第36話 過去の話 ユーリィとシルフィー
「キリがいいわね」
「すまない、長く話してしまった」
「いいのよ。リーダーの事情だもの、大切なことだわ。それじゃあ次は、私の話をしましょう」
「…お願いします」
「重みがわかってきたようね。でも私のはガイウスとは全然違う。ただの復讐だから」
「復讐? ユーリィが?」
「アラタ君、私のこと勘違いしてるのよ。私はね、自分の幸福のために魔法を消したいんじゃない。魔法を消すことで潰せる奴らがいるから消すの」
私は大陸中央にあるリヴァイアの近く、少し北側にいった辺境の村に生まれたの。
両親は幼い頃に亡くなったって聞いたわ。だから私は親の声も顔も知らない。
その村は貧しかったけどいい場所だった…毎日生き延びるのに必死で、常に生を実感できた。一人じゃ生きていけなくて、周りの人たちと助け合って、村民全員が家族のようだった。小さい頃の話だから断片的にしか覚えてないのだけど、素敵な生活だった。
一人、仲のいい女の子がいたの。『アイシャ』って言ってね、髪が水色だった。素質が関わってるんだけど、体のどこかに影響が出ること自体は珍しくないの。…ええそうね、もう一つ嘘をついてたわ。水色が好きなのは、アイシャの長髪が綺麗だったからよ。
とても賢い子だった。大人と農業の知識を分け合ったり、魔物が襲ってきたときに知恵を振り絞って追い払ったり…私たちがいた村には強い魔法使いがいなくてね、魔物一匹追い払うのもままならなかった。
毎日一緒に遊んで、山に入って怒られて、でもやめなくて…あの子ちょっと浮いてたの。同年代の子供を山に連れ出すものだから、大人たちは自分の子に『関わっちゃダメ』って口を揃えて言ってたわ。友達は親のいない私だけだった。あの子も親がいなかったから、そこでも意気投合したの。
十歳の時、私とアイシャはいつものように山に出かけたの。何回も通っているうちに地形とかも覚えちゃって、危険だなんて認識はどこかに置いていっちゃった。
山の中にはいろいろなものがあるの。植物に虫とか動物、アイシャはどれも好きだったみたい。私はアイシャと遊びたかったから一緒に潜ってただけなんだけどね。
いつも昼過ぎに出て日暮れ前に戻るから、大体四、五時間は山に潜ってたと思うわ。結構できること多いのよ? 食べれる草もあれば涼しい洞窟、人懐っこい動物とかもいたわね。例えばコモリドリ。コモリドリは私の村の近くにしかいないとても珍しい鳥なの。家畜にしてたわけじゃないんだけど、守り神のようなものだった。お守りに羽を使ったりしたわ。
基本奥深くまで行くことはないんだけど、その日はちょっと興が乗ってね、結構冒険したの。でも途中雨が降って、お陰で帰るときにはヘトヘトで、二度と奥には行かないって密かに決めた。帰り道も険しくて、時間が掛かった。少し遅くなっちゃって、日が暮れかけてたわ。村に着く頃には雨は止んでたのだけど、そのかわりに別の異変が起きてた。
村が見えてくると、見覚えのない人たちがいた。全身鎧を纏っていて、腰に剣を携えて、松明を持って村長と何か話しているようだった。穏やかな雰囲気じゃなかったわ。村の人たちが後ろで農業用の鎌やらクワやらを構えて、追い返そうとしているように見えた。私たちはそれを少し離れた山の木々の陰から覗いてたの。アイシャが必死に私を説得して、身を潜めた。
しばらくして、鎧を纏った人たちが松明を捨てて、剣を抜いた。アイシャが『決裂した』って言ったわ。どうやら向こうが強行手段に出たみたいだった。捨てられた松明の火が水溜りに沈んで消えたのを、何でか鮮明に覚えてる。
村の人たちは応戦したの。日頃から命かけてるんだから、脅しなんて効かなかった。
でもね、効く効かないは大したことじゃなかった。敵は容赦なく斬り掛かって、村の人たちを鎮圧した。そして、どこかに連れていった。一人残らず、みんな連れてっちゃった。アイシャはすごく焦った様子だった。それは当然のことなんだけど、私は状況が飲み込めなくて、ただ困ってた。何度も、いろんなことをアイシャに聞いた。
私は彼女を困らせちゃった。彼女は余計焦って、ブツブツ呟き始めた。周囲への注意が散漫になった。だから私たちの存在がバレていることに気づかなかった。あいつらは私たちも連れていくつもりだったみたいで、いつの間にか二人、後ろにいた。
あいつらはまず私に襲い掛かった。何せ十歳だから、抵抗は意味をなさなかった。抱えられて終わり。私は泣き叫びながら誰かに助けを求めた。
彼女はそれに躊躇なく応えた。賢い子だったから、少しだけ魔法を使えたの。賢いのに、それを自分のためには使わず、私のために使ったの。
土中に浸みた水をかき集めて私を抱えてるやつの顔に浴びせた。土もちょっと混じってて、うまく目に入ってくれたみたい。私を離してバイザーを外して、目を擦ってた。
アイシャは私に逃げてと叫んだ。でも彼女も抱えられてた。私はどうしたと思う?
