第5話 見かけ
チリチリ頭の男が、俺の顔を覗き込むようにして見つめている。服装は半袖短パン。オーバーサイズだが真っ黒で、おしゃれに関心がないように見える。
(………だれぇ……?)
男は俺に話しかけてくる。
「おはようエルちゃん。あ、今は中身違うんだよな。大丈夫知ってるぜ。ガイウスーー! ユーリィーー! 起きたぞーー!」
男は誰かを呼んだ。ガイウスは知っている。『ユーリィ』は、あの女性の名前だろうか。起きたと言うよりは起こされたんだけど。
…今、はっきり「中身が違う」って言ったな。ガイウスという男、やはり何かを知っている。
扉の外から足音がする。また危険なことをされなければいいが...。
ガチャっと扉が開き、男と女の二人が入ってきた。『ユーリィ』はやはりあの女性の名前だったようだ。
「おはよう。調子はどう? あれから丸一日も寝てたのよ、あなた」
女性が優しく語りかけてきた。なんと、そんなに眠っていたのか。じゃあ今はまた昼ごろか。二十四時間も眠れるものなのだろうか。…寝起きだからか頭が回らないな...。
などと考えていると、ぐうぅぅぅと誰かの大きなお腹の音が聞こえてきた。
「………」
「あら」
「でっけえ音だな」
「…………すいません」
鳴ったのは俺のお腹だった。丸一日も寝てたということは、その間何も食べていないということだ。そりゃあ腹も減る。
「私たちお昼まだだし、一緒に食べましょうか。良いわよね、ガイウス?」
「好きにすればいい」
ガイウスという男は素っ気なく答えた。でも、いいんだ、一緒に食べて。てっきり断るかと思ったのに。尻尾の恨みがあるし、むしろこっちから願い下げなんだが。
「ありがと。じゃ、食卓行きましょう! おいで、エルちゃん。……あ、今は違うけど。大丈夫よ! 怖いことはしないから。ガイウスが何かしたら、私が懲らしめてあげるわ」
「勝手なことを言うな。何もしない」
男が呆れたように口を開く。何もしない? 信用ならんが…この女性、優しいな。腹も減っているし、この女性が居てくれるなら大丈夫だろうから、せっかくなのでいただこう。
移動するために立ち上がる。が、頭がいつもより重く、
「うわっ」
よろけて転んでしまった。額を石の床に思い切りぶつけ、鈍い音が俺の脳内に響き渡った。ゆっくりと激しい痛みが額を襲い、それと同時に周囲から視線を感じた。
「…………はぁ」
「おいおい、大丈夫かよ」
「泣いちゃう? 泣いちゃう!?」
「……泣きません」
女性だけテンションがおかしいが、こんなことで泣く十九歳ではない。......実は、めっちゃ堪えてたけど。
「気をつけてね。じゃ、行きましょう」
女性に手を握られる。柔らかく、暖かい。そのまま俺が立ち上がるのを助けてくれた。
この人たち、どういう集まりなのだろうか。今はまるで敵意を感じない。
廊下をまっすぐ歩いて行き、女性が扉を開く。すると、広い部屋に出た。
右の奥には玄関があり、靴が三足置かれていた。それぞれこの人たちの替えのものだろう。ここはやはり日本じゃないらしく、室内だというのに誰も靴を脱いでいなかった。
中央から少し左側にテーブルと、椅子が四脚。あれ、少ないな。
「他に人はいないんですか?」
手を握ってくれている女性に聞く。
「ええ、いないわ。私たち四人だけよ」
あれ、結構大人数だと思ったんだけど。たしか...冷蔵庫の大きさ的に。あ、でも鍋は別に大きくなかった。考えが安直だったか。
「はい、座って。でも、どうしてそんなこと聞くの?」
俺を椅子に座らせた後、女性も椅子に座りながら聞いてきた。
周囲に気を配れる人って素敵だ。助けがなかったら、こんな高い椅子座れなかった。いや、当然か? この体と知り合いなんだし。
「昨日冷蔵庫をみて、とても大きかったので」
俺は正直に答えた。
「ああ、あれね。そんなとこ見てたの? 尻尾切られそうだったのに」
「いえ、押さえつけられる前に...」
「あ、ほんと。あの冷蔵庫ねぇ...パンパンに詰めると、ちゃんと冷やしてくれない時があるのよ。ぬるくて、内部のがね。まあ大して害はないんだけど」
え、この人数であれパンパンに詰める時があるのか?
