第41話 枯都リヴァイア
「止まってくれ」
「おう」
ガイウスの声を聞いて、クレイは馬を止めた。シルフィーは自分で止まった。馬も自分で止まれるんじゃないだろうか。
交易路を進んで、今は平原にいる。交易路は森と平原の境目でブツッと切れていた。ゴッデスの領地から出たということだろう。森から抜けたことで、初めて遠くの険しく長く連なった山脈が見えた。あんなものがあったのか、なかなかいい景色だ。
ここまで来るのにかなり時間がかかった。昨夜の遅くに出発して、今は既に昼前だ。昼食はリヴァイアに着いた頃に取ることになるだろう。
領主が真っ先に降りた。俺たちも順に降り、それぞれ距離を取って休むことにした。平原の所々には岩があり、俺とコラブルは岩が集まっている場所を選んで平たい岩に腰掛けた。
「結構狭いよな、馬車の中」
「オイラは特にっす。隣がアッカドだったの怖かったっす。アラタのせいでもあるんすからね」
「そうだな…」
「痩せた方がいいんすかね」
「そりゃあ」
「っすよねー」
「どういう感情で言ってるんだそれは」
雑談も雑談、非常に下らない会話をしていたのだが、そこに、
「隣、いいか」
「ん? ……ど、どうぞ」
業火の魔眼を持った女性が来た。女性はそのまま俺の隣の岩に腰掛けた。
とても緊張する。こうして面と向かって言葉を交わすのは大聖堂での戦闘以来だ。そもそも話したことがあまりないので超気まずい。
俺は何を話せばいいのか分からず、必死に思考を巡らせていたのだが、
「すまなかった」
女性から話し始めてくれた。
謝罪。大聖堂でのことを気にしていたのか。
「君を…殺そうとした。誤解だったにも関わらずだ。他人に踊らされていた」
「いえ、誤解っちゃ誤解だけど、一部正しいっていうか…だから気にすることないです」
「馬鹿を言うな。殺そうとしたんだぞ」
「でもこうして生きてますし…」
真面目。故に引かないやつだ。本当に気にしてないんだがどうしよう…。
「重たい話はそこで終わりっす」
コラブルが話に入ってきた。ナイス。
「せっかく楽しく話してたのに壊されたんじゃたまったもんじゃないっす」
「そういうこと? 励ましに来たのかと思ってた」
「すまない…」
「ほら、落ち込んじゃったじゃん」
「謝られても困るっす。また楽しい方向に軌道修正して欲しいっす」
「え……?」
「おい、困ってるじゃん」
もはや荒らしである。無慈悲にも程がある。大体正論なのがタチ悪い。
「…そうだ、自己紹介がまだだったな」
忘れていた。まだ名前すらも知らないじゃないか。この世界に来てからそういうのが疎かになっている。出だしが悪かったのかもしれない。
「私はフレア・ジレンライブだ」
「ぽいっす」
「ぽいですね」
「ぽい……?」
「好きなものとかないんすか?」
「好きなもの…思いつかないな」
「色は?」
「色……あ、赤だ」
やっぱり自己紹介で色はないよな。困らせてしまった。これからは聞かないようにしよう。
「俺はヒノ アラタです」
「オイラはコラブル・トンガっす」
「……覚えた。これからよろしく頼む」
「服、それで大丈夫でしたか? 露出激しめだと思うんですけど」
「…正直恥ずかしいが、ずっとあの格好でいるわけにもいかない」
フレアはユーリィの服を着ていた。マントは少し焦げていたしパジャマ姿も困るので、着替えてもらおうという話になった。でも他に選択肢がないとはいえ、よりによってユーリィの服を貸してしまうとは。アッカドのは少し大きいし、サイズ的にもこうなってしまうのは仕方がないんだけど、やっぱりユーリィの服ってちょっと過激だよな。
「これならパジャマの方が良かったんじゃ…」
「言わないでくれ。動きやすいのは確かだ」
服が黒いと金髪、赤い目がとても目立った。昨夜に比べれば金髪は三つ編みに結われているし身だしなみも整っているのだが、それでもどこか浮いている。
服といえば俺の上着。傷だらけになってしまっていたのだが、アッカドが縫ってくれた。皮なのでかなり大変な作業になり、日の出までかかってしまったせいでアッカドは今寝ている。見事な力技だった。ありがとうアッカド。
実のところ、俺もあまり眠れていなかった。硬い床で寝るのには慣れたが、座ったまま寝るのには慣れてなかったのだ。というわけで只今睡魔と格闘中です。あとで横になれる時間があればいいんだけど。
「腹とか出てて寒くないんすか?」
「おま、何聞いてんだ。フレアさんも引いてるぞ」
「…ちょ、ちょっと」
「ん……? え、俺ですか?」
今のはコラブルにツッコむところだと思うのだが、女性は何故か俺に反応したようだった。
「フレア『さん』はやめてくれ。慣れていない」
「…じゃあ、フレア」
「そっちで頼む」
呼称を気にしていたとは。そういえばこの世界でさん付けしている人は見たことないな。普通しないのかも。気をつけよう。
「フレアって何歳っすか?」
「おいどうしたお前、プライバシーのかけらもないぞ」
「気にするな。年齢くらい別にいいだろう」
「あ、そうですか」
俺が気にしすぎたらしい。若いから別にいいのか。さっきからすれ違ってばかりだな。
「十九だ」
「十九!?」