逃げたわ。
逃げたの。彼女がそうしろと言ったから、彼女はいつも正しかったから、私は逃げなきゃいけないんだって思った。
全力で山を駆け上った。山は私のフィールドだったから、誰も私には追いつけなかった。でも私はそれに気づかずに、重い足を必死に動かした。たまに転んで、泥だらけになって、それでも走った。
ある程度走って、私は疲れちゃった。当然よね、その前に数時間山で遊んだのだから。近くの木に座って寄りかかって、寝ちゃったの。そこはもう知らない場所だった。見たことない木々の配置に草木。危険なはずなのに、私は寝ちゃったの。
目が覚めたら、なんでか屋内にいた。木の天井が目に入って、右の窓から空が見えて、青空は見えなかった。ベッドも硬くて、あまりいい寝覚めとは言えなかったわ。
体を起こすと、身体中絆創膏だらけだった。山の中を走っているときにあちこちを草木に引っかけてたようなんだけど、気づかなかった。
昨日のことを必死に思い出してるときに、誰かが入ってきた。その人はまず私に『目が覚めたか』って声をかけた。そばには私よりも小さい子がいて、手を握り合ってた。
…私がガイウスと会ったのは、十年以上も前の話なの。
「そんな前に…」
「ええ」
「その時俺はすでに仮定の魔眼探しを始めていた。そして、たまたまユーリィの故郷の近くにいたんだ。近くに村があると聞いて探していた。仮定の魔眼の当てなどない。闇雲に探すしかなかった」
「じゃあ、本当にたまたまなんですね」
「ええ、たまたま命を救われて、たまたま彼の気分が良くて、旅の同行を許可された」
「…まだ続くんですよね?」
「当然よ。私自身が魔法を消そうと思い立った理由を教えないとね」
それから私は、ガイウスについていった。選択肢がなかったの。
村を襲ったやつらがどこの誰かなんて私にはわからなかった。知ってたら村の人たちをなんとかしたいって思ったのだろうけど、知らない私には何もできなかった。居場所もないから、ガイウスを説得して、旅に同行させてもらった。
ガイウスは大変そうだったわ。その時の私はエルちゃんよりは大きいけど、子供であることに変わりはなかったのだから。いろいろわがままを言ったし、たくさん迷惑をかけた。
そんな生活が七年以上続いた。私は大きくなって、三年くらい前から魔法を教わってた。でもガイウスへの不信感も募らせていった。だってエルちゃんが全然成長しないんだから。…その時はね、まだ事情を聞いてなかったの。
大陸探索の大部分は四年ぐらいで終わってたみたい。大陸っていうのは今私たちがいるオーランド大陸のこと。他にもあるのよ? 島とかもね。あとの三年は、こことは別のアトラス近くの森の中で暮らしてた。ガイウスは毎日頭を抱えてたわ。大陸で残すはアトラスだけだったんだけど、当時不穏な空気を出し始めていて、私やエルちゃんを心配してた。他の大陸に渡ろうかとも考えてたらしいんだけど、そこにある国は攻撃的なところや宗教第一のところ、あと単純に魔法が発展してないところしかなくて、ガイウスは仮定の魔眼はアトラスにあるって思ってたみたい。
そんな中、突然戦争が始まった。
きっかけはアトラスがリヴァイアに攻め込んだことだった。当時リヴァイアはゴッデスと同盟関係にあって、ゴッデスがそれを看過するはずもなかった。何より、最弱のアトラスが最強のゴッデスに喧嘩を売るなんて、なんて愚かなんだって誰もが嘲笑った。
そのゴタゴタのうちに、私たちはアトラスに忍び込んだの。あんまり派手には動けないから、道行く人に聞き込んだりしてた。
そこで、ある噂を聞いた。
王様が、人体実験をしてるって。
初めはピンとこなかったんだけど、それが七年前からだって聞いた瞬間、私は悟ったの。あいつらだって。あいつらはアトラスの人間だったんだって。
証拠がないから断定はできなかった。私はガイウスに王城に行こうって提案した。初めは突っぱねられたんだけど、仮定は王城にあるかもしれないとか適当なこと言って、首を縦に振らせた。
もちろん正面からは行かないわ。夜中にこっそり忍び込んで、王城内を探した。
しばらくはなにも見つけられなかった。今思えば人体実験を王城で行なっているとは限らないし、ガイウスにももう十分だって言われて、私たちは王城を後にした。
でも、王城の外で変な場所を見つけたの。
それは森の中にある家に向かう途中のこと。ええ、それは私たちの家の近くにあった。距離的には遠いけど、近くにあったの。
金属で作られた建物。あまりに森とミスマッチで、住居じゃないことはすぐに分かった。
鍵はかかっていなかった。簡単に中に入れたわ。
中は暗くて湿っぽくて、変な匂いがした。檻がいくつもあって、中に何かが入ってた。
それは、白骨だった。
でもね、誰の白骨かはわかったの。私の村の人のだってわかったの。