「そんなことよりさぁ、早く食べようぜ!」
チリチリ頭の男が昼食を急かす。そんなことじゃないと思うんだけど...。
全員が椅子に座っている。…誰も動かない。
「………今周の当番誰だよ?」
チリチリ頭の男が口を開く。当番制なんだ。もしやあの鍋に入っていたあまり美味しくなさそうなものを食べる羽目になるのか?
女性が壁にかかっている紙に目をやる。何か文字が書いてあるが、読めない。言語が違うんだ。…じゃあなんで会話できるんだ?
「んー…あれ、私? 私先週…あ、ごめん、変えるの忘れてた。てへっ!」
可愛い。
「アッカド、あんたよ」
「ああ? めんどくせえなあー」
アッカドと呼ばれたチリチリ頭の男が駄々をこねる。だが、そんなに嫌そうには見えないな。
「わあったよ...じゃ、作ってくる」
そう言うとチリチリ頭の男は立ち上がり、おそらく厨房へと向かった。
その後、残った二人が話し始めた。
「でもまさか、本当に中身が違うなんてねぇ…」
「今更何を言っている。お前は自分で気付いていただろう」
「あんなの半分冗談よ。尻尾と何か関係あるの? ガイウス、何か知ってるんじゃない?」
「いや、知らない」
そんなわけないだろ、と突っ込みたかったが、ガイウスという男、正直に言って怖い。結局突っ込めなかった。会話は勝手に続いている。
「ほんとにー?」
「ああ」
「………ま、言えないならいいけど」
言えない? 男の様子を見るに確かにそう受け取れるが、どうしてだろう。ああ、色々聞きたいのに、怖くて聞けない...。
会話はまだ始まったばかりだが、
「ほい、できたぜー」
チリチリ頭の男がもう戻ってきた。なんて手際の良さ。......ん? なんだこれは!?
勝手に下手なんじゃないかと思っていた自分を殴りたい。食卓には彩り鮮やかな、美味しそうな料理が並べられた。スープにサラダ、サンドウィッチ、プリンのようなデザートも用意されている。これをこんなに早く作ったのか?
いや、プリンっぽいのは冷えてるから、あらかじめ作っておいたのか。サンドウィッチとサラダは食材が似ているし、手早く作れる。それにしても早すぎるが。スープは...あらかじめ作っておいたのかな。
「さ、召し上がれ!」
その言葉を聞くことなく、俺はすでに、サンドウィッチに手を伸ばしていた。失礼なのは重々承知しているが、空腹には逆らえない。
「………うまい」
食リポは苦手なので省く。新鮮なサンドウィッチ、と言えば伝わるか? とにかくすごく美味かった。
「アッカド、なんでこういうの得意なのかしら。見かけからは全く想像できないわ」
まっふぁふだ。すっふぇえうまい。
「人を見かけで判断するなってことだよ。なんなら料理教えてやろうか?」
「結構よ!!」
驚くべきことに、食卓は楽しげな空気で満ちていた。ガイウスという男は何故か一層険しい表情をしていたが。そんな怖い顔しながら食べなくてもいいじゃないか…。
それにしても、腹は満ちるがなんだか軽いな、昼飯にしては。まるで朝ご飯じゃないか。
(............あ。)
もしや、俺のために?
「…………」
人は見かけによらないな。
心から、そう思った。