第22話 クモ
『逃げるが勝ちだ!』
「ぅえ!? おい、待て!」
クモは扉から出て超速で裏口へ向かった。クモという姿からは想像できないくらい素早く、すぐに見失ってしまった。扉は開けっ放しにしてしまっていたが、こんな事態予想できるわけないだろ!
俺たちも急いで後を追い、裏口からクモを探した。探すのは簡単だ。なぜなら今は目がいい。
クモはアッカドの近くにいた。
「アッカド! そのクモ捕まえてください!」
「ああ? クモ?」
「ほらそこ! 足下に!」
クモはアッカドの足下をぐるぐるしていた。喋っていたし、知性があるはず。なにしてるんだ?
次の瞬間、
『よっと!』
「ん? おわ!?」
クモが突然高速移動し、なぜかアッカドが盛大に転んでしまった。よく見ると、両足首に糸が絡まっている。アッカドもそれに気づいた様子で、
「こいつ…やんのか!?」
明らかにイラついている。足に絡まった糸をブチブチっと無理矢理引きちぎり、同時に堪忍袋の緒が切れてしまったようだ。クモもそれを見て動きを止め、両者睨み合っている。
いやまて、あの糸千切れるときにそんな音鳴るのかよ。かなり丈夫じゃないか。それを引きちぎるアッカドもすごい。これ、実は猛者同士の戦いになるのでは…?
そう思ったのだけども。
「よっと。こいつだよな? ただのクモ…じゃあねえか」
男たちのリーダーが素手で捕まえてしまった。いつの間に近寄ってたんだろう。全然気づかなかった。
「ちょ、おい! 俺が締めてやろうと思ったのに!」
「情けないこと言うなよ、プライドってもんがないのかあんた?」
「……ぁぁああ! ムシャクシャするー!」
結構イラついてる。やられっぱなしが嫌なのかな。でも今回は抑えてほしい。大事な証拠だ。
「じゃあ私とあそぼ? つぎは私がおいかけるね」
「ん? んーーーー…よおおおおし! 本気出すわ」
そう言いアッカドは、ものすごい速さで森の中に突っ込んでいった。どうみても鬼ごっこの速さじゃない。エルリアもゆっくり森の中に入っていくが、既にアッカドの姿は見えない。本当に手加減なしじゃないか、これはひどい。
「ないみたいですね、プライド」
「まったく…なにやってるのよ」
「若い奴はあれくらい元気なのがいい。で、こいつがどうしたんだよ」
「ちょっと用がありまして」
「そうかい、どうぞ」
そう言いリーダーは、クモを逃げられないように両手で掴みながら俺たちに渡そうとしてくる。
もしや手渡しか? 俺とユーリィは少し後ずさった。
「あー…そのまま連れてきてもらっていいですか?」
「手掴みは、ちょっと…ね。誰しも苦手な物があるものよ」
「なんだ、虫苦手なのか。こんな森の中で暮らしてんのに」
「クモ素手で触るのも結構すごいと思いますけど…」
そのまま食卓まで連れてきてもらった。ガイウスを呼び、男たちのリーダーにはアッカドを呼び戻すように頼んだ。ガイウスは箱状に魔法障壁を形成し、その中にクモを閉じ込めテーブルの上に置いた。
「…ったく、どこまで行ったんだあんたらは」
リーダーがアッカドを連れて戻ってきた。かなり疲れた様子だ。無理をさせてしまったか?
「はあ…」
「ん? なにかあったんですか?」
「いや、なにも…」
アッカドが何故か落ち込んでいる。理由はいくつか思いつく。思いつくが、まさかな。
「どうでした、鬼ごっこ?」
「…ああ、追いかけっこ? 負けたわ…」
「は? え!?」
嘘だろ……エルリアはあれに追いつけるのか?
