第33話 それすなわち
夜。明日は決行。俺は玄関外側の浅い段差に腰掛け、俯いていた。
俺は今日を無駄にしてしまった。
ガイウスたちは農業ギルドを調査した後、慌ただしく準備を進めていた。故にガイウスの言葉の意味を本人に聞くことはできなかったし、アッカドたちとも話すことができなかった。俺は一日中木を殴り続けていた。胸のモヤモヤを晴らすためでもあるし、少しイライラしたからでもある。何本か殴り倒してしまったことは既にバレているだろう。
ガイウスはいつもそうだ。肝心なところはなかなか教えてくれない。理由はあるんだろうけれど…あるんだろうけれど、ムシャクシャする。
月の光が俺の頭部を照らしている。それさえも邪魔に感じる俺は、月に八つ当たりしている妄想をした。我ながらなんておかしなことを考えているのだろうとは思うが、少しスッキリしたのは確かだった。
「…何をしている」
「あ…」
ガイウスだった。シルフィーの小屋にいたらしいが、何をしていたんだろう。
領主を拉致することに関しても、拉致すること以外何も聞かされていない。一日中なんの準備を進めていたのかすら分からない。教えてくれなかったのはきっと、俺が抜ける可能性があると思っているからだろう。俺からしたらないんだけど。
珍しくいいタイミングで話しかけてくれた。
「…昨日の言葉。あれ、どういう意味ですか」
「…お前自身はどう感じた」
「どうって、イライラしました。やっと強くなったのに、いなくていいってどういうことですか。依頼を俺にやらせないため? それとも、邪魔になったっていうことですか?」
「依頼はもうない」
「え?」
「言っただろう、領主を拉致すると」
「それは…何のために?」
「旅に出るためだ」
「………旅」
旅。旅に出る? それは、仮定の魔眼を探すためにか?
いやしかし、理にかなってはいる。領主の魔眼は領域内のものを見透かすもの。領域自体もかなり広い。それを連れて旅に出れば、世界全体を見回ることもできるだろう。依頼も必然的になくなる。
ならなおさら、
「どうして俺はいなくていいんですか」
「…それは、お前次第だと言ったはずだ」
「そういうことじゃなくて」
「ああ、わかっている。わかっていないのはお前のようだ」
「そうやって濁すのやめてくださいよ」
険悪な空気が流れる。ガイウスは少し困った様子でこちらを見ていたが、俺はおそらく、攻撃的な目で睨んでいたと思う。
「それは、お前が自分で気づくべきだったからじゃねえの?」
「…アッカド。それにユーリィも」
「こんばんは。ずいぶん重い空気ね」
玄関から二人が出てきた。少し疲弊した様子だ。
これまでの会話を聞いていたらしい。ユーリィは俺の隣に座り、アッカドは扉を閉じてそのまま寄り掛かった。
俺が自分で気づくべきだった? 俺だけ気づいていない?
「馬鹿だな、お前」
率直な悪口だった。逆に腹が立たないが、今はそれどころではない。
何を見落としている? 俺が、俺だけが気付いていないこと。この人たちの目的は何だっけ? 魔法を消すことだ。それには仮定の魔眼が必要。だから依頼をこなし、今度は旅に出ようとしている。
わからない。全くわからない。
「この際はっきり言うが」
ガイウスが俺の正面に立った。月明かりがガイウスの前面を照らし、ガイウスがそれを気にする様子はない。
ガイウス、待ってくれ。自分で気づきたくなってしまった。なんだ、何が問題なんだ?
