第19話 それは照らす
ふと意識が覚めた。朦朧とした意識の中でゆっくりと瞼を開けると、木製の天井が一番に目に入った。横になったまま顔だけを動かして辺りを見渡す。
俺はベッドに横になっている。ベッドには彩りが一切なく、少し黄ばんでいた。ちょっと小さいな。頭と足使えば突っ張れるぞ。
部屋は結構な広さだった。電気はついていないようだ。俺が使っているのと同じベッドが合計で六つあり、壁際に三つずつ均等に置かれている。天井にカーテンレールが付けられていて、白色のカーテンでそれぞれのベッドを仕切れるようになっていた。ベッドの横には木製の床頭台があるが、ちょっとボロい。
俺は扉から見て左の一番奥のベッドを使っている。すぐ左には外側に開くタイプの両開き窓があった。既に開けられていて、これまた木製だ。この世界の建物とかって基本木か石で作られているんだな。
ここは病院だろう。科学技術とかがあまり発展していないのか、全体的に質素だ。ナースコールもない。
俺以外に人はいない。窓から優しくも鋭い光が注いでいて、まるで朝日のようだった。
今は何時だろう。ガイウスと大聖堂に行ったのは早朝だ。なんで病院にいるんだろう。何があったんだっけ。司教を見つけて、そうだ、あの女性もいたんだ。
炎に突っ込んで死にかけたんだっけ、俺。
ん? 死にかけたんだっけ? 案外立ってられたような気がするけど。ああそうだ、司教が誰かに連れて行かれて、そのあと急に眠くなったんだ。それで意識が落ちちゃったんだな。
俺は体を起こそうとした。しかし、何かが全身についているようで、関節のあたりが動かしづらかった。俺は頭を少し上げ、頑張って顔を下に向けて自分の体を見た。
「うわ、なんだこれ」
全身包帯でぐるぐる巻きだった。頭のあたりにも違和感を感じる。頭も巻かれてるんだろうな。ちなみに服は着ていない。
そりゃそうか、多分全身火傷したんだもんな。良く生きてるな俺。首切られた時も大丈夫だったし、精霊ってすごいタフだ。……タフどころでは済まないかもしれない。
意識が明瞭になるにつれ、大聖堂でのことも思い出してきた。
俺、守れたんだよな?
ガイウスは生きてたし、俺も生きてる。ガイウスは司教を殺さずにすんだ。暗部とやらは…殺してしまったけど。あの時は何もできなかったけど、今回はガイウスに重荷を背負わせずに済んだんだ。
俺にもできるんだ。これからも頑張らないと。...やっぱちょっと調子に乗ってるかな?
体に痛む場所はない。もしや既に治っているのでは? 動きづらいし、包帯を外してしまおう。
包帯が止められている場所を探す。後頭部にそれを見つけ、テープを剥がし頭から順に包帯を外していく。目のあたりは器用に避けて巻かれていた。
耳と尻尾には巻かれていなかった。理由はよくわからない。火傷してなかったのかな。
首のあたりまで外したところで包帯が途切れてしまった。一本で全身に巻くわけないか。テープ探すのちょっと面倒なんだよな。
腕の辺りを探っている時、ガチャッと扉が開いた。入ってきたのは、
「目が覚めたか」
ガイウスだった。目立った怪我はない。
「一日中寝ているとは、大した奴だ」
なるほど、一日経ったのか。火傷はほとんど治っているし、もう少し経っているのかと思ったけど。
「ふむ、もう治ったのか。さすがというべきか」
「この包帯は誰が…?」
「俺だ」
「うっそ」
ガイウスが巻いてくれたのか? そんな突然優しくされても信じられん。以前から優しさはあったけど、ここまで露骨だとちょっと。
「失礼なやつだな……俺が巻くしかなかったんだ」
「どういうことです?」
「お前は狼だ。ここは一般人も利用する普通の病院。皆恐れて手当てしようとしなかった」
「あー…」
申し訳ないことをした。でも、『巻くしかなかった』ってことは、どうしても俺を治したかったってことだよな。
「……………へへ」
思わず笑みがこぼれる。結構嬉しいな。認めてくれたのかな。役に立てたのかな。
「………」
なんかガイウスに恋してるみたいだ。そんなことは全くないけども。なんだよ、『役に立てたのかな』って。乙女か。
というか、
「大丈夫なんです? 俺の存在が一般にバレて」
裏には精霊を集めている人間もいるって言ってたし、そもそも精霊って伝説上の存在のはずだ。騒ぎになりそうだけど。
「治ったなら早々にずらかるぞ。誰もお前に近寄ろうとはしなかった。見た目が見た目だからな。このまま逃げれば、まあ、なんとか誤魔化せるだろう。伝説上のものをいきなり信じる人間などまずいない……はずだ」
「適当ですね……」
「包帯は……そうだな、折角だから燃やせ。痕跡が残ったら厄介だ」
「折角だから、燃やせ?」
持ち帰ればいいのでは?
「いいからやれ」
「え、あ、やり方がまだよくわかんないんですけど」
「とりあえずイメージしてみろ。包帯だけを燃やすように」
俺は言われた通りに包帯を燃やすイメージをした。体に火がつくところから包帯が火に包まれるところ、包帯が燃え尽きるところまで鮮明に想像した。すると、全身が青く燃え出した。熱さは感じないし、ベッドが燃える様子もない。その炎は包帯だけを燃やしていた。なんか...すごい、不思議な感覚だ。
包帯が燃え尽きると、青い炎は勝手に消えてしまった。燃えかすが残り、一部がベッドにこびりついてしまった。
「燃えかすは痕跡にならないんですか?」
「なる。どいてろ」
俺は体を起こしてベッドから降り、少し距離をとる。ガイウスは右腕を真っ直ぐ伸ばして掌をベッドにかざし、
「『デストラクション』」
魔法を唱えた。燃えかすがどんどん透明になっていき、すぐに黒色は消え、ベッドには白と黄ばみだけが残った。
「すごい。便利ですね」
「隠滅魔法だ。文字通り何かを隠す時に使う。見えなくするだけだがな」
「感触とかでバレませんかね?」
「仮にも病院だ、洗うだろう。いくぞ。これを羽織れ」
「あ、ありがとうございます」
ガイウスは俺に黒のロングコートをくれた。もちろんフードがついている。包帯なしだったら全裸だからな。毛が生えてても流石に恥ずかしい。
「…………」
「ん? どうしました?」
ガイウスが俺をじっと見つめている。なんかしたか、俺?
「いや、大したことではない。いくぞ」
教えてくれなかった。気になるけど、まあいいか。
ガイウスが窓から身を乗り出した。二階ではないし、逃げるならそれでいいんだけども、
「治療費とか払わなくていいんですかね」
我ながらくだらないことを聞いたものだ。
「面倒を見たのは俺だ。なんなら俺に金を払うか? 高くつくぞ」
「いや、やっぱなんでもないです」
ガイウスもそんな冗談を言うのか。素の部分を見れた気がする。
俺もガイウスに続いて窓から外へ出た。早朝だからか人は見当たらない。これならあまり苦労せずに家に戻れそうだ。
「いくぞ」
「はい」
俺たちは小走りで家に向かった。眩い朝日はこの街を、俺達をも平等に照らしていた。
男は狼に言っていないことがある。だが、
「ユーリィとアッカド、それにエルリアもきっと心配してますよ」
言わないでおいた。話す必要はない。
領主はこの結果に満足していないことを。