「いやさ、ある程度走ったからよ、木に寄りかかって休んでたんだわ。そしたらいつの間にか隣にいやがんの。怖くね?」
「怖いですね…」
なんだその世にも奇妙な話は。休んでいた時間にもよるが、エルリアはアッカドに追い付いたのか。何者なんだあの子。
男たちのリーダーはまた外へ出た。エルリアの相手をしてくれる。もうよくわかんないなあの人…。
「さて、洗いざらい話してもらおうか」
ガイウスが尋問を始める。が、
『断る! こんなんで勝った気になってんじゃねえぞお前ら!』
話さないという選択肢はないと思うんだけどなあ。逃げられない状況だし、四対一だし。
それにしても、
「小物感すごいですね」
「拷問するかぁ?」
「こいつに時間かけるのなんか嫌だわ。もうそれでいきましょう」
『え、お前らやべえな!? 人の心ってもんがねえのかよ!?」
「必要ない。知ってることを吐け。さもないと…」
ガイウスは魔法障壁で作った箱をだんだん小さくしていく。これは効くだろう。人間に例えれば、部屋の壁が迫ってくるようなものだ。
『ま、待て! いや、その…』
クモは話そうとしない。いや、話す意思は見受けられるが、話せないのだろうか。何か訳ありのようだが、俺にはその訳がわからない。
「…ガイウス…あそこ」
「……ふむ」
ユーリィがガイウスとこそこそ話をしている。クモの体に何かを見つけたようだ。
ガイウスは魔法障壁を消してしまった。
「お、おい! なにしてんだよボス!」
アッカドは当然驚いた。しかし予想とは裏腹にクモは逃げる気がないようで、その場でじっとしている。
ユーリィがクモに右手を近づける。苦手なはずだが、今は気にしていない様子だった。真剣な目をしている。
クモの頭胸部に人差し指が触れる。クモは微動だにせず、何かを察している様子だ。
触れている部分が緑色に光り始めた。それと同時に何かが焼けているような音がして、煙が出てきた。怪我を治しているというわけでもない。本当に焼いているんだ。ほんのりと焦げ臭い匂いもする。
次第に光が弱くなっていく。完全に消える頃には煙もなくなり、クモはなにかに安堵した様子だった。
『いやー、助かったぜぇ! 嬢ちゃん、刻印消せんのか! 最近の奴らは器用だねえ!」
どういうことだ? よくわからないぞ。
俺はユーリィに小さな声で尋ねる。
「なにしたんです?」
「クモさんが言った通り、刻印を消したのよ。特定の言葉に反応して作動するタイプね。位置バレするのかも」
「なるほど……」
ユーリィは刻印にも精通してるのだろうか。
『サンキュー嬢ちゃん!』
「ああ。存分に感謝するといい」
そう言ってガイウスは、またクモを魔法障壁で閉じ込めてしまった。
『ん? あれ? 今いい感じじゃなかった? 仲間加入! みたいなシーンじゃなかった?』
「勘違いだろう。知っていることを吐け」
『ぅわお、本当に人の心ないんだ』
ガイウスは魔法障壁の箱を小さくしていく。
『わかったよ! 話すから! これ止めてくれ!』
ガイウスは言われた通りに箱の縮小を止めた。
『…ちょっと狭いかも?』
「いい加減話せ」
『はぁい……』
クモは観念した様子で話し始めた。
『俺よぉ、やりたくてやってた訳じゃないんだぜ?』
「それはなんとなく分かってるわ。知りたいのは議会のこと。何か知らない?」
『ああ、そっちか。最近莫大な金が入ったらしいぜ。伝言中に聞こえてきた』
「そういうことでもないが…いや、いい情報が手に入った」
金。莫大な、か…なにもわからないな。ガイウスはピンときてるみたいだけど。
「あなた、小さな聖堂にもついてきたの?」
『そりゃな。歩いてついて行ったぜ』
「案外タフね…」
さすが精霊。このクモはかなり機敏に動く。徒歩でついてきていてもおかしくはない。
…そのせいで……いや、今は明るくいこう。
「金の使い道は知らないか?」
『知らないぜ』
クモははっきりと言い切る。
『俺はただただあんたらのことを伝えてただけなんだ。なにも知らないんだよ』
「本当か?」
『本当だよ』
知ってる方が変ではある。盗聴に使われてただけだしな。
クモはそう言っているが、ガイウスは質問を続ける。無駄だと思うけど…。
「エルリアが襲われたことについては何か知らないか?」
『あ、それならちょっとだけ知ってるぞ』
俺はイラっとした。
「…………」
「今ボスイラッとしたな」
「そりゃそうですよ。俺もしました」
「やっぱ? 実は俺も」
『おおう…あんたら怖いな…議会の奴ら何か企んでて、それにはあんたらが邪魔らしい。王政派の騎士に泣きつくくらいだしな』
王政派の騎士…あの女性のことか。
俺たちって領主の依頼をこなしているんだから、一応王政派だよな。本当は仲間だったのかな…。
「その何かは知らないのか?」
『知らねえよ。でも本当はガイウスを襲う気だったのに、なんでかエルちゃんになったんだ。そこの狼のせいだな』
「エルちゃんって…気持ち悪いわね」
『いいだろ別にっ! エルちゃんの幻まで作ったのに、襲えたのはエルちゃんだったんだぜ? 滑稽だよなぁ』
「それだが、なぜ家を直接襲撃してこなかったんだ」
『それは男たちに聞いた方がはえーだろうよ』
「…それもそうだな」
聞きたいことはあらかた聞いたらしく、静かな時間が訪れた。割と知ってたなこのクモ。
『…俺の処遇って、どうなりますかね?』
クモがこちらの様子を伺いながら聞いてきた。それはガイウス次第なんだが…。
「好きにしろ」
『え、いいのか?』
「ああ。できるなら森に帰れ。ここは虫嫌いが多すぎる」
『了解! やったぜ! この御恩は忘れねえよ!』
ガイウスは魔法障壁を解き、その瞬間クモはものすごい速さで去っていった。これで盗聴問題は解決、自由に会話ができる。しかし、
「大丈夫なんですかね、あのクモ」
「精霊だと分かってたのか。…会話できたのだから当然か」
「どういうことです?」
「言ってなかったか。精霊はすべての生き物と意思疎通できる。お前が文字が読めなくても会話できるのは、これが理由だ」
「……あー、そんなこと言ってた…」
エルリアが意識世界で教えてくれてたな。そう言う意味だったのか。じゃあ動物とも話せる? …ワクワクが止まらない。
「あいつは契約者の当てがあるんだろう。あまり気にかけるな」
「…わかりました」
重要な問題が一つ解決した。これでここの人たちと積極的にコミュニケーションをとっていける。
それに、自己紹介もしないとな。




