第20話 偽教会 終幕
それは狼が倒れてからのこと。男と狼は警護団によって馬車に乗せられ、世界の頂上の根本近くにある留置所に入れられた。部屋は石で作られていて、壁と鉄格子には刻印が彫られている。狼は意識がなく、全身にできた火傷が痛々しい。鉄格子の向こうには警護団の男が立っていて、狼のことは気にも留めず、男を睨みながら尋問を始めた。
「中で戦闘があったようだな。お前たちはあそこで何をしていた」
「ちょっとしたいざこざだ」
「そんなわけないだろう」
警護団の男は怒鳴ることはしなかったが、威圧的に質問してきた。
「なぜ王国騎士団副団長と戦闘していた?」
「誤解されたんだ。俺たちが悪事を働いたとな」
男は嘘と真実を混ぜながら説明した。
「なんて誤解されたんだ? 言ってみろ」
「…………………」
男はうまい言い訳が思いつかない。焦らず冷静に頭を働かせるが、あの状況を誤魔化すのは男であっても不可能に近い。男は黙り込んでしまい、
「なんだ、答えれないのか? なにも悪いことはしてないんだろ」
問い詰められた。男はこうなったら黙秘しようと考えたが、檻の外から扉が開く音が鳴り、その必要はなくなった。左から茶髪で背の高いメイド服姿の女が歩いてくる。その女は警護団の男と声を潜めて会話していたが、突然、
「出ろ」
檻から出された。男は狼を担いで檻から出る。狼の体が大きかったので出口で少し突っ掛かってしまったが、メイドの女が手を貸しなんとか外へ出た。
男たちは留置所を後にし、
「こちらへ」
メイドに案内され小さな病院に着いた。
「屋敷は不衛生ですので」
そう言いメイドは手続きを済ませた。病院の人間は狼(今は毛が全て焼けていて狼にも見えない)を恐れ、誰も手当てしようとしなかった。代わりに男が狼の全身を消毒し、包帯を巻いた。
「ガイウス様は屋敷へ」
ガイウスはメイドにとある屋敷に連れてこられた。それは世界の頂上からみてすぐ北にある、領主が住んでいる場所だ。おそらくこの国で最も大きく、最も使用人が少ないであろうこの屋敷に呼ばれた理由はきっと、依頼をこなせなかったからだ。
メイドは大きな門を開き、そのまま屋敷内へ男を連れて行く。日が出ているというのに屋敷の中は暗く、埃っぽい。他の使用人も見当たらず、人が住んでいるとは思えなかった。
豪華で汚れた階段を上り、長い廊下を歩きある部屋の前に立つ。そこは領主が使っている部屋だった。
「どうぞ」
メイドが入れと合図する。男は素直に従い、ノックはせず部屋に入った。
「お、きたきた」
そこはいわゆる汚部屋だった。壁際に設置された洋服棚からは衣服が飛び出し、反対側にある大きなベッドの上には掛け布団が何層にも積み上げられている。書斎机もあり、メイドがいればこの部屋で生活ができる状態だった。領主は椅子に座って書斎机に足をかけていて、カーテンは閉められ電気はついていない。埃が舞っており、床には書類が散乱していて足の踏み場がなく、男は扉の前から動かずに話を始めた。
「何の用だ」
「ちょいちょいちょい。あのさ、それはないでしょ。失敗したんだよ君?」
領主はフードを被り姿を隠していて顔は見えないが、声から察するに若い女だ。身長は低く胸もない。
「いくつか質問がある」
「なんだい? 僕は優しいからね、答えてあげるよ」
「何故暗殺だったんだ」
「ん?」
男は尋ねる。
「何故暗殺だったんだと聞いている。教会は既に警護団に目をつけられていた。解決は時間の問題だった。何故わざわざ暗殺の依頼を出した」
「ああ、そういうこと? 要は見せしめだよ。議会の奴らが良からぬことを考えてるみたいだから、余計なことをするとこうなるぞ、ってね」
男は拳を握りしめ、怒りを抑えて質問を続ける。
「何故調査からやらせた。お前ならゴッデス内のことはなんでも簡単にわかるだろう」
「いやさ、わかりすぎるんだよね。疲れるし頭ごちゃごちゃになるし、正直使い勝手最悪なんだよこの魔眼。調査って時間かかるし、あんま使いたくないのさ」
この国の領主は透視の魔眼を持っていた。それは全てを見透す魔法だったが、見透せるが故に、見透しすぎるが故に、見る必要のないものまで見えてしまう。人々の欲望、怒り、嫉妬、憎悪まで、全てを見すぎた領主に心など既になかった。
「あいつは、業火の魔眼は王国騎士団副団長だろう。なぜあんな端にいる」
「あいつね、本当に手が焼けるよ。逃げ出したのさ、魔眼の責務の重圧に耐えきれなくなって」
今まで副団長は顔を明かしていなかった。拷問の時も鎧に変声の刻印を彫り声を変えていた。故に男たちは不意打ちをくらった。
今までの歴史の中でも、業火の魔眼はその火力故に戦争に持ち出されることが多かった。
あの女は戦うことを強いられた。脅すことを強いられた。それは女にとって耐え難いことであり、女は平穏な暮らしを求めた。それがあの小さな聖堂に、あの青年のもとにあったのだ。もしそれを壊されることがあれば、女は怒りに震えるだろう。
「お前はそれをほっといたのか」
「そのうち戻ってくると思ってたし。というか分かってたしね」
「………貴様」
分かっていた。あの青年が殺されることを知っていた。領主はそれを利用したのだ。
「あっはっは! 僕に道徳を問うのかい? やめときなよ。時間の無駄だって」
「………用件はなんだ」
「ん? ああ、今回は情報はなし。あと目立ち過ぎたからしばらく依頼もなし。森の中で静かに暮らしててね」
男は聞くだけ聞いて、黙って部屋を後にした。
男は帰りの廊下で、あの業火の魔眼を持った女とすれ違った。男は正面を見たまま、女は俯き、目を合わせることはなかった。
「…失礼します」
女がノックをして部屋に入った。
「来たね。君、どういうつもりだい? 王政派なんだろ? なに襲ってくれちゃってんのさ」
「それは」
彼らが殺したと思ったから。彼らが悪だと思ったから。
領主の瞳が一瞬白く光る。
「誤解だったんだろ、それ? 彼らは悪人の道具ってだけさ。逃げ出すだけならまだ許せるけど、彼らは王政派にとって大事なんだよ? 彼らのおかげでなんとか保ててるんだから、この国。民主派に渡したらこの国終わっちゃうんだよ? 分かってる? あいつら無能だから」
「…すみません」
「まあいいや、とりあえず前の職務に戻るように。もう十分休んだでしょ」
「ーーーーっ」
「どうした?」
女はその場から動かない。
前の職務とは、魔眼を使うことだ。
もう限界だった。
「もう、嫌です」
「あれ、そっかぁ、それは残念だ。んんー、君にいてもらわないと困るんだけど、まあいっか。その状態じゃそもそも使えないだろうし」
領主は冷酷に言い放つ。
「ま、聖堂で静かに暮らすといいよ。あんなボロい場所にしか幸せがないとは、大変だねえ」
「ーーっ、失礼しますっ」
女は足早に屋敷を去った。
「……はあ、いよいよこの国も終わりかなあ」
それは、彼らにとっての始まりである。
世界を巡り、すべてを終わらせる戦いの始まりである。
〜偽教会 終幕〜




