第29話 ただの日常の1ページ①
修行を始めてから一週間。
アッカドは右手で俺の顔面にパンチを喰らわせようとするが、俺はそれをすれすれで避け、アッカドの腹目掛けて右の拳を突き出した。それは命中したが、全く手応えがなかった。
アッカドはそのまま右手で俺の左腕を掴み、外側へと思い切り投げ飛ばした。俺は受け身を取って衝撃を地面に流し、しゃがんだ体勢で地面を滑って勢いを殺した。そしてすぐさま両足に力を込め、思い切り前方へ跳んだ。
その蹴りは地面を抉り、激しい推進力を生み出した。アッカドとの距離を詰め、それでいてしっかりと攻撃の体勢をとっている。俺はアッカドに組みつこうとするが、
「ほれ」
かわされた。俺の体はそのまま進み、木に頭から盛大にぶつかった。
「いっ…!?」
衝撃で木が少し凹んで葉っぱや木の実が落ち、そのうちのいくつかが俺の頭に追い討ちをかけてきた。俺は体を起こしてあぐらをかいて座り、頭に乗っかった葉っぱや木の実を顔を振って落とした。
今日もダメだった…でも、日に日に成長している。身体魔法を使うのにも慣れてきた。
「見上げたもんだなあ。ずいぶん慣れんの早いじゃねえか」
「でもまだまだですよ」
「あったりめえだろ。判断がめちゃくちゃだ」
こんな感じで、修行も実を結び始めていた。身体魔法のコツはすぐに掴んでしまった。殴る、蹴るといった動作に全くなれていなかった俺がここまで成長できたのは、アッカドとこの体のおかげだ。ただ殴る、蹴るだけだったら、アッカドと遜色がないほど上手くできるようになった。一週間でこの進歩は普通じゃあり得ないだろう。
あとは実戦での動きを学ぶだけだが、こればっかりは経験がものを言う。毎日コツコツと積み重ねていかなければ。
コラブルは、最近は一日中ガイウスと闇魔法の研究をしていた。三日ほど前に何かを掴んだらしく、それ以来ずっと別々で、俺は体術ばかりが磨かれた。
もうすぐ正午、飯の時間だ。最近の悩みはここにある。
厨房から何か音がする。ユーリィが調理を始めたらしい。
「アッカド」
「なんだ」
「厨房覗いてみません?」
「あー…マジでか? うーん…」
嫌らしい。アッカド、料理にはうるさそうだしな。仕方ないことだけど、あのレベルを食べ続けていると心が擦り減る。正直に言えば、何をしてでも改善したい。
「もうアッカドだけが頼りなんです…!」
「んなこと言われてもよお…なんであいつあんなにセンスねえんだよ…」
俺たちは修行を切り上げ、そのまま厨房の扉の前まで来た。まずは聞き耳を立てよう。
「ふんふんふーん…」
鼻歌まじりとは可愛らしい。だがそれとこれとは別である。集中しているようなので、ゆっくりと扉を開き二人で中を覗く。見える範囲は狭いが、ある程度の状況確認はできた。鍋がコンロにかけられ湯気が出ていて、あとは右往左往するユーリィの姿が途切れ途切れに見えるだけだ。何をしているのだろう。
右に行く。戻ってくる。また右に行く。また戻ってくる。ん? 手に何か持ってるな。肉っぽい。ん? 今度は野菜だ。え、肉の次に野菜だと? これは不味い、非常に不味い!
「おらああああぁぁぁぁぁなにしてんだてめええええええ!」
「きゃあっ!!?」
「あ!?」
アッカドがすごい形相で突っ込んでった!
「なんで根菜を肉の後に突っ込むんだよ! つうか下茹でしたかそれ!? 肉ももっとちゃんと洗え! 肉は下茹でしてアクを取んなきゃいけねえんだぞ!? だいたいそうゆう食材は予め入れといて火にかけんだよ! それに詰め込みすぎだし、何考えてんだ!?」
「?????」
すごい、全く伝わっていない。天性の料理下手なんだ。悲しきかな…。
「それ以前に、なんでこんなあったけえ時期に鍋なんだよ。料理のチョイスからセンスねえよお前」
「………グスン」
「泣いちゃった…!?」
思ったより強く出てきたアッカドに自尊心をめちゃくちゃにされてしまったらしい。確かに言い方はキツかったが、全て真実なのだ。目を背けてはならない。というか、
「なんで当番制なんです?」
「あ?」
「え?」
アッカドたちは同時に俺を見た。
「いや、アッカド料理好きだし腕もいいのに、なんで当番制なんですか?」
「「…………」」
あれ、この人たちもしやアッカドがずっとやればいいということに気づいてなかった?
