第34話 過去の話 アラタ
俺は一人っ子でした。特別裕福ではない場所に生まれて、そこそこいい環境で育ちました。一部においては最悪でしたけど。
両親はお互いに関心がないようでした。共働きで、三人で食卓を囲むことも少なかったですし、その機会があっても会話はほとんどなかったです。なんで結婚したんでしょう。
母は中学教師でした。『厳しい』で有名な人で、当然俺にも、なんなら俺に一番厳しかったです。高校生になっても門限は七時でゲームは一日一時間、テスト期間になったら機器は没収されて、テストでも順位一桁取らないと次のテストまでずっと没収。アニメが好きだったんですけど、テレビを見る時間も制限されて…すみません、テレビとかゲームとか色々わかんないですよね。とにかく酷でした。
でも自分には甘い人でした。料理はできなくて、家事もやろうとしなくて、やってって言うと『こっちは働いてんのよ?』って。母親からそのセリフを聞くことになるとは思いませんでした。父も働いているので、家では一人が多くて、家事も自分がやってました。お陰でこっそりゲームできましたけど。
父は警察官でした。警護団みたいなものです。刑事警察でした。ちょっとわかりにくいと思いますけど、俺がいた世界の警察って複雑で…犯罪者を捕まえたり、取り調べをしたりする人です。
詳しくはないけど、特別優秀な人ではなかったようです。忙しさが増すばかりで、たまに家で爆発してました。
家族についてはこれだけです。ええ本当に、これだけなんですよ。好きじゃなかったです。嫌いでした。
学校に通わせてくれたことやお金を稼いでくれたことに関しては感謝してますけど、その分こっちは日頃から世話してたので、その気持ちを伝えようとも思わなかったです。あの人たちはお金を稼ぐだけで俺の世話をした気になってた。それを否定する気はないけど、親子ってそういうものでしたっけ?
それで、まあ、俺は家族が嫌いになりました。友達を作って、夜遅くまでつるんで、バレては叱られての繰り返しでした。つまんないでしょ? 本当に、つまんなかったです。
それである日、俺誘拐されちゃったんです。相手は過去に父に捕まった男でした。痴漢で捕まったらしいです。でも、どうやら冤罪だったみたいで。電車に乗っていたら突然捕まったんだとか。あ、電車っていうのは多くの人を乗せられる乗り物です。ある女子が痴漢されたって声を上げて、父が偶然居合わせていて、その男を捕まえたらしいです。仮にも警察官ですから、多少の正義感は持ち合わせてます。
痴漢で捕まったら、当然人生ドン底に落ちます。釈放された後も痴漢をしたっていうレッテルを貼られますし。ましてや本当はやってないとなると、自分を捕まえた奴のことは殺したくなるほど憎く感じるでしょう。
それで復讐のために、人質として俺を誘拐した。俺運動が苦手で、簡単に捕まっちゃいました。相手もそんなに強そうには見えなかったんですけど。
俺は狭い場所に閉じ込められました。倉庫のようで、目が覚めた頃にはすでにガソリンの匂いがしてました。俺を誘拐した男が電話で、多分俺の父と話してました。息子を返して欲しければ〇〇まで一人で来い、警察を呼んだらこいつの命はない、って。
抜け出そうと頑張りましたけど、食い込むぐらいに強く腕と足を縛られていて、無理でした。
俺は勝手に助けてくれると思ってました。ええそりゃ息子ですから、見殺しにするわけないって。まあ勘違いだったんですけどね。
父は警察を連れてきました。理由はわかんないですけど、もしかしたら冤罪だったって気づいたのかもしれません。復讐だって気づいたのかもしれません。自分が標的だって気づいたのかもしれません。
案の定男はパニック状態に陥りました。冤罪で捕まった、被害者だったはずの自分がいつの間にか、正真正銘の犯罪者になってたんですから。それに気づいた男はなんでか吹っ切れたみたいでした。悪い方向に。
ガソリンに火をつけて、俺を燃やしました。これが俺の前世です。まあ十九年間の出来事ですし、こんなもんです。
「…火が怖かったのは、燃やされたからか」
「はい」
「なんというか、随分と虚しい人生だったのね」
「はい」
「振り回されて終わりってわけか」
「はい」
俺は話を終えた。今思い返しても、なんとも空っぽな人生だった。
この人たちはどう思ったかな。今の俺にとって前世は遠い過去のように感じられるし、こうして振り返るまで忘れていた。それほどに、あの十九年間を塗りつぶすほどに、ここでの一ヶ月は楽しかったのだ。
「楽しい思い出はねえのか?」
「ない……いや、何かあったような……すいません、あった気がするけど思い出せないです」
「謝ることじゃねえよ。俺こそなんか悪かった」
「…次は、皆さんの話を聞かせてくれませんか」
俺は若干心に引っかかるものを感じつつも彼らに話題を移そうとした。
「…ああ、いいだろう」
ガイウスが一番に反応した。
「なんのおはなし?」
エルリアも反応した。ん?
「エルリア…!? どうしたのこんな時間に」
「ねむれないの」
エルリアは目を擦りながら玄関から出てきた。アッカドがいつの間にか扉の横に移動している。
「ちょいと前からガチャガチャいってたんだが、あんま聞かせたくなかったからな。集中してたみてえだし」
「…ありがとうございます」
さりげない気遣いが滲みる。エルリアにこんな辛い現実の話はしたくなかった。非常に助かる。
「よく来たな、エルリア」
「んー…ガイウス? なんのおはなしなの?」
「今から俺たちの話をするところだ。いいか?」
「…うん、いいよ」
「ん…?」
俺たち? エルリアも入っている。
…やっとエルリアとの関係を聞ける時が来たということか。でもエルリアの許可を求めるって、どういう…読めないな。
「さて、では始めよう」
ガイウスは俺と向かい合って地面にあぐらをかいて座り、エルリアを足の上に乗せた。エルリアはガイウスに寄りかかりながらうとうとしている。眠いっちゃ眠いんだな。
「…俺たちが出会ったのは、百年ほど前の話だ」
「…ん、え、待ってください。百?」
「ああ、百年前だ」
「……すみません、ちょっと驚けないです」
「別にいい。話を続ける」
そう言ってガイウスは、『彼女』と自分について話し始めた。




