第4話 夢
「…………ぅーん…」
目を開ける。すると目の前には、見たことのない景色が広がっていた。
一面花だらけ。花に詳しくはないのでなんの花かはわからないが、ピンク、白、黄色、紫や赤に青など、色とりどりだった。
そこは、夢のような場所だった。
そよ風が頬を撫でるように吹いていて、その場所全体から無垢な温もりを感じた。空は雲が少しだけ浮かんでいて、澄み切った青色をしている。太陽は雲に隠れることなく、優しくこの場所を照らしていた。
(ここはどこだろう…? でも、すごく気持ちがいいな)
思わずその温もりに浸ってしまった。仕方のないことだ。まるで天国のような場所なのだから。
あまりに心地が良かったので、日向ぼっこをしたくなってきた。寝っ転がれる場所を探すため、右足を前に出す。花びらは踏まないように、ゆっくりと歩き出す。その時だった。
「どこにいくの?」
後ろからとても若い声がした。まるで女児のような、どこかで聞いたことのある声。俺はその声の主を確かめるため、ゆっくり振り向く。
「えへへ!」
そこには、美しい銀髪の少女が手を後ろに組んで、俺の目を真っ直ぐ見つめながら立っていた。
俺はその姿を知っている。そうだ、この子は、
「はじめまして! あたし、エルリアっていうの!」
エルリア。俺が今いる体の本来の名前。目の前にいる少女は、自分がそうだと名乗った。
「………君が、エルリア?」
「うん! そうだよ!」
年相応の元気な子だった。白いワンピースを着て、満面の笑みでこちらを見ていた。笑顔があまりに素敵で、こっちまで癒されてしまう。
しかし、なんでこんなところにいるんだろう。というかここはどこだろう。
「ここはどこ?」
「ここはね、わたしの『イシキ』のせかいだよ!」
イシキ...意識? ここはエルリアの意識の世界? ダメだ、もうついていけない。この子も、何故そんな難しそうなことを知っているのだろうか。
「どうしてそんな事が分かるの?」
「まえにもきたことがあるの! そのときはよくわかんなかったんだけど、あとでガイウスにきいたらおしえてくれたの! ここは『イシキ』のせかいなんだよって!」
ガイウス...尻尾を執拗に切り落とそうとした男の名前だったな。確かに物知りな雰囲気だった。
今はあの男のことは考えたくない。本気で切り落とす気だった。できることなら、二度と会いたくないものだが。
それにしてもこの子、元気がいいな。ちっちゃい子ってみんなこんな感じだっけ。こっちも元気をもらってしまう。
「君はとても元気だね」
思わず声に出てしまった。危ない人みたいになってないだろうか? 警戒されないといいけど。
「うん! いつもげんきだけど、きょうはいつもよりもげんきなの! おにいちゃんがいるからかな?」
おにいちゃん...だと!? まずい、こんな美少女にそんな風に呼ばれたら、本当に危ない人になってしまうかもしれない。いや、大丈夫、ちっちゃい子の言う事だ。本気にしてはいけない。大丈夫、大丈夫...。
それからしばらくは、少女の話、主にうんちくを聞いていた。コモリドリはお腹に袋があるだの、精霊は全ての生き物と意思疎通できるだの、全く理解できない話ばかりだったが、少女が楽しそうだったので良しとする。
「君は物知りだね」
今回はあえて口にする。
「きみじゃないよ! エルリアだよ!」
おっとそうだ、この子には『エルリア』という名前があるんだった。しかし、いきなり呼び捨てで呼ぶのには些か抵抗がある。相手は小さな女の子だけども、俺には難易度が高い。なんて呼ぼうか...。
「なんて呼べばいいかな」
本人が望む呼び方でいこう。
「んー? うーん...『エルちゃん』ってよくよばれるから、エルちゃんってよんで!」
エルちゃん。あの女性もそう呼んでいたな。人をちゃん付けで呼んだことなんてない気がする。しかし、まあ、本人が望む呼び方で呼ぶって決めたし。
「分かったよ。…………エル、ちゃん…」
少し恥じらいが残り、最後の方は声が小さくなってしまった。
「どうしたの? さいごのほうききずらかった!」
「ああ、気にしないで、ちょっとね…」
ちゃん付けの方が恥ずかしい気がするが、まあこれからも会うことがあるだろうし、そのうち慣れるか。
すると、
「わ!?」
突然強い風が吹いた。なんだ? ついさっきまであんなに穏やかだったのに。
「あ! もうそろそろおきちゃうね!」
起きちゃう...目が覚めそうってことか。なるほど、俺は今寝てる最中なのか。
どうやら俺はこの子の意識を乗っ取っているようだ。この子は確かに、ここにいるのだから。
…馬鹿馬鹿しい話だということはわかっている。誰かの意識を乗っ取るなんて、非現実的すぎる。だが、そう考えれば辻褄が合うのだ。
「またあおうね、おにいちゃん!」
「うん、また」
夢のような景色がぼやけていく。目が開けられないほど眩しくなり、だんだんと花の色も見えなくなっていった。起きたらどうしようか。まずはガイウスという男に色々聞いてみよう。それで...............。
俺は異様な眩しさを感じながら目を覚ました。
(…眩しい! なんだなんだ!?)
眩しさから逃れるように体を動かすと、
「いって!」
どこかからうつ伏せに落ちてしまった。一体なんなんだよ...。
寝ぼけながら体を起こす。目を開くと前と同じように床が目に入り、しかし前とは違って左側から気配を感じた。なんの気配か確かめるべく自分の左側に視線を向ける。
「お、起きた」
「……………え」
そこにはガイウスという男でもなく、あの女性でもない、全く知らないチリチリ頭の男が、片手にライトを持ち、しゃがんでこちらの顔を覗き込んでいた。