第24話 男たちの分岐点
「やっぱりちょっと遠いですね」
「きついっす…」
「いいダイエットになるだろう」
家を出て一時間ほど経っただろうか。俺たちは男たちを連れて、森の中を休むことなく歩いている。ちょっとは休みをとってもいいんじゃないかと思うけど、もしやエルリアのことを根に持っているのだろうか。
ゴッデスは前にも話した通り円形で、周りを森で囲まれている。森とゴッデスの境界線には鉄格子が建てられていて、あの小さな聖堂は鉄格子のすぐそばにあったので、男たちを森の中から直に送ることができるはずだ。
しかしその分距離も遠くなる。俺は平気だけど、太っちょがきつそうで…。
「休みたいっすー!」
「着いたら休めばいい」
「ひどいっす…膝が痛いっす…」
「リアルなやつやめてください」
「あと腰も痛いっす…足の骨も痛くなってきたっす…」
「本当ですか? ガイウス、ちょっと休みません?」
「あまり時間をかけたくない。もたもたしていると時間が来てしまう」
「時間?」
「着いてからのお楽しみだ」
「お楽しみ…」
ガイウスの口からお楽しみという言葉が聞けるとは。ついて来た甲斐があるな。
それから結構時間が経った。やっと聖堂の近くまで来たようで、聖堂の側面が見える。結局ずっと歩きっぱなしだったので、太った男だけでなく他の男たちも疲れ果てている。森の地面って平らじゃないしな、無理もない。
鉄格子の向こう側には人がちょっとだけいる。小さい子たちが遊んでいたり、女性が洗濯物を干していたりしている。聖堂は住宅街の中にあるのか。前は気づかなかった。ほとんどの建物は年季が入っているし。
そんなに近くにいるわけではないが、普通に格子を乗り越えさせようとすれば注目されてしまうだろう。人数多いし。どうするつもりなんだ?
「アラタ、こっちへ来い」
「はい」
俺はガイウスに呼ばれ鉄格子の目の前まできた。
「よし、やるぞ」
「はい…あ、え?」
「どうした」
待て待て待て。
「このままやるんです?」
「ああ」
「多分近くの人に見られますよ?」
「大丈夫だ。見てみろ」
ガイウスは聖堂の入り口を指差し、ちょうど同じタイミングで中から男が出てきた。髪や髭は手入れされておらず、顔は少しやつれている。しかし服装には気を付けているようで、質素な茶色のシャツと長ズボンに白いマントを羽織っている。
そのマントには見覚えがあった。その男にも。
「…ガイウス、あの男って」
「ああ、あのホームレスだ」
酒場から出た時に会った、あのホームレス。道ゆく人に何かをせがんでいただけの、生きる努力をしていなかった、あのホームレス。
ホームレスだった男はカゴを持っている。周りにいる人を呼ぶ仕草をし、子供たちが集まってきた。
ホームレスだった男はカゴから食料を取り出し、笑顔と共に子供たちへ手渡した。
食料を配っているのか。
「この辺りには貧民が集まっている。男は働くために中央に行っているが、働き手過多のこの国では、一度仕事を追われると新しい職につくのは難しい。辞める場合は雇い主が新しい職場を用意するのが普通なんだが、それでも見つからない時も当然ある。そう言う人間は徐々に外側に追いやられていくんだ。土地が安いからな」
「解決する方法はないんですか?」
「ある。その一つが領土拡大だ。国民からすれば、今働けていてもいつ職を失うか分からない。だから隣国の吸収を強く望んでいる」
なるほど、ただ国の威厳のために広げたいってわけじゃないのか。仕事をするために、仕事を失わないために。そりゃ民主派が伸びるわけだ。もうちょっと穏和にやれば、あっという間に政権を握れるんだろうな。
「あの男は何で食料を配っているんでしょうか」
「この辺りの人たちのためだろう。つまりは助け合いだ。重要だろう?」
「それはそうですけど」
「こっちへ来てみろ。…いや、辛いかもしれないが」
「…? 行きますよ」
ガイウスは俺を聖堂の裏側が見える位置に案内した。
そこには畑があった。そしてその端の方には何かが建てられていて、俺はそれをはっきりと捉えることができた。あれはお墓だ。おそらく、あの青年の。
「これは情報屋から仕入れた情報だがな、あの男、食料が配られなかったからか昨日ここまで来たらしい。それであの青年が死んだことを知った。するとあの男は、あの青年の役割を引き継ぐと言った」
「引き継ぐ…」
つまりは恩返し、のようなものか。
助けてくれたから、無償で恵んでくれたから、今度は自分が何かしようとしているのか。
あの青年は死んでしまった。あの青年が誰かを救うことはもうない。だから、自分がその役割を担おうと。青年の代わりに、自分が誰かを救おうとしているのか。自分が救われたように。
「ガイウス」
「なんだ」
俺は人の情の力を目の当たりにしながら、願いの力を実感しながら、ガイウスに尋ねる。
「何もせず誰かを頼るのはいけないことですけど」
だけども、
「頼らせてくれたから何かをなそうとするのは、どうなんでしょうか」
「ふむ、それは」
ガイウスはすぐに答えを返してみせた。
「それもまた一つの生き方だろう。あまり褒められたものではないがな」
「…そう、ですよね」
一つの生き方。あの男は今、生きる努力をしている。
決して裕福ではないのに、生き生きとしているのはなんでだろう。
「あの男が食料を配っている今がチャンスだ」
「はい」
そう言い俺たちは、男たちを格子の向こうに送り始めた。そこそこの高さなので、この男たちが一人で乗り越えるのは難しいだろう。俺たちが手を貸して、一人ずつ乗り越えさせていく。
太った男は最後だった。重そうだが、今の俺なら大丈夫だろう。
「自分は行かないっす!!」
「はい?」
「何故だ」
話が違う。あれ、そういえばリーダーはそもそも来ていないじゃないか。
「この人たちのリーダーは?」
「……あの男はうちに入りたいそうだ」
「え」
聞いてない、聞いてないぞ。どういうことだ。連れてきてないってことは、入れる気があるってことか?
