第39話 カルディア・エル・リンケージ
「ーーーなんで」
「なんでお前が?」
「……すまない。悪気はなかった」
俺たちは何故か、この燃えるような瞳をした女性に尾けられていた。金髪は結ばれていないし、何故かパジャマ姿。まるで就寝前だ。
悪気はないってなんだ。意味が分からない。
「なんで尾行したんですか」
「……無我夢中だった。深い理由はない。お前たちのことが気になったんだ」
「領主を取り返しに来たんじゃねえのか」
「違う。…それも気になるが、違う」
なおさら分からない。深い理由はない? 怪しい。
「理由ないわけないですよね」
「………」
「黙るってことは、あんのか。聞かせてもらうぜ」
「……私は………」
女性は俯き黙ってしまった。何かまずいことでもあるのだろうか。問い質さねばならない。
俺は女性に質問しようとする。だがそれより早く、
「お前たちは、どこへ行くんだ」
女性が口を開いた。
どこへ行く、とは含みのある言い方だ。場所か、それとも目的か?
「質問の意味がわからねえな」
「…領主を連れ去ってどうする。これからどうするつもりなんだ」
「お前に話す必要はねえだろ」
アッカドが冷たく言い放った。事実だ。この女性に話したところで、何かが起こるわけでもない。
だがしかし。
「旅に出ます。ゴッデスを出て、多分世界を周ることになると思います」
「何話してんだお前」
「お、怒んないで…隠す必要もないでしょ?」
「あるだろ。仮にもこいつ領主の手下だぞ? 大火事でうやむやになってるが、俺たち領主拉致してんだからな?」
「…そうでした」
めっちゃ怒られた…目的はもちろん駄目だが、何をするかぐらい話しても良いと思ったんだけど。
「世界を周る…それは、本当に世界全体か?」
「…全体とは限らないです。探し物をしてるんです、俺たち。それが見つかったらそこで終わりです」
「……そうか」
何故そんなことを気にするのだろう。この女性は何を求めているんだ?
「…なら、それまででいい。私も連れて行ってくれないか」
「あ? …ああ!?」
「はあ!?」
どうしてそうなった。
「私には為さねばならないことがある。誰もが幸せになれる世界を、誰もが誰もを思いやる世界を作らなければならない」
「なんじゃそりゃ。だっせえ世界だな」
「アッカド、言い方…でも、アッカドの言う通りです。その世界に価値があるとは思えない」
誰もが幸せになれば、それはもう幸せではない。誰もが誰もを思いやれば、それはもう思いやりではない。
「……お前たちもそう思うか」
「あ…?」
「ん…?」
お前たちも…この女性も同意見ってことか? うーん、この女性の考えが全く分からない。
「あの、どうしたんですか。さっきから言ってることおかしいですよ」
「私は受け継いだんだ。彼の思いを。…私がそう思っているだけかもしれないが」
「……彼の」
「どうか、私も連れて行ってほしい。私は、世界を見つめなければならない。彼の願いの意味を知らなければならない」
「こっちにメリットあんのか」
「可能な限り…倫理に反しない限りで、手を貸そう」
「…どうします、アッカド」
「どうするも何も、俺たちだけで決めていい問題じゃねえだろ。不本意だが、とりあえずこいつも連れて合流するか」
「パジャマみたいですけど…?」
「気にしないでくれ。格好など大したことではない。剣は持ってきている。これで十分だ」
そう言い女性は、白いマントの中から剣を出して俺たちに見せる。鞘にしまわれ剣身は見えないが、あの赤い剣だろう。
「じゃあついてこい」
そう言うとアッカドは、後ろに構わず一人で走り出した。合流地点を知ってるのはアッカドだけだ。俺と女性も急いで後をついて行った。
「断る」
ガイウスたちと合流した。そこは交易路を少し進んだ所で、幌馬車が二つ用意され、既に多くの荷物が積まれていた。一つをシルフィーが引くようだ。もう一つは全く見覚えのない黒い馬が引くみたいだが、誰だこの馬。
そして女性がすぐに話を切り出したのだが、ガイウスは即行で断ってしまった。
「運べる食料には限界がある。手も足りている。貴様を連れて来ても、邪魔になるだけだ」
「………そうか」
間違ってはいないが、言い方がキツい。こうなったら…。
俺は小さな声でガイウスに話しかける。
「なんとか連れて行けませんか…?」
「連れて来てどうすると言うんだ」
「何かするわけじゃないですよ。でも彼女、魔眼使いですよ? 絶対力になります」
「それを考慮してのこの判断だ」
人数は領主を含め七人、動物は一羽と一匹と一頭。女性を連れて行くとなると数が多すぎる、ということだろう。確かにそうなんだが…。
そんな時だった。
「連れて行った方がいいと思うよ。というか、普通連れてくでしょ。君って相変わらず馬鹿だねえ」
「ちょっと、無理しないでね? あなた、超重要人物なんだから」
「分かってる分かってる。ただ、あの馬鹿な男を見ていると口を出さずにはいられないんだよね」
前方の幌馬車の中から、ユーリィと知らない女の子が出て来た。女の子はかなり毒舌っぽい。灰色のローブを着てフードを被り、顔をはっきりと伺うことはできない。ローブは明らかにサイズが合っておらず、地面についてしまっていた。
「誰だ」という疑問が浮かぶことはなかった。消去法で分かる。
「ゴッデスの領主であり、君たちにとっての超重要人物でもある私が言ってるんだから、連れてくるんだ!」
「あ、あなたが領主?」
「ん? ああそうだとも!」
領主は幌馬車によじ登ろうとした。だが体が小さく、一人では登れないようだ。
「ちょっと、そこの君」
「ああ?」
「手を貸してくれないかな。一人じゃ登れない」
「登ってどうすんだ」
「見下ろしたいんだよね。ほら早く!」
「………チッ」
アッカドは渋々従った。見下ろしたいって…性格悪いな。
アッカドが後ろから押して領主を幌馬車の上に乗せた。アッカドが支えてもギリギリで、領主はかなり頑張ってよじ登っていた。平ではないので少し危ない。ユーリィが心配して声をかける。
「落ちないでよ?」
「落ちるわけないじゃないか。僕を誰だと思ってるんだ?」
そう言うと領主はフードを取り、顔を俺たちに晒した。長い銀髪が溢れ出すように現れ、月明かりに照らされる。瞳は白色、顔立ちは非常に整っており、エルリアと少し似ていた。
「私こそは『透視の魔眼』使い、なおかつゴッデスの領主であるカルディア・エル・リンケージだ! 敬うんだぞ、君たち!」
月を背景にその少女は、声高らかに名乗った。




