第31話 束の間の平和 終幕
ある日の昼過ぎ。
「ふう! すっきりしたっす!」
「若いのに器用だなあ。やるじゃんか」
「ふふ、ありがとう。前からアッカドとガイウスの切ってたから慣れてるの」
クレイとコラブルがユーリィに髪を切ってもらったらしく、裏庭で談笑している。俺は二人の髪型が気になり、会話に混ざりに裏庭へ向かった。
「おーい。二人とも、髪切ってもらっ…たんだ?」
「そうっすよ。どうっすか? 似合ってるでしょぉ?」
「なかなか良い腕してるよなあユーリィ。お前も刈ってもらったらどうだ?」
「自分は困ってないので。………」
クレイはキマっていた。伸びっぱなしだった髪をかなり大胆に切り落とし、残った茶髪が天然パーマで少し上向きになっている。特別手を加えたわけではないだろうが、彼のダンディさが引き立てられ、目に入った瞬間思わず二度見してしまった。髪型だけでも随分と印象が変わるものだ。服装も地味なはずだが、何故か映えて見える。
問題はコラブルだ。
坊主。
ユーリィは彼らの要望を聞いたはずだ。あいつ、自ら進んで坊主にしたのか? いや、この言い方は良くないか。気合を入れるためであれば坊主は適している。しかし、しかしだ。
ちょっと面白いな…コラブルの幼さやヤンチャさが引き立てられ、いつもより元気そうに見える。これはスルーできない。
「クレイ、いい感じですね。コラブルも…いろんな意味で」
「悪意を察知」
「いやいや、ディスってないディスってない。内面的にも似合ってるって意味で…」
「ディスってるっす! それは若い通り越して幼いって意味っす!」
「急に察しいいなお前」
「オイラはそういうの嫌いっすからね…許さないっすよー!」
「うわっ!?」
コラブルが突進してきた。今回は俺が悪いが、ちょっとした悪ふざけじゃないか。突進はまずいだろ、突進は。
「修行のおかげで俊敏なデブになったオイラを舐めないほうがいいっすよ!」
「そこは自分で言っていくんだ? というか俊敏にはなってないじゃん、力持ちになっただけじゃん」
「なってるんす…なってるんすーー!!!」
「うわぁ!? こっち来んな!」
コラブルが全力疾走で俺を追い回し始めた。若干速くなってる! これは俺も疲れるやつだぞ…!
外からの元気な声に、書斎にいた男たちは思わず笑ってしまう。今日は修行は休みにしていた。たまにはこういう楽しむための日があってもいいだろう、というガイウスの計らいだった。
「ボスは休まないのか?」
アッカドが本棚に寄りかかりながら尋ねた。彼は本などに興味はなく、ガイウスと話すためにここにいる。
「馬鹿を言うな。休む時間などない」
「でもよ、ここにある本は限られてるだろ? 調べ物なら街の図書館でやったほうがいいんじゃねえか?」
「情報屋から仕入れた本だ。読み終わっていない」
「何についての本なんだ?」
「魔眼だ」
「……そりゃそうか」
アッカドは本棚から体を離し、そこから適当に本を取り出して表紙を開いた。
ガイウスは魔眼探しを諦めたわけじゃない。それは当然のことだが、諦めたのではと思わせるほどに、今の時間は意味をなしていない。領主からの情報をただ待つだけというのは彼らしくなかった。自分たちだけで探しに行くというのも愚かな行為ではある。アッカドはそれを知っているが、本当はいくらでも手はある。
大人しく取引に従う必要はない。領主は弱いのだから、こちらが優位に立つことだってできるのに。
(あいつらのせえだよな…)
狼たちが玄関から入ってきたようだ。
(…ちょっと絡んでくるか)
「はあ、はあ、はあ」
「ど、どう、っすか。はやいでしょ?」
「お前さぁ…長いよ。何分も追いかけ回すなよ」
「なら撤回するっす」
「分かった、撤回する。悪かった」
「最初からそうすれば良かったんす」
なかなかに不毛な争いを繰り広げた後、コラブルは喉が渇いたようで厨房に向かった。俺は食卓で休んでいた。肉体的疲労はないが、なんか、うん、疲れた。
「元気だな、お前ら」
「あ、アッカド」
どこにいたのだろう。暇を持て余してるのかな。平和って感じだ、最高。
「…最後の依頼から、一ヶ月経った。お前らはかなり強くなった。特にお前はな。蹴りも殴りも判断も魔法も、見事なもんだよ」
「そうですかね。そう言われると照れますけど」
「…お前さ」
アッカドが口を開く。しかしそれは他愛ない雑談という感じではなくて、なんだか怖かった。
「何も思わねえのか?」
「…何もって?」
「この一ヶ月についてだよ。俺たちには目的がある。でもよ、この一ヶ月はほとんど無駄だったようなもんじゃねえか」
「…………それは」
否定できない。アッカドの言う通りだ。この一ヶ月は俺とコラブルのためにはなったのかもしれないが、ガイウスたちにとってはあまりに無駄過ぎる。それだけじゃなく、俺は彼らから魔法を消したい理由も聞いていない。
俺たちは互いの過去や未来の共有を全くしていない。自分たちは『家族』であるとエルリアに言われたことさえ、最近は忘れがちだ。だが俺はこの平和を崩すことを恐れた。つまりは現実逃避だ。
「今が幸せに見えるから、崩したくないんです」
「俺は幸せになりたいわけじゃない」
アッカドは冷酷に言い放った。なにかにイラついているようにみえる。
「時間は有限なんだよ。分かってんのか? いつまでも自分の時間を誰かのために消費するわけにゃいかねえんだ」
「…それは」
俺を責めているのか?
「お前、改めて聞くけど、本当にここに来んのか? その意味、わかってんのか?」
「……意味?」
何が言いたいのかわからない。来るも何も、もう入ったはずだ。自分はここの一員になったはずだ。もしかしてアッカドは認めてないのか?
「分かってないなら、自分で気付けねえなら、お前はここにいる資格ねえよ。もう十分強くなった。別のとこに行くこった」
「アッカド、さっきから何を?」
「……本当に気付いてねえのか? お前さ…」
アッカドが言葉を続けようとすると、最悪なタイミングでガイウスが部屋に入ってきた。この人はいつもタイミングが悪い。
ガイウスは右手に紙を持っている。それを食卓の上に置き、
「依頼が来た」
束の間の平和が終わった。
それはすなわち、激動の始まりである。
〜束の間の平和 終幕〜