白骨は服を着てた。多分服を着た状態で骨になったのね。かなりボロボロだったけど、一部だけすごく綺麗だった。
鳥の羽を用いて作られたお守りが、とても綺麗な状態で残ってた。
それはね、コモリドリの羽だった。
それはね、私の二軒隣に住んでた人の骨だった。
「なんで人体実験なんか」
「アトラスはな、魔法を愛している。誰もが魔法使いに憧れ、魔法使いになり、魔法使いとして死ぬ。誰も戦いに興味がなかった。戦闘系の魔法に魅せられたものもいるが、それが兵士になることはなかった」
「でも王が変わってから、国の方針も大きく変わったの。すごく攻撃的になった。大陸を支配しようとしているのかと思わせるほどに」
「故にアトラスの人間は兵器を必要とした。アトラスの魔眼は『略奪』なんだが、それが有れば他人の魔力で兵器を動かすことができる」
「どういうことですか?」
「略奪の魔眼は見たものの魔力を奪うというものだ。相手の魔力をそのまま自分の魔力にする。事実上相手の魔力をそのまま使えるというわけだ」
「その力があれば、素質に縛られずに兵器を作れる。でね、私の村の人たちの魔力にはある特徴があった」
「特徴?」
「異常なまでの制御性の良さ。つまり、非常に扱いやすかった。略奪の魔眼独自の観点だがな。扱いやすければ、より強力な兵器が作れる。ゴッデスに対抗し得る力をユーリィの村の人間は持っていた」
「…どうして扱いやすかったんでしょう?」
「環境よ」
ユーリィは俯いたまま続ける。
「実はね、そばには精霊の森があるって言われてた。精霊の森っていうのはどこか特定の場所を指す言葉じゃなくて、精霊が暮らせるほど空気の魔力が濃い森のことでね、それは自然を循環し続けた魔力だから、すごく綺麗なの。それが作物とかに染みて、私たちの中に蓄積した」
「じゃあ、その作物を使えばよかったんじゃ…?」
「気づいてなかったのよ、アトラスの奴ら。何か遺伝的なものがあるんだと思ってた」
遺伝的。素質にはないが、魔力自体にはあるのか?
いや待て、一つおかしな点がある。
「アトラスの人間は、どうやってユーリィの村のことを知ったんですか?」
「…両親よ」
「…………まさか」
「私の両親、亡くなったのは本当だけど、私が十歳ぐらいの時は多分生きてたの。村を出たのね。それで多分、リヴァイアも出たんだわ。あくまで推測だけど、あの人たちは貧困が嫌いだったんだと思う」
「…ゴッデスではなく、アトラスに?」
「初めはゴッデスに行ったけど、職がなかったんでしょう。グローリアは当然なし。必然的にアトラスに行った」
「それで、王に魔力のことを知られた?」
「ええ」
「…どうやって? なんで遺伝的なものだって思ったんです?」
「話したんでしょう」
「え……?」
話した? 自ら?
「優遇してもらえると思ったんでしょう。貧困が嫌いってことはつまり、裕福が好きなのよ。遺伝的なものって言えば子孫も良い待遇を受けられる」
「…でもそれじゃあ」
ユーリィの両親が村の人たちを殺したってことに…。
「違うわ。殺したのはアトラスの人間。アトラスの王」
ユーリィはすぐに否定した。
「あいつは、あいつらは、私の家族を奪った。親友を奪った。私の全部を奪っていった。だから、あいつらが大好きな魔法を消してやるの。略奪の魔眼を消してやるの」
魔眼を消す。魔眼使いを殺すのではダメなんだろう。ガイウスが前、継承という言葉を使っていた。魔眼は引き継がれるんだ。
「…キュゥ」
「…ん? …シルフィー」
シルフィーが小屋から出てきていた。白い翼が月光を反射し優しく煌めいていていた。シルフィーはゆっくりとユーリィの近くに寄り、首を下げて頬擦りをした。ユーリィはシルフィーの頭を優しく撫で返した。
「私はコモリドリが苦手だったからあんまり関わらなかったんだけど、この子はなんでか私についてきた」
「俺が山奥でユーリィを見つけた時にはすでに一緒にいた。シルフィーも随分と大きくなったものだ」
「キュゥ」
シルフィーは動物のように鳴いてみせる。俺なら理由を聞き出せるが…今はその時ではない気がする。
シルフィーが俺に話しかけてくることはなかった。まるで、ユーリィを励ましに来たみたいだ。
「……なんだ、重くなっちまったな」
「…ですね」
「ここは俺の面白話で…」
『おーい、あんたら』
「ぅおう!?」
突然ガイウスの腕あたりから声がした。通信の刻印だろう。腕に文字が白く浮かび上がっている。相手は話し方からして情報屋かな。
「なんだ?」
『ちょいと事態が動いたからな、知らせとこうと思って』
なんだろう。次はアッカドの話を聞きたいんだけど。
『貴族帯が燃えてるぞ』
「………………は?」
『貴族どもの家がまるまる火事だ。こんままだと、領主もやられるかもな』