「自分は、リーダーについていくって決めてるっす!」
「なぜ今更言う」
「今決めたからっす!! 自分は、コラブル・トンガって言うっす!」
「勝手に自己紹介をするな」
「皆さんの名前は知ってるっす! 聞いてたっす!」
「おい。話を聞け」
「自分は、残るっす!」
そんなこと言っても。
「家族はどうするんですか」
「家族はおばあちゃんだけっす。他の人たちは死んじまったっす。病気とか、怪我とかで。私生活でも、リーダーにお世話になったっす。面倒を見てくれたっす。おかげでこんなに太っちまって、恩返しがしたいっす」
「……全く」
あのホームレスだった男に感化されたのか。俺とガイウスの話を聞いて。
「おばあちゃんが心配しますよ」
「おばあちゃんは…大事っすけど、リーダーの方が大事なんすよ」
なにか事情があるようだ。話そうという意思は見受けられない。
「こちらにメリットはあるのか?」
「役に立つっす! 雑用でもなんでもするっす!」
「何ができる」
「できることは、できることは…きっと、なんかあるっす!」
「話にならんな」
ガイウスは冷酷に突き放した。この男まで入るとなるとさすがに人が多すぎるのか? でもこんなに必死なのに。
「入れる気はない。住む場所という話なら、地下牢は貸してやれるがな」
「それでいいっす!」
「…なに?」
コラブルさんはくじけずに説得を続けた。
「扱いはなんでもいいっす! だから、あの場所を貸して欲しいっす! 恩返しがしたいんすよ!!」
「…あそこを貸せと言うか」
ガイウスの反応が少し変わった。必死さが伝わったのだろうか。
ガイウス相手によく言ったものだ。気が強いというわけではない。それほどまでに為したいことがあるのだろう。
「……はあ。いいだろう。使えるようになるまで教育してやる。入れるかどうかはその後決める」
「あ、ありがとうっす! でも、教育…?」
「教育…」
不穏な響きだ…しかし、あの場所に置くことにしたのか。いよいよ食費が凄いことになりそうだが、このコラブルという男、きっと良い人だ。甘い部分はあるだろうけど。
あの家もいよいよ賑やかになるな。
「俺たちはこれからどうすれば?」
「あの聖堂に殴り込め。お世話になるのではなく、あの元ホームレスのように働くんだ」
「は、はい」
男たちは聖堂に向かって歩き出した。きっと上手くやるだろう。確証はないけど、なんとなくそんな気がする。
「行くぞ」
「はい」
俺とガイウス、コラブルさんは再び家に向かって歩き始めた。
聖堂から目をずらした瞬間、別の人影が目に入った。白いマントを羽織り、髪はフードで隠されている。
真っ赤な瞳をしていた。
かつては憎悪で燃えていた、あの瞳だ。
あの女性も、まだあそこにいるのか。
ならきっと大丈夫だな。
その女は、狼の真っ青な瞳をはっきりと捉えていた。
何を考えていたかは誰にもわからない。
しかしあるいは、赤の他人から見たら、羨望の眼差しを向けているように見えたかもしれない。
「コラブルさん、休まなくて大丈夫ですか?」
「大丈夫っす…」
「これぐらいで音を上げられては困る」
大きな変化が訪れている。
これまでに無かった変化の波が、彼らに押し寄せている。