「またタメっす!」
「てっきり二十いってるかと」
「誤差だろう」
「それはそうですけど、まさか同い年とは…」
唐突に湧き出す親近感、これは仲を深めにいくしかない。
「タメ口でいいですか?」
「構わないが」
「じゃあ、これからよろしく、フレア」
「あ、ああ」
俺は距離を詰めようとしたが、向こうは少し躊躇した。いきなり過ぎたか。難しいな。
「おーーい、君たちー」
遠くから領主が俺たちを呼んでいる。何かあったのかな。
「ふう、久しぶりに走ると疲れるね!」
俺たちの所まで来るのに時間がかかっていた。ゴッデスにいる時は屋敷に籠もりっきりだったのだろうし、運動は苦手なのかもしれない。
「元気っすね」
「何のようだ」
「おおフレア、当たり強いね。以前の僕なら咎めなきゃだったんだけど、もうその必要はなくなった」
「どういう意味です?」
領主は岩に腰掛け、足を組んで話し続ける。
「いやさ、僕もう領主じゃないらしいんだよね。今頃議会が仕切ってるだろうし。というわけで、これから僕のこと領主って呼ぶのはなしね。君も敬語とか使わなくていいから」
「…そうですか」
「いやいや、だから使わなくていいんだって」
「使って欲しいとは思わないんですか?」
「思わないよ。もう偉くないんだから」
俺はまた違和感を感じた。やっぱり何かおかしいぞ、この人。
「…それだけ?」
「うん、それだけ。大事でしょ? じゃあ僕は馬車に戻るから、君たちも休憩が終わったら戻ってくるんだぞ」
「…了解です」
「…はあ。ま、いいか」
それだけ言い残して、カルディアは馬車に戻ってしまった。
「なんか怖いっすね。領主じゃなくなったことを言いに来たとか、どこが大事なんすかね」
「…そうだな。勝手に知った気になっていたが、今ので分からなくなってしまった。どういうつもりなんだ…」
大事だと言いながらそう思っている様子はなく、呆れながらも声のトーンは高いまま。かつての自らの地位を誇ることもなく、簡単に切り替えてしまう。まるで心がないようだった。だというのに。
「目は合ってた」
「っすね」
カルディアはしっかりとこちらを見ていた。目には何かが宿っていた。そういう性格なのだろうか。だとしたら、それはそれで問題がある。
「アラター、コラブルー、行くぞー」
「はーーい」
クレイが馬車から呼びかけてきた。早いな。
俺たちは馬車に戻り、俺は馬に近づいてクレイに話しかけた。
「シルフィーたち疲れてませんか?」
「余裕みたいだ。さすがというか何というか。もう出ようぜ」
「名前、ブラックで良かったんですかね」
「本馬に聞け」
『気に入りました!』
「なんか罪悪感…」
名前は「話せるんだから」という理由で俺がつけることになった。思いつかなかったので見た目からとった。そして気に入られた。複雑である。
この馬はどういう経緯で旅に同行することになったのだろう。その前はどうしてたんだろう。気になって仕方がないが、今は眠くて聞く気にならないので後で聞こう。
俺たちは再び馬車に乗り込み、リヴァイアに向かって出発した。
「…ここが、リヴァイア」
その国は山間部にあった。北を見ればさっき見たものと同じ険しい山脈があり、国内はゴッデス比べればかなり貧相で、建造物自体が少なかった。枯都という通称は相応しくない。領地内は植物ばっかりなのだから。
馬車は今、やはり森の中にいる。身を隠すためだろう。もはや森が自分のフィールドのように思えてくる。
「寒いな…」
「ごめんなさい、私の服だと寒いわよね」
「あなたは寒くないのか…?」
「寒いわよ」
「そうか…」
山間部ではあるがそこまで標高が高いわけでもなく、多少北に動いたかもしれないがおよそ半日で長距離移動できるわけもない。だというのにこの辺りの空気はゴッデスのものに比べてあまりに冷たかった。
「冷えますね…」
「ええ、ほんとに。私が近くに住んでた時はこんなに寒くなかったんだけど」
「クレイ、行くぞ」
「おう」
ガイウスがクレイを呼んで馬車を降りた。二人だけでどこかに行くようだ。
「どうするんですか?」
「まずは二人で行く」
「俺たちは留守番ですか」
「ああ。ここは今アトラスの領地だ。エルリアは当然、お前とカルディア、フレアも入るな。面倒くさいことになる」
「了解です」
となると、リヴァイアでは暇になるな。観光とかしたかったんだけど…。
「行ってくる」
「大人しく待ってるんだぞ、お前ら」
そう言うと、ガイウスとクレイは行ってしまった。
「飯にすっか」
アッカドが昼食の準備を始めた。フレアがいるので、森の中でも火が使えるのだ。早速力になってくれてありがたい限りだ。だがしかし。
「アッカド、俺眠いので寝てもいいですか」
「いいぞ。二時間ぐらい経ったら起こすからな」
「え!?」
「お願いします」
何故かコラブルが驚いていた。何に反応したのか全く分からないが俺はそれを気にしないでおいた。コラブルには申し訳ないが、気にしてたら俺一生寝れないと思う。
俺は馬車を降り、地面に横になって目をつむった。長い間眠気を我慢していたので、この時点で既に心地良かった。
そのまま俺は、深い眠りについた。




