もある。
どういう修行を積んできたのだろう。独学か?
「アハハハハハッ!!」
「狂ってんな…!」
戦いが進んでいくほど笑い声が大きくなっていき、それと同時に攻撃の範囲も広まっているように思われた。
俺は敵が攻撃を外したタイミングで一気に敵に近づいた。
「キャハッ!」
「いい加減笑うのやめろ!」
俺は右脚で蹴りを入れた。それは腹に命中し、見事敵を吹っ飛ばした。敵は苦しそうな声を上げたが、一度宙返りを挟んで華麗に着地した。
「どうだ…!」
「……ハァ…ハァ…」
腹を抱え、深く呼吸をしている。だがどこか変な息遣いだ。
思ったよりも手応えがない。どうやって宙返りした? 風でも操らない限りは今の体勢では無理だったはずだ。
「…お前、風魔法使ってるのか?」
「うふふ、いいよ、教えてあげる」
敵は大鎌を片手で持って話し始めた。
「そうだよ、風魔法だよ。すごいでしょ? こんなに切れるなんて、すごいでしょ?」
「ああ、すごいよ」
普通じゃない。風魔法を戦闘に活かせるようになるには十数年かかるはずだ。それをこんな若い子がここまで使いこなせるなんて、おかしい。
「すごいけど、強すぎるな。それにその鎌刃こぼれしてる。随分と古そうなのに、なんでそんなの使ってるんだ」
「………目がいいんだ」
敵の機嫌が少し悪くなった。
道具に秘密があったってことか。あの大鎌の全てを飲み込んでしまいそうな禍々しい雰囲気、どこかで見たことある気がする。
「うん、そうだよ。私はね、全然強くない。道具に頼らなきゃ戦えない。でも、弱くても、強くならなきゃいけない」
「なんでだ?」
「悪い奴は倒さなきゃいけないの」
「……俺は悪ってことか?」
「うん、お前たちは悪」
お前たちは。俺だけじゃない。他のみんなのことまで知っている。だがもっと引っかかることだある。
何をもって悪と判断したのか。過去に人を殺したことか? 違う、こいつも俺を殺そうとしている。他に誰かに害を及ぼしそうなことと言えば、魔法を消すことぐらいだ。
俺たちの目的を知っているのか?
聞き出す必要だあるな。
「悪いけど、捕らえるぞ」
「できるの? 無理だよ。私は強くないけどね」
敵は大鎌を振りかぶり、
「お前も強くない」
俺に向かって斬撃を放った。俺はさっきまでと同じように避けようとしたが、
「な……!?」
なぜか敵の方に吸い寄せられ、避けられなかった。右腕が切り落とされ、はるか遠くへ飛んでいった。腕の断面からは青い魔力の粉末が溢れ出し、痛みが全身を巡った。
「うふふ、こういうことも出来るんだよ。うん、逃げられるなら逃さなきゃいいの。繋げられないように順に切って、遠くに飛ばしちゃえば、いつか死ぬよね?」
まだ全力を出していなかったようだ。初めからハイエンチャントを使ってしまうなんて、俺が馬鹿だった。あれは奥の手だというのに。
「クッソ…!」
俺は即座に木の裏に隠れ、敵の視界から逃れようと試みた。
「何してるの? 意味ないよ?」
当然木ごと俺を切ろうとしてくる。敵はゆっくりと近づいてきて、大鎌を振り斬撃を飛ばした。だが、
「……あれ?」
そこに俺はいなかった。切った木が倒れ、砂埃が舞った。
俺は地面に穴を掘って、そこに潜って隠れていた。どちらかというと犬っぽいが、物凄い速さで掘ることができた。上に木が倒れてきて、いい感じに蓋をしてくれた。しばらくは敵の目を掻い潜れるだろう。首も既に繋がっている。
さあ、どうする。
逃げるわけにはいかない。ひっ捕らえて知っていることを吐かせなければ。だが、敵は雑に強い。蹴りを入れても手応えがなかったしハイエンチャントは全然当たらないし、敵の攻撃は避けられないし…詰んでないかこれ?
なんとかしてこの状況を覆せないかと逆転の一手を模索している時、
「いたぁ❤︎」
敵がそう言った。
まずい。風魔法で気配を悟ったのか?
「そこだね。隠れても無駄だよ? 分かっちゃうよ?」
……ん? 声がこっちではなく遠くの方に響いている。どこを見て言ってるんだ?
俺は耳をすました。すると、外の音を自分でも驚くほどはっきりと聞き分けることができた。
足音がここではない別の方向に向かっている。
「アハッ、切っちゃうよ? 切っちゃうよ!?」
俺は木をこっそり退かしてひょっこりと顔を出し、外の様子を伺った。
敵は俺ではなく、別のものに夢中になっている。ある木に、いや、その木の裏にいる何かに狙いを定めている。
敵からは死角になっているが、俺からは木の裏にいる存在を確認できた。
子供だ。ボロボロの服を着て、敵の声に怯えながら息を潜めている。体も清潔感がなく、髪はボサボサで靴を履いていない。
どうして、どうしてこんなところに子供がいる。しかもたった一人。ここは街からは離れているはずだ。戦いが始まってさほど時間は経っていないが、騒がしかっただろう。逃げる時間はあったはずなのに、なんでそこにいるんだ。
「出てこないの? 諦めちゃったの? 殺しちゃうよ? いいの? いいよね!?」
「ーーーーーあ、ああーー」
「………!」
違う。息を潜めてるんじゃない。逃げなかったんじゃない。恐怖で体が動かないんだ。
敵は俺と子供を勘違いしている。このままではまずい。
助けないと。
「いくよー!?」」
敵は大鎌を大きく振りかぶった。それと同時に俺は穴から出て、子供の元へ駆け出した。
「せー、のっ!!!」
敵が大鎌を振り下ろし始めた途端、子供と敵を隔てていた木が根元から倒れ、敵がその真の存在をはっきりと認識した。どうやら先ほどまでの戦闘で、その木の根本にも傷がついていたようだ。
木が地に着くのとほぼ同時に、俺は敵と子供の間に割って入った。体の正面を敵に向け、両腕を大きく広げて目を強くつむった。片腕しかないので、不格好になってしまった。
これでは俺が切られてしまうが、子供が傷つくよりはいいだろう。一度攻撃を受けて、その後子供を連れて距離を取ろう。そう考えていたのだが、
「………あれ?」
いつまで経っても攻撃はこなかった。俺はゆっくりとまぶたを開き、敵を見た。
「はぁ、はぁ、はぁ」
子供の荒い息遣いだけが聞こえる。敵は大鎌を振り下ろし始めたところで、動きをピタリと止めていた。
俺じゃない。俺を見て動きを止めたんじゃない。子供を見た瞬間に動きを止めている。その証拠に、俺が目の前にいるというのに敵は俺を見ていなかった。その薄暗い緑色の瞳は子供だけを捉えていた。
「ハァ、ハァ、ばけもの!!」
「馬鹿っ、黙ってろ!」
子供が大声を上げた。俺はそれをなだめるが、敵はその声を聞いて、
「……アハッ」
また笑った。だがその笑い声は、さっきまでと比べて乾いていた。




