第37話 激動
「なんで……!?」
『さあな。伝えたかったのはそれだけだ。じゃ、あとは好きにしな』
そう言うと情報屋は通信を切ったらしく、ガイウスの左腕から光が消えた。
どうして急に? なんでこのタイミングなんだ。
「アラタ、アッカド。領主を連れてこい。俺たちは先に貿易路に向かう。どのみち実行は今夜の予定だった。少し前倒しになるだけだ」
「お願いね」
「りょーかい」
ガイウスはエルリアを抱きかかえ、シルフィーはユーリィを背に乗せ一斉に走り出した。ガイウスの足の速さは知っているが、シルフィーが陸でそれについていけるとは思っていなかった。すぐに森の中に見えなくなってしまった。
アッカドは脚を伸ばし、走る準備をしている。
「れ、冷静ですね…?」
「焦ってる時間がもったいねえってことだ。全力出せよ」
「……すぅぅっ、はぁぁ…了解です」
俺はしゃがんで手を地面につき、クラウチングスタートの姿勢をとって魔法を唱える。
「『エンチャント:シングル』」
瞬間、下半身に力が湧き上がってきた。
『エンチャント』は英語で魔法にかけるという意味だ。呪文を考える上で何か基準になる言葉が欲しいと思った俺は、この言葉を採用した。
後ろに『シングル』や『ダブル』という言葉を付加して、内容を決定する。俺は身体強化魔法を上半身と下半身に分けて使うことにした。全身に使うと動けすぎる。もともとの運動能力が高い故に、必要以上に力が出てしまうのだ。
また、炎魔法もこの言葉に含めることにした。俺は炎を飛ばしたり自分以外のものを燃やす魔法を習得しておらず、できるのは体を燃やすことぐらいだった。
自然と『エンチャント』は自分の体にかける魔法になった。一つだけかける時は『シングル』、二つ重ねがけする時は『ダブル』という感じで、かける数によって言葉も変化する。体を燃やすか体のどこを強化するかは、この一ヶ月で深く意識せずとも使い分けられるようになった。だがまだスイッチが必要で、その役割を果たすのがこの呪文だ。
「行くぞ」
「はい」
こうして全力で走るのは初めてかもしれない。貴族帯は中央だから目立つだろうが、領主が死ぬかもしれないのだ。最速で行かなければならない。
俺たちは一斉に走り出した。その衝撃で地面が割れ、砂埃が高く舞い上がった。
景色が急速で流れていく。その中で俺はしっかりと正面の木々を捉え、避けながら走った。足が地に着くたびに地面がえぐれ土が舞い上がるが、俺はそれを遥か後ろに置いていくほどの速さで走っていた。大きな体格を活かし、一歩一歩大きく踏み出して走り続けた。
もどかしい。あまりにもどかしい。木々が邪魔で最高速に達することができない。もう直線状に突っ切るか?
と思っていたその時、何かが跳ぶような音、そしてバキバキっと木の枝が折れる音がした。アッカドの方からだ。
俺はアッカドを探す。あれ、いない。もしや…。
「ぐほぁっ!!?」
いってぇ!? 今よそ見したらダメじゃんか!
木に正面からぶつかり、へし折ってしまった。後ろから時間差で木が倒れる音がした。
俺が再び加速している間、何かが前方に落ちてきて、また跳んだ。
…アッカドだな。賢い。木が邪魔なら空を行けばいいってことか。あれだけ練習したのにその発想に行き着かないなんて、俺もまだまだだな。
俺は右足が地に着いたタイミングで思いっきり力を込め、跳んだ。枝を折りながら空へと昇り、月が姿を現した。
この一ヶ月、俺は跳躍をかなり練習した。アッカドから勧められたわけではなく、俺がやりたかったのだ。この動作に命を救われた。極めたいと思うのもおかしくはないだろう。
空中でうまく姿勢を取る。足を下にし正面を見て、両手を使ってバランスを取る。前方の木々からアッカドが飛び出してきた。遅れをとっている。ついていかないと。
次第に体が落ちていき、地面に着地する。慣性により残った勢いを地面を滑ることでうまく流し、また少し走った後に思い切り跳ぶ。
俺たちは何度も跳躍を繰り返しながらゴッデスに向かった。ある程度近づいてきた時、空中の最高点からゴッデスの中央が赤くなっているのを確認できた。黒煙も上がっている。急がないと…!