「盲点だったぜ…!」
「…………」
「あの、ユーリィ?」
ユーリィは緑色の野菜がのったまな板を見つめ、とても苦しそうな表情をしている。いやだ、こんな阿保みたいな場面でそんな辛そうな表情見たくないよ…。
「…………ちょうだい」
「「え?」」
「今週分は全うさせて頂戴」
「お、おう。まあ頑張れや」
俺たちは厨房を後にした。なんだか虚しい気持ちになった。今のはなんの時間だったんだ? ユーリィの料理下手が露呈しただけじゃないか……ごめんユーリィ。
修行もキリがいいので今日はもうしない。となると暇になるので、俺はシルフィーの小屋に向かった。
ウサギのぬいぐるみのことは誰にも話さないでいた。理由は一つ。怪しいには怪しいが、今の俺らには何か解決すべき問題がない。つまり気にする必要ないんじゃないか? ということだ。
そんなわけで、俺の頭の中からウサギのぬいぐるみについてのことはすっかり消えてしまっていた。
シルフィーの小屋に着くと、エルリアともう一人、男がいた。エルリアを足の上にのせ、シルフィーの右翼の近くにあぐらをかいて座っていた。
俺は後ろから声をかけた。
「何してるんですか?」
「ぅおう!? なんだ…脅かすなよ」
「すいません」
「羽繕いを見学してたんだ。面白いぜ、見るか?」
「おもしろいよー」
「じゃあ、失礼します」
俺は男の隣に座った。シルフィーはクチバシで全身をつついているように見える。エルリアが背中を反らせて手を伸ばしてきたので、握り返しながら男に質問する。
「羽繕いって?」
「羽根を整えるためにやってるんだ。粉や油を体につけて水や汚れから身を守る意味もある」
「へえ…詳しいですね」
『はあ、忙し忙し!』
「ある人から仕込まれてな。動物に詳しくなっちまったんだよ」
「ある人?」
『最近は暑くなってきましたわね。また刈ってくださらないかしら。邪魔で邪魔で』
「女だよ。あんまり踏み込むなよ?」
「ああ、それは失礼しました」
『忙し忙し!』
「ちょ、うるさいんですけど!?」
結構かっこいいシーンだったのに、かっこよく見えなかったじゃないか! どうしてくれるんだ!
この男にしてみれば、ちゃんと格好がついてるんだろうな。なんなんだこの鳥は…。
「どうした急に!?」
「いや、シルフィーがずっと喋ってるんですよ」
『ああ、あなたに聞こえていたなら、どんなに良かったことか』
「…こいつ」
この男に話しかけてやがる。俺にしか聞こえないのに喋り続けるのやめてほしい。俺には聞こえてるんだから。
そうだ。
「自己紹介まだですよね。俺はヒノ アラタって言います」
「おう、律儀にどうも。俺はクレイ・トランスだ。最近は髭が伸びてきて困ってるんだよ」
「意図的に伸ばしているのではなく?」
「意図的に伸ばしてはいる」
どういうこと?
おっと、忘れてはいけない。聞きたいことがあるんだった。
「あの夜、なんであんなところにいたんですか?」
あの夜。俺がまだエルリアに憑依していた時の話。俺が男の集団に襲われた日の話。エルリアと契約した日の話。
「……その話題にはあんまり触れて欲しくなかったんだが」
クレイは神妙な顔つきに変わった。
「人を襲うって初めてでな。あんな暗い森に入るのも初めてで、迷っちまった。仕方なく念のために渡されてた魔法書使って、ガイウス誘おうとしたんだ。肉焼いてたのは腹ごしらえのためだな」
幻種の魔法書とやらは予備だったのか。直接襲うのが最も効率的だし当然と言えば当然か。
「なんでエルリアあんなに蹴ったんですか?」
「ちょ、それは」
「あ」
しまった。本人がクレイの足の上にいる。この話題は流石に不味いよな…?
俺はエルリアの顔を覗き込んだ。すると不意に目が合ってしまった。が、
「えへへ」
エルリアは笑った。
「この子、不気味だな」
「……ですね」
「ああ、蹴った理由な。近くにガイウスがいるんじゃないかって、安直ながらそう思ってたんだ。悲鳴を聴けば来るかなってな。一人で森の奥まで来るとは思ってなかった」
「それは…なんかすいません」
少し空気が重くなってしまった。楽しくいきたいので話題を変えよう。
「シルフィーに気に入られるってことは、四十歳くらいですか?」
「おう、よく分かったな。今年で四十二だ。でもなに、この鳥おじさんが好きなの?」
『ダンディな殿方が好みでして…』
「そうだって言ってます」
『あら!?』
こうなったら俺にしか聞こえないことを逆手にとってやろう。やり返しだ、やり返し。
「アラタさんは何歳なんすか?」
「「うお!?」」
いつのまにか後ろにコラブルさんがいて、突然話しかけられた。気配は全く感じなかった。
俺の年齢か…何歳くらいに見えているのだろう。外見は人狼だし声は低いし、でも喋り方は若いしで全く掴めていないのかもしれない。知られることに嫌悪感とかはないし、正直に教えてしまおう。
「十九歳です」
「ええ!? タメじゃないっすか!」
何ぃ!? コラブルさん十九なの!? 見えなっ!!
「ええ!? タメなの君達!?」
「ちょ、乗っかり方がおじさん過ぎる」
『そこもまたいい…』
「お前顔がいいなら誰でもいいんだろ」
ツッコミ役が明らかに足りていない。早くここから抜け出したい。
「ご飯できたわよ。来て頂戴。あ、コラブルとクレイさんはどこか適当な場所を見つけて頂戴ね。食卓、大人は四人が限界だから」
「りょーかい」
「うっす」
もう逃げ道はないようだ。ああ…平和って感じがするなぁ…(割と美味しかった。ありがとうアッカド)。