「お前はなんだ?」
俺。俺は日野 新。この世界に精霊として転生し、エルリアに憑依した。そこからは色々あったけど、今は『エゴイスト』の一員。
………………ああ、そうか。
どうして、どうして気がつかなかった。簡単なことじゃないか。ああそうだ、ここにいるのはおかしい。なんなら俺は、ガイウスたちと対立して然るべき存在なんだ。今頃そうなっていてもおかしくない。でも、俺が馬鹿だったからそうなっていないだけなんだ。
「俺たちの目的は魔法を消すことだ。それを果たしたら」
果たしたら。果たされてしまったら。当然、
「アラタ。お前は消えるだろう」
そう、その通りだ。すなわち、俺は死んでしまうんだ。
「それだけではない。お前がここにいるということはつまり自分を殺しに行くということであり、仲間に自分を殺させるということだ。もちろん俺たちがそれを躊躇うことはないが、お前はそれでいいのか?」
「…俺は」
それは本来畏れるべきものだろう。そこには絶対の終わりがあり、その先には何もない。かつて俺はそれを酷く畏れていたはずだ。…はずなんだけど。
どうしてだろう、それでもいい気がする。
本気でそう思っているのか、実感していないからそう勘違いしているのかは自分でもわからない。でもこの人たちのためになれるなら、それでいい。それがいい。
そこより手前に俺にとって満足できる人生が広がっていたら、それが一番だと思うんだ。
「ーーはい、もちろん、いいに決まってます。気づかないわけがないでしょ? そんな簡単なこと」
俺は少し格好つけることにした。ついてないと思うけど。
「あんまり濁されるもんだから何かと思ったら、そんなことでしたか。ちょっとイライラしちゃいましたよ。それを分かっていながらここにいるんです。俺はそれでいいと思ってます」
「…………そうだったか」
「はい。なんならガイウスたちに躊躇されたらどうしようかと思ってたところです。そういう意味で邪魔になったらどうしようかなって。でも、躊躇しないって聞けてよかったです」
かなり無理があるだろう。それは自分でも分かっている。だが、一部は本当だ。
「俺はガイウスたちと行きます。大丈夫ですよ、既に一回死んでますし、この命自体がボーナスみたいなもんですから」
俺は笑顔で言い切った。作り笑いだ。自然とは笑えなかったけど、そうしたくなったのだ。
「…そうか、分かった。ならば、改めて歓迎しよう」
ガイウスは平然としている。おそらくそう見えるだけだろうな。心の中では動揺しまくっているに違いない。
「…変な狼ね、あなた」
ユーリィは思ったより動揺していない。一番気にしそうなのに、なんでだろう。ユーリィの心が読み取れない。
「本当にいいのかよ」
意外にも、アッカドが一番気にかけているようだった。
「お前、死ぬんだぞ? ボーナスっつってるけどよ、生きてることに変わりはねえんだ。それを自分から捨てにいくってことだぞ?」
「違いますよ」
アッカドこそ馬鹿じゃないか。
俺は堂々と否定する。
「俺は、皆さんの力になりたい。そのために生きてるんですよ。だから、皆さんのために死ぬことは、命を捨てることじゃなくて、人生に幕を下ろすってことなんです」
「…それがそうだって…ああもう! わあったよ!」
アッカドは優しいな。ガイウスに似ている。
「これまでは手を抜いてたが、これからは本気でやってやる。お前がその気なら、こっちも容赦しねえ」
「なんの話です?」
「修行の話」
「え、手抜いてたんですか?」
「当たり前だ。敵になるかもしれない奴に本気で教えるわけねえだろ」
「それは、まあ、確かに」
最近はちょくちょく当たるようになってたんだけど、あれって手加減してたのか。初めて当たった時は両手を空に突き上げたものだが、もしやぬか喜びだった…?
「…………」
「…ユーリィ?」
「…ん? ああ、ごめんなさい。なんの話だったかしら」
「大したことじゃないです。もう終わりました」
聞いてなかったようだ。明らかに様子がおかしい。
「なら少し、過去の話をしましょう」
「過去の話?」
「ええ。わたしたちが魔法を消そうと思い立った理由について」
「…いいんですか?」
「いいわよね、ガイウス?」
「ああ」
ちょっと、まだ心の準備ができてない。そんな大事なことを急に…。
「じゃあ…やっぱりアラタ君から」
「へ? 俺は魔法を消そうと思い立ってませんけど…」
「そこは察して頂戴。あなたの過去、前世の話を聞きたくなったの」
「…なるほど」
いつか話そうとは思っていた。でもさほど大事なことではないし、話さなくてもいいかなと勝手に考えていた。だが聞きたいと言われ、彼らも過去の話をするならば、話さないわけにはいかない。
「…わかりました。話します。俺の人生、特に家族について」
俺は、静かに以前の家族について話し始めた。