街にはあっという間に着いてしまった。ここからは人がいるところを走ることになる。ぶつからないように気をつけないと。
俺たちは鉄格子を軽々跳び越え、ゴッデスに入った。俺は道を堂々と、全力で走る。アッカドは屋根の上に登り、次々と屋根をつたっていた。俺もアッカドの真似をするかのように屋根の上に登り、アッカドの後を追った。アッカドとは体重差がある故に跳ぶ時の衝撃も全然違う。道をへこませてしまった。
俺たちは屋根を迅速かつ一つ一つ丁寧に渡って行く。あまり激しく着地すると崩れてしまうかもしれない。思うようにいかないな…!
人通りの多い場所に到達した。やはり穏やかじゃない。街中大騒ぎってわけだ。人々があれこれ叫びながら、街の中心に向かっている。
ここからは黒煙がよく見える。それもおびただしい量の。これは本当に中央まるまる燃えてるな!?
貴族帯に到達した。俺たちは屋根から降り、少し先にある屋敷を見た。
なんて光景なんだ。こんな広い家見たことがない。それが、庭まで全て燃えている。
門の前には大勢の野次馬がたかっている。それを消防士と思わしき人たちが無理やり押し除け、門を開き中に入っていった。だが随分と軽装だ。一応口を覆ってはいるが、大丈夫なのか?
「こっちだ」
アッカドが領主の屋敷に案内してくれるようだ。
俺は横目で燃える屋敷を見ながらアッカドの後をついていく。だがその時、
「ーーーーーああ」
「……!」
何かに絶望しているあの女性を見た。もともと赤かった目が炎に照らされ、深く絶望的な何かに変わっていた。それにかまっている暇などなく、すぐに目を離してしまったが、大丈夫だろうか。
「やべえな…急ぐぞ!」
「はい!」
俺たちは領主の屋敷に辿り着いた。
激しく燃えている。中にいる人は無事か? いや待て、領主は中にいるのか? もう避難したのではないか?
アッカドが進んでしまったので俺も屋敷に入った。アッカドは腕で口を覆い煙を吸わないようにしている。しかしそれでは防ぎ切れないだろう。俺は精霊だからなのか、全く苦しくない。ここは俺が積極的に動かないと。
アッカドは少し身を屈めながら急ぎ足で進んで行き、俺はその後ろをついて行った。
「中にいるんですか!?」
「多分な! あいつぼっちだし、この火事自体あいつを狙ったものかもしれねえ! 中で襲われてる可能性がある!」
アッカドは真っ直ぐどこかへ向かっている。廊下を抜け、広間に出た。ダンスパーティを開けるほど大きな広間で、豪勢な装飾が燃えて灰になっている。シャンデリアは落ちてばらばらに砕け、細かなかけらが床に散乱していた。壁にかけられていたと思われる絵画等は焼けて、多くが床に落ちてしまっていた。
ぼっち? こんなに広い屋敷なのに、使用人はいないのか?
などと考えている時、ヒュンッ、と聞き覚えのある音、感触、そして覚えのない鋭い痛みが背中を走った。
俺は冷静に前方へ跳び、腰に手を触れた。アッカドも異変に気づき足を止めた。
…これまた盛大に切られているな。若干跳びずらかったし、着地した時も力が入んなくてよろけてしまった。この服気に入ってたんだけど、腰のところに大きな切れ目ができてしまった。
今はあの時ほど動揺していないので痛みに意識がいってしまうが、耐えなければならない。
そうか、こいつらか。
「大丈夫か、アラタ!?」
「だ、大丈夫です! アッカドは領主を!」
「…りょーかい。任せたぞ!」
アッカドは俺に構うことなく進んでいった。俺は後ろを向き、いつの間にか飛んできていた刃物を顔に刺さる寸前のところで指で挟んで受け止めた。
「…背中に目でもついてんのかな? というか、その傷で死なないんだ」
そこには黒いマントを羽織り、魔法陣のようなものが描かれた仮面をつけた、おそらく男が立っていた。マントが少し膨らんでいる。何かを隠しているようだ。
「この火事、お前らの仕業だな」
「だったらどうする?」
「…許さねえからな。『エンチャント:ダブル』」
俺は全身を強化した。慣れていないが、こんなやつに時間を割きたくない。さっさと終わらせよう。
全身を青い光が駆け巡り、力が湧き出してくる。練習はしていた。なんとかなるはずだ。
「ふぅ…君も標的なんだよねえ」
そう言い男は、マントに隠れている背中から大きな剣を取り出した。見たことないサイズだ。剣身が炎によって赤く照らされ、少し残った血の跡が見えにくくなっている。手入れを怠っているわけじゃないだろう。
…既に何人か殺したのか?
男は剣先を床に置く。すると、大きな剣は粉砕音と共に床にめり込んだ。
油断したら死ぬな、これは。
「ーー殺すよ」
「ーー倒す!」




